しあわせの三色だんご
静寂の中、二人組のお客は驚きを隠せないでいた。小春がテーブルを叩いたことによってビクッとなった体は硬くなったまま動かない。
和風喫茶まろんの店員である山里紅葉はというと、やれやれと見慣れた光景に若干呆れつつもただ見ているだけだった。
「本日はご来店いただいた感謝の気持ちとして、こちらから一品お付け致します」
何のスイッチが入ったのか、空気を読むことすらなく話を進めていくのはこのお店の主である天乃小春。そう、この物語の主人公なのだ。
「あずさ、どうする?」
数秒の間が空いたあと、控えめに言葉を発したのはツインテールがよく似合う少し幼い顔をしたほうの子だった。一方、軽くウエーブのかかったショートヘアの毛先を指でくるくるとさせながら困った表情を見せるのは、あずさと呼ばれた子。
「まぁ、こちらからってことはサービスってことでしょ?いいんじゃない」
渋々ではあるようだが、帰るつもりはないらしい。
「それでは、ご用意致しますのでしばらくお待ちください」
小春は優しく微笑んで、心なしか嬉しそうに厨房の中へと姿を消す。残された紅葉は何も言わず、あずさたちに向かって一礼をすると自分が座っていた席へと戻っていった。
◇◆
それから数分が経ち、あずさたちの前に出されたのは
「これって、三色だんご」
あずさが呟く。そう、目の前にあるのは市販でよく見かける三色だんごがお皿の上に二串。だが、この三色だんごには市販のものとは明らかに違うところがあった。それは三色だんごの三番目。本来ならば緑色のはずだが、うすい橙色のような色だった。一気に不安というものが二人を襲うが、出された以上、食べないわけにはいかない。否、食べざるおえなかった。何故なら、小春が満面の笑みを浮かべて待っているからだ。二人が三色だんごを食べるのを。
こうなっては食べるしかない。あずさは恐る恐る三色だんごを手にとり、口へと運ぶ。
「えっ、これ…ピンク色のだんごの味、もしかしてさくらんぼですか?」
いざ食べてみると予想していたものとは大いに違っていた。美味しい。その一言に尽きる。あずさの予想では、闇鍋のような何の味かもよくわからないようないといった味で作られているのかと思っていたのだ。
この味はさくらんぼか、という問いに対して頷く小春。
「ほらほら、七海も食べてみなよ!」
あずさは、ただただ不安そうな顔をしてあずさとだんごの交互を見つめている七海にも急かすようにすすめる。七海は、うん、と小さく呟いて一口。
「美味しい」
と同時に目を輝かせた。
◇◆
桃色のだんごは、さくらんぼ。白色のだんごは白桃、橙色のだんごは黄桃、の風味が楽しめるようになっており、ほんのりと口の中で味と香りが広がるこの三色だんごは上品な味とも言えるであろう。
レシピを作成したのは、和風喫茶まろんの店員の一人。藤宮紫呉。紫呉についての詳細はまたの機会に。
◇◆
綺麗に平らげた二人の顔には、先ほどの不満そうな表情はなく、幸せそうに笑っている表情だけがあった。そんな二人を見て、小春も幸せな気持ちになる。
「ところでお二人さんは、ここが和風喫茶だってことを知らずに入ってきたの?」
和んでるところ申し訳ないんだけど、と声を発したのは紅葉だ。先ほどとは真逆の口調で二人に問いかける。すると二人は首を横に振ってみせた。
話によれば、和風喫茶だということは看板を見て一番に理解したらしい。だが洋菓子が一切なく和菓子しか取り扱いがなかったことに関しては予想外だったとのこと。二人の話を聞いて
(メニュー表、やはり外にも設置したほうが良さそうです…)
と、心の中で小春は思うのであった。
「洋菓子といってもショートケーキとかではなく、抹茶ケーキとかならあるかな、と」
あっ、と七海が付け足すように話した。あずさも力強く頷いている。
和風スイーツか、と小春は考えた。そしてふと思い出す。和風喫茶まろんという名前を付けたあの日のことを―。