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影屋は今日も営業中


 「カミュが行方不明になって、慌てて貧血起こして、階段から落ちて骨折したあ!?」

 「.........そんなにあり得ない顔していわなくても」

 「あり得ねえと思ってるから言ったんだよ。お前、病弱な上にドジだったのか?」

 「.........エリック、酷いわ.........」


 苛つくわあ。何であんたにそこまで言われなきゃいけないのよ。まあ、アタシ自身あり得ないと思っている話だから、エリックの気持ちも分かるわ。

 アタシは今、自室のベットの上でエリックのお見舞いを受けている、のだと思うけれど、これはお見舞いというよりバカにしているのじゃないかしら。

 至るところに包帯を巻いているけれど、実際の怪我は首と腕だけ。

 今は痛み止めも効いているし、本当はベットに縛り付けられなくても脚は動くし大丈夫なのよ。でも今回の言い訳のせいでエリックの中では、アタシは病弱で貧弱でドジってことになったみたい。お見舞いに来た彼はすばやい動きでアタシをベットの住人にした。まあ、アタシも猫被ったときの性格上抵抗しなかったのだけれど。

 

 「エリック、出世して良い部隊に引き抜かれたから忙しいのでしょう?私のお見舞いなんて良いのに.........。嬉しいけれどお仕事に言った方がいいのじゃない?」

 「平気だっつの。今の俺はカミュの事情聴取役なんだから」

 「家にカミュは居ないわよ」

 「俺が良いっつってんだからいいんだよ!ったく.........」


 アッシュからエリックに、カミュが引き渡されたときどういう会話があったのかわからないけれど、カミュはエリックに抱えられておばさんのもとまで帰ってきた。アタシは言い訳の手前家にこもっていなきゃならなかったから見てないけれど、感動の再会劇だったっていうのが母さんの言葉だったわ。

 子爵邸にいたことは間違いないから治安部隊の事情聴取を受けたのだけれど、結局カミュは、あの事件の二日前から記憶が曖昧になっているみたいだった。"黒い服の人が助けてくれた"ことだけは覚えていて、"体格の大きい男が怖い"ために、カミュがなついていてあまり体の大きくないエリックが追々事情を聞いていく運びとなったらしい。

 正直どうでもいいと言っているのに、アッシュは子爵の顛末を細かく教えてくれた。余罪からどういう刑が下されたかまでこと細かく。ええと、申し訳ないけれど子爵が死罪になったことと商会が解散させられたこと、子爵の弟も関わっていた何やらがあって追放されたのだったかしら.........?

 ダメね、全然覚えてないわ。

 

 「ミーシャ?エリックもいるのか?」


 ノックの音がして、アタシが返事をする前に父さんが顔を覗かせた。


 「返事をしてからあけて欲しいわ、父さん」

 「悪かったね。お客さんだよ、ミーシャ」


 猫を被ったまま返事をしたアタシに、父さんは腕をさすった。やめてもらえないかしらね、そういう真似は。エリックがこっちを向いてないのを良いことに睨んだけれど、父さんは飄々としてお客さんとやらを招き入れた。

 彼を見てエリックは椅子を蹴倒して立ち上がり、直立不動。


 「でっ殿下!?どうされましたか!?」

 「殿下は止めるように言ったろう、ファーマー。私はもう王都治安維持部隊の統括隊長だし、君は私の直属部隊の隊員なのだから」


 若干裏返った声で言うエリックに、濃緑の騎士隊服を着たアッシュは目を細めた。アッシュ、面白がっているわねえ。エリックの反応もそうだし、行きなり来てアタシがどういう反応をするかも見たかったってところかしら。おあいにく様、アタシの被り物はそんなに簡単には剥がれないわよ。


 「お久しぶりですわ、騎士隊長様」

 

 訳:何でこんな時間に来んのよ。

 アッシュは残念そうに口を歪めたけれどすぐに優しげな笑みを浮かべた。アタシも被り物越しの笑顔をアッシュに向ける。


 「知り合いなのか!?」

 「以前にね、私が街で体調を悪くしたときに助けてくださったの。それから少しお話しさせて頂くご縁があって。ねえ?騎士隊長様」


 訳:話し合わせてくれるわよね。いきなりこんな時間に来たのだから。

 驚愕してこちらを見るエリックに何でもない風を装って答える。いろんな意味は含ませているけれど。納得したのか分からないような顔でエリックは黙った。んー.........黙ったって言うより驚きすぎて放心したって感じかしら。そりゃ、あの事件後にいきなり引き抜かれて、今しごき抜いてくれている尊敬すべき王都騎士隊のトップが、全く関係ないはずのアタシと知り合いだったなんて驚く以外にどう反応しろって話よね。それにエリックったらアタシとカミュに、アッシュの素晴らしさを熱く語ってくれていたから、恥ずかしいって思っているのかも。安心して、騎士隊長様には何も言ってないわよ、アタシ。


