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朧月との交渉


 「こうなっちゃったら、アタシはどうすればよかったのかしらね」

 「まあ.........プロとしては当然のことをしたじゃろ」


 アタシの予想では、間違いなく囚われた子どもはカミュだわ。かすれて聞き取れなかったけれど、エリックにいちゃんと叫んでいたような気もする。

 今アタシは全部おじいちゃんに話して、どうするかを話し合っている。というより、話し合っていた。

 アタシのしたことは、影屋としては全く間違っていると思わない。この先同じようなことがあっても、同じようにアタシ以外に助けてもらえるようにと情報だけ渡して何もしないつもりだけれど、今回だけは事情が違う。だって、捕まっているのはカミュなのよ。アタシは、顔見知りを見捨てられる精神は持ってない。

 だから、アタシは決めた。

 決めたことをおじいちゃんにだけ伝えたら、おじいちゃんはわかったとだけ言った。

 ちなみに今は、時間潰し中よ。やることが決まったら、これ以上騒いでもしょうがないもの。


 「ワシじゃったら、同じように見捨ててしまったじゃろうなあ。それほどに、この仕事に誇りを持っておる」

 「おじいちゃんも、こんな経験あるの?」

 「ない。あれば先にお前に忠告しておったわ。ワシは運が良かったのじゃな」

 「そう.........でもごめんなさい。アタシの代でこの家業終わるかもしれないわ」

 「継いだ人間がどうするかに、ワシは口を挟まん.........。さて、そろそろ、朧の月が待ち合わせ場所に来るじゃろう。.........行ってこい」


 アタシは行ってきますとは言わなかった。

 すぐに地下水路に降りて待ち合わせ場所に走る。

 義賊、朧の月に謝罪と命乞いをするために。



 曇り空の月は、隠れたり出てきたりと忙しいのね。上空は風が強いのか、ひっきりなしに出入りしているのに薄雲は途切れることがない。

 アタシの仕事は、依頼されたものを依頼者に引き渡すことで完了する。アタシはその為に依頼品を小脇に抱えて待っていた.........当然と言えば当然だけれど。この引き渡し場所の丘は、昼間は王都の子どもたちの遊び場で、夜はこうしてアタシたちの領域になる。もちろん浮浪者だったり、スリルを求める恋人どうしが居たりもするけれど、気付かれるようなへまはしない。

 一瞬月がはっきりと顔を出し、そして霞んだ後、アタシの待ち人はやって来た。


 「ちょうど朧月よ。義賊、"朧の月"様」

 「君のような美人に名前を知っててもらえるなんて光栄だよ。嬉しいな、"影屋"さん」


 初めて会う朧の月は、気障な仕草で挨拶を返した。

 顔は帽子から垂れる布によって隠れてわからないけれど、こういう仕草が似合うくらいには整っていたはず。ただ、全方位布の垂れた帽子、フリルの多いピンクのブラウスにピチピチのパンツ。ベルト代わりに腰に巻かれているのは.........何かしら。ベルトじゃないことは確かだし、まともな格好でも無いわね。人の趣味に口を出すこともない。アタシは布越しに朧の月を見た。

 変な格好だけれど、でも、おそらくアタシの思っている通りの人物だろう。

 本来なら直接言葉を交わすには、色々と面倒くさい人物であるけれど、アタシはそれを理解していても、普段通りに話を進める。


 「お褒めの言葉ありがとう。こちらこそ、まさか名を馳せる義賊様に使っていただけて光栄だったわ。でも、アタシは貴方に謝らなきゃいけないの」

 「失敗でも?」

 「いいえまさか。影屋のアタシが失敗する訳がない」


 それだけは断言する。アタシの誇り。


 「強気なお嬢さんだね。じゃあどうして謝らなきゃならないのかな?」

 「今から、私は貴方の仕事の邪魔をしてしまうことになるでしょうから」

 「.........ふうん。邪魔をするってことは、影屋を廃業したいのかな?それとも私の情報を売ったとか?」

 「どちらも、いいえとお答えします」

 「何か、自殺願望?」

 「いいえ.........今の状況を見ればそう思われても仕方ない面はございますが」


 アタシは口調を改めた。アタシはこの人を知っているし、どう考えてもアタシが今からすることは朧の月の邪魔になるものだから。

 朧の月は気付いただろう。けれど、アタシが知っていることを気付いていながら、それでも言及はせずに質問を重ねてくる。

 性格が悪いのかもしれないわね。ほんとに、新手の拷問かしら。はっきりいってくれた方がストレスもなくて楽なのに。

 そう思いつつも、アタシは決して譲らない。

 月が雲に隠れて見えなくなった。朧に霞むだけなら輪郭は掴めるのに、隠れてしまってはアタシには掴めない。今のタイミングで沈黙するなんて、これはもうほとんど生殺しだわ。見えない顔を視界におさめて、アタシは耐える。朧の月が言葉を発するまで。

 

 「じゃあ何故?」


 しばらく黙ったかと思うと、心底面白がっているような声音で聞いてきた。これは間違いなく性悪だと思うわ。でも、答えないわけにはいかない。

 正直言って、その場で命を取られてもおかしくない状況だった。

 この問いは、アタシの命綱だ。

 面白がられていたとしてもすがれるのなら、アタシに迷うことなんてない。あの罪悪感を少しでも払拭したいっていう自己満足でも、やっぱり助けたいんだもの。


 「.........私の知っている子が、子爵邸に捕らわれています。おそらく"珍品"として売りに出されるでしょうが、そのリストには乗っておりません。貴方が奴等を粛清できたとしても、その時その子が生きている可能性は低い。私は、影屋としてでなく、一個の人間としてあの子を助けたいのです」