 「私こそ、君とファーマーが知り合いなのには驚いたよ」


 んーたぶん、エリックがいるとは思わなかったってところかしら。

 言い訳にしても冴えないわよ。


 「エリックは私のお隣さんなんですよ。ところで、本日はどうしてここに?」


 訳:知ってるくせに白々しい。

 アタシがアッシュを見上げて問い掛けると、それは良い笑顔が返ってきた。


 「お父上が大通りで転んだところを目撃してしまってね。放っておくわけにも行かないから家まで送ってきたんだ。そうしたら例の子が今のここにファーマーがいると教えてくれたものだから、まさか君の家だとは思わなかったよ」


 あら.........?それってつまり、タイミング良かったから行っちゃおうと思って☆ってことよね。

 それで今、カミュが教えてくれたことにして、いえ、もしかしたら本当に教えたのかもしれないけれど、エリックに用があったということでここは退散するよってことかしら。

 名前を呼ばれたエリックは、気を付けの姿勢を崩さないまま、はっ!と返事をした。


 「まあ!じゃあエリックに御用がおありですのね。どうぞお連れください」

 「もし次に来る機会があれば、君に土産を持ってこよう。君にぴったりのものがあるんだ。じゃあ休んでいるところすまなかったね」


 さっさと帰って、という意味を込めたアタシの言葉に、エリックを連れたアッシュはそう言ってきた。つまり、話があるからまた来るってことかしら。アタシが休んでいない夜に。

 まあ夜に人目のつかない場所で、ならアタシに拒否権はないわね。


 「ありがとうございます。お気持ちだけで十分ですわ。お気になさらず、またいらしてください」


 アタシの意図はきちんと伝わったと思う。

 アッシュが出ていくと、エリックは、しっかり休めよと捨て台詞のように言って出ていった。






 アタシがそこに着いたとき、相手は木に腰かけて空を見ていた。

 今日は新月。

 朧月にもなりようがない。

 それでもこの男は月のように姿を変える。ある時は王弟殿下、ある時は騎士隊長、ある時は義賊・朧の月。そして今は、国王直属情報部隊長のアシュハルト。


 「今更アタシを試してるの?アッシュ」

 「そういうわけじゃないけれど、ね。今日は突然悪かったよ」

 「まさか全部知っているとは思わなくて、とか言わないで欲しいわね。影屋を舐めないでもらいたいわ」

 「ごめんごめん。でも君の態度の変わり様は面白かったよ」


 飛び降りたアッシュは、朧の月のときのように可笑しな格好ではなく、アタシと同じような黒で統一された服装だった。


 「.........それで?今日やっと条件とやらを聞かせてもらえるのよね?」


 アタシは言及することを避けて、自分の用件を口にのせる。

 アタシとアッシュが、あの事件後に会ったのは一度だけ。影屋としての報酬を受け取ったときだ。その時にどうでも良いことはつらつら話したくせに、肝心の条件は一言も聞けなかった。

 まるで初めてあった日のように向かい合うアタシたちの距離を詰めたのは、今回もアッシュだった。


 「もちろん。でも、その前に」

 「何、これ」

 「私からのプレゼントかな。小剣は折れたみたいだから」


 手渡された小剣は以前のものと同じような形。でも、明らかにこちらの方がものが良い。値段云々はアタシにはわからないけれど、剣としての格が違う。これなら、あのときのような状況でももっと持ちこたえたような気がした。

 ありがたいのはありがたいけれど、アッシュからこういうものを貰っても思いっきり裏があると思っちゃうわ。


 「早く仕事に復帰しろって意味かしら。怪我が治るまでは申し訳ないけれど無理よ」

 「裏を読みすぎだよ.........。そうじゃなくて、これは謝罪かな」


 謝罪?

 この男に謝られなきゃならないことなんてされてないわよね。今日のことの謝罪にしては物の価値が高すぎる。

 ざわついた空気がうざくてしかたない。気が散って何も思い出せない。小さく身じろぎしたけれど、結局拭えないから諦めることにした。目を落としていた小剣から顔をあげ、首をかしげて続きを待つ。

 目があったからアッシュを促すと、その口から出てきたのはまさかの内容だった。


 「君は影屋。誰にも見られない、見つからない。存在を知っているのは義賊のみ。.........そうして徹底的にやっていた君たちが、私みたく人を殺す訓練をしている訳がなかったのに、私は安直にできるだろうと思い込んで、結果君は、初めて」