 「へえ」

 「これは、影屋として違反的行為です。今後影屋として仕事ができなくなることはもちろん想定済みですが、罰すると言うのなら、どうぞ私だけにしていただきたいのです。私の家族に一切咎はございません」

 「違反だとわかっていて頼み事?」

 「恐れながら」


 アタシたちは、最初に立ったところから一歩も動かないまま、お互いを見合った。

 ぴゅうと吹いた風の音がいかにも間抜けに響いたと思ったら、今度はぷっと吹き出す音が響く。


 「ふふ.........く.........あっははははははは!」


 朧の月は、一歩も動かずに上体を傾けて笑い声を漏らした。その分少しだけ距離が縮まって、その状態で勢いよく布が捲れたために、予想通りの顔が目の前で確認できてしまった。それはアタシが知っているものじゃなく、涙が出るほど笑い崩れていたのだけれど。いつも着ている濃緑の隊服じゃないだけで、こうも印象が違うなんて思わなかった。

 やっぱり美形は美形よねえ。物語にもよくあるけれど、ああいうのってどうしてみんな美形なのかしら。

 関係ないとは分かっていても、これだけ笑われるとつい緊張も溶けてしまう。そこにするりと浮かんだ疑問はほんとに可笑しなものだったけれど、朧の月の次の言葉は、それよりもおかしかったと思う。


 「ふふふ.........ふ、はあ.........ああ、面白かった。影屋さん、君が私を知っているのなら、私も君の名前を聞いていいかな?」

 「ご存じでしょう?」

 「ああ、知ってるよ。だけど名乗ってもらえたら、ここで呼んでも大丈夫だしね?」

 「私は影屋6代目のミ」

 「その口調は嫌だな。さっきみたいに喋ってくれない?さっきのが素なんでしょう?」


 そうね、そうよ。だけれど、なんなのかしら。この問答。


 「.........アタシは影屋6代目、ミーシャ・ロウナよ」


 アタシの答えに朧の月は満足げに笑う。さっきから布捲れっぱなしだけれどいいのかしら。


 「私は朧の月、アシュハルト。アッシュって呼んで欲しいな」

 「かしこまりました。アッシュ様」

 「口調、と、アッシュ」

 「.........わかったわ、アッシュ」


 ほんとに何なの、この問答。結局アタシの命は繋がったみたいだけれど、アタシはこのままカミュを助けに行っていいのかしら。

 そんなアタシの内心が読めたのか、朧の月.........アッシュは、悪人づ.........いたずらを閃いた表情でにやりと笑った。皮肉な顔も似合う男ね。似合いすぎて一層怖く見えるのは絶対口にも態度にも出さない。


 「私はね。ミーシャが何を望んでいるのかわかっているつもりだよ。例えば.........そうだなあ。ミーシャの望みを叶えて、私の仕事の邪魔にもならずに、影屋を廃業しなくてもいい。そんな案があったとしたら。.........あるんだけれど、ねえミーシャ?」


 のる?と問い掛けてきたアッシュを見て、アタシは一瞬たじろいだ。なんだかとても悪魔の誘いに乗るような気分にさせられたのだもの。でもこれが悪魔の誘いでも、アタシにとっての最良が手に入るなら、乗ってみるのもあり、よね。

 それでも、簡単に乗るわけには行かないわ。

 こんな顔が出来る男が無条件に手を貸してくれるはずがないもの。アタシは確実に何かしらの条件を突きつけられるはず。

 だけれど。


 「本当に、カミュを助けられて、アッシュの仕事の邪魔にもならず、影屋を続けられるのね?」

 「もちろん。ひとつだけ条件をつけるけれど、それ以外は今まで通り」

 「条件は、アタシだけで出来るものかしら」

 「ミーシャだけだよ」

 「条件は何かしら?」


 アッシュは答えずに、アタシの言葉を待ってるみたい。これってまだ言う気はないってことよね。

 顔のいい男の甘い言葉にはのるなと、エリックに言われたことがあるのを思い出した。でもこれはもうアタシに選択の余地はないと思うの。

 見つめあうというよりにらみ合ったあと、アタシはため息と共に再度覚悟を決めた。

 なんだってしてやるわよ。


 「のるわ」

 「そう来なくては!」


 簡潔に答えたアタシに、アッシュはにっこりと笑った。

 ああ、ダメだわ。悪魔の微笑みに見える。条件とやらを聞く前に了承したのはやっぱりまずかったかしら。でも答える気は無さそうだったし、今にもカミュがどうなっているのか分からない。

 ここまで少し時間をかけすぎたのだし、うだうだしているよりもさっさとその案とやらを聞いて動いた方が建設的だわ。


 「それで、その案とやらはどんなもの?」


 アタシが聞くと、アッシュは意外そうに目を瞬いた。


 「条件を先に聞かなくていいのかな」

 「どんな無理難題でもアタシはその条件を受け入れなきゃならないのよ。それなら、今聞いたって後で聞いたって同じことじゃない。今はそれよりさっさとカミュを助けたいのよ」

 「それもそうだね。.........わかった」


 アッシュはアタシが抱えてた依頼品を受け取ると、またさっきのように悪魔の微笑みをたたえた。

 その案は、確かにそれしかなかったのかもしれないけれど、そんなに行き当たりばったりでよく今まで義賊をやってたわ、と思わざるを得ないものだった。

 でも、成功する確率は高い。

 アタシたちはある程度作戦の細部を詰めてから、夜の王都に躍り出た。



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