 「それ以上言わないでもらいたいわ」


 聞いていられなくて、遮る。

 聞いていられるわけがないわ。これはアタシに対する侮辱なのだもの。

 確かに、アタシはこの男に、見つかったら殺せば良いと言われたわ。けれど、それが嫌ならアタシはカミュを助けにいくべきじゃなかった。助けたいと自分の意思で行動した結果を他人に謝られるなんて、アタシを侮っているからに他ならない。それに、朧の月の協力で、本当ならあいつとアタシが対峙することはなかったはず。そして、あいつと対峙することになったのはアタシのミスで、アタシの責任だ。


 「あの男を殺したのはアタシの意思よ。むしろ正当防衛ね。これはあんたに謝罪を受けることではないわ」


 アタシとあんたを比べたら、あんたの方が責任能力はあるんでしょうね。アッシュは多くの部下を抱える、人の上に立つ人間なのでしょうけれど、アタシが初めて手を血に染めたのは、あれは紛れもなくアタシが背負うべきことなはずだ。

 アタシは、あんたの謝罪を受け入れないわ。


 「わかった。謝罪は撤回しよう」


 アッシュがそう言ったから、アタシは小剣を彼に突き出した。もちろん鞘をもって相手に柄が向くように。 


 「そう。じゃあこれは返すわね」

 「ミーシャには、私の仕事の協力者になってもらう」


 返そうとしたのだけれど彼は受け取らずに、逆に条件を突き付けてきた。ついでに、それは受け取ってほしいと言われたからそのまま受けとることにする。

 仕事ねえ。まず王弟の仕事なんてアタシには無理よね。畑違いすぎて、もしこれだったら雑用だって満足にできない自信があるわ。それから騎士の仕事はどう考えても無理だわ。あんな風に能力をさらけ出したら影屋のことがすぐにバレるもの。朧の月.........はもう協力者よねえ?あ、依頼料ただにしろってことなら全然構わないのだけれど。羽振りの良いお客さまでも前回がおじいちゃんの時だし、アタシの代でも精々あと2、3回でしょうし。


 「口に出してっていってくれるかな。分かりやすく考えてますって態度しなくてもちゃんと言うから」

 「あら、ごめんなさいね」

 「全く、本当に面白いよ、君は.........。ミーシャには情報部隊に協力してほしいんだ」

 

 それは、隊員になれということかしら?そう問い掛けると、アッシュは無言で首を降った。っていうか、今気づいたけれど、この人その時の職業によって微妙に性格違わない?


 「そうじゃない。影屋の仕事で重要な情報をつかんだ場合に私に流してほしい。それから、義賊じゃない私からの依頼も受けてほしいんだよ」


 朧の月が陽気で可笑しな性分なら、騎士隊長は落ち着いて冷静、情報部隊長の時は苦労性かしら?朧の月の時は一緒に仕事をしたし、騎士隊長の話はエリックからきいている分分かりやすかったけれど、初めて会うパターンはまだキャラクターを確定できないわねえ。

 共通して言えるのは、ちょっとお腹が黒そうだということと、不本意ながらアタシを面白がるところかしらね。


 「ミーシャ、聞いている?」

 「え、もちろん。構わないわよ。でも、アタシが出来ることならそこにいる部下の方でも出来るんじゃないかしら」


 もう最初っからアタシがアッシュに話しかけるたびにうざいのよ。隠れてるつもりならもっときっちり隠れて、何があっても隠し通しなさいよね.........とは、今のアタシに言えたことじゃないけれど。

 気付かれていたことに気付いていなかったみたいで、さっきより一層空気がざわつく。


 「.........気配を消す、読むこと。それから痕跡を残さずに必要なものを調べあげる。そこに関して影屋の実力を上回る人材は居ないよ」


 .........このレベルしかいないのなら、確かにアタシの方が上手かもしれないわ。


 「分かったわ。影屋6代目、ミーシャ・ロウナ。その条件を受諾します」


 アタシは芝居がかった仕草で条件をのみ、鍵屋初めての義賊以外の客を抱えることとなった。

 というか、考えてみればこの条件はアタシにとって悪いものじゃない。仕事がちょっと増えるだけだし、とこのときのアタシは思っていたのだけれど、それが大きな間違いだったのは怪我が完治してから思い知ることとなる。


 

 

 アタシは影屋。

 抱えるお客さまは、数人の泥棒と、最近新規に顧客になった国の暗部の皆さま方。

 新規の方はちょっと依頼が多すぎる気もするけれど、それはまあ仕方ない。


 そして、アタシは夜を飛ぶ。

 どうぞみなさま、また影屋をご贔屓に。



一応、これにて完結です。

また何かストーリーが思い付けば、シリーズ化するかもしれませんが。


お楽しみいただけたなら幸いです。

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