表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

仕事の時間

今日のお相手はエフィル・オース・イーヴォル子爵のお屋敷。

 王宮での役職はないのだけれど、確かどこぞの領地の領主だったはず。どこだったかしら.........。まあ、領地経営は実質弟がやっているみたいで、子爵本人は王都のこの屋敷に住んでいる。領地の民からの評価は悪くない。むしろ良いほうかも。税率だって他と比べて高くはなく、弟が堅実な経営をしているおかげだろう。

 それにしては豪華な屋敷を構えているのは、この男が子爵でありながら一角の商人で、イーヴォル商会を運営しているから。商売は宝飾品や織物を基本に世界中の珍品を集めて売っているとか居ないとか。アタシが知っているだけでもイーヴォル商会の宝飾品は有名で、特に上流階級の奥様方に熱烈に支持されているのよね。慈善事業にも力を入れていて、王都で1つ、領地ではいくつかの孤児院や病院を運営している慈善家だ。それにイーヴォル子爵個人は大のお酒好きで、彼のコレクションを空ける時には仲間が多く集まるという。

 今回アタシが屋敷に忍び込むこのタイミングで、数日後にその集まりがあるのは朧の月の作為を感じるけれど、その方が彼が仕事をしやすいんだったら文句は言うまい。

 人波から外れたアタシは、使用人用の裏口から堂々と入った。

 こういう貴族の屋敷にはお客様や家族を迎える正門と、使用人や出入りの業者が使う裏門がある。王都の条例で門外に護衛兵を置くことは禁じられているから、門を抜けるだけなら普通に入った方が目立たない。何でも昔、お忍びで歩いてた王子さまを護衛兵が侵入者と間違えて切ってしまって、怒った女王陛下がこの条例を出したんだとか。どこをどう間違えたらそうなるんだってふざけた話だけれど、少なくともそれでアタシの仕事がやり易くなるのなら儲けものよね。その代わり、門内に兵を置くことは認められているので、アタシは門を潜った瞬間に近くの木に飛び乗った。


 「あっれ?今なんか居なかったか?」

 「なんも居ないじゃないか。なんだ、お前眠いのか」

 「そーいや、昨日ちょっとのみすぎてーー」


 アタシはここにいるわよお。

 足元を通りすぎる警備兵を、気配を殺して息をひそめて、無表情に眺める。今日の仕事は警備兵に関しては何もないから、用はないのよ。まあでも、ふうん。ここは使用人の玄関に警備が常駐してるのね。ってことは玄関からの侵入は無理で、この時間帯だと厨房も戦場だし、侵入には人目がありすぎる。とりあえず外観を図っておおよその部屋数と金庫のありそうな場所を分析してみようかしら。木の枝の股にコートとワンピースをくくりつけて、アタシは屋敷を眺めた。二階建ての屋敷は広くて、屋敷を回るだけでも一苦労しそうだったけれど、気合いをいれて作業を開始した。

 

 窓の数と外観からして、とっても怪しげな屋敷ね、ここは。

 アタシは計算の合わない結果にため息を着いた。少なくとも1つは窓のない隠し部屋が2階にあることは確実だ。正式なドアがある窓のない部屋ならまだいいけれど、これが主寝室や書斎の隣にあるドアのないものなら、朧の月が狙う場所はここしかないだろう。

 巡回の兵に見つからないように隠れながらの測量だったせいで、思いの外時間がかかっちゃった。想定時間より時間がかかったのは警備の数が普通よりかなり多いからかしら。それも、あまり質の良くなさそうな、堅気でない雰囲気をひしひし感じるわあ。

 アタシは木からバルコニーに飛びうつって、明かりの灯っていない部屋に侵入した。窓に鍵穴はないけれど、こういう窓の鍵を開けるのは造作もない。入るまでに5秒なら、アタシの記録でも早い方だわ。

 自画自賛しながら見回した部屋は、おそらく数日後に行われる集まりのために整えられた客室だろう。調度品からしてかなり良いお客用のようだけれど、アタシの目には豪奢すぎて悪趣味に映る。

 使用人の気配がないことを確認して廊下に出ると、ひとつひとつ部屋を確認しながら地図を描いていく。堂々と廊下を歩いて行くこともあれば、人の気配を感じたら天井裏へ飛び上がってやり過ごす。


 「ねえ、今度の集まりでは誰がいらっしゃるのかしらね」

 「この間の集まりではメイドがお客様に襲われたらしいわよ」

 「ああ、あの新人の娘でしょ。無理矢理だって.........可哀想よねえ、生娘だったって話じゃない」

 「本当なの?それ。もう、次は私たちも気を付けなきゃ」

 「そうよねえ。あとーーー」

 「ええ!?ーーー」


 .........とっても胸くそ悪い話を聞いてしまったわ。そんな男、捻り潰してからもぎ取ってやれば良いのよ。何をとは言わないけれど。

 どうでも良い噂話やら女としていらっとくる話を聞いたりしながら歩き回って、最初にたどり着いた目的地は書斎だった。

 主はいないにも関わらず警備兵が立ってるところを見ると、それなりに重要なものが置いてあるらしい。天井裏から部屋に入って、アタシは物音を立てないように調べ始めた。

 ここは領地に関する報告書.........ああ、そうだったわ。伯爵の領地も西だったわね。エリックが言っていた予告状とやらの件で警備を増強する名目がたったってことが書かれてる。じゃああの警備は最近になって増えたってことなの。それにしても送られた当事者でもないのに厳重すぎるわよねえ。

 こっちの物は商会に関するものね。宝飾品から、.........珍品ってこんなにするものなの?怖いくらい高い。想像以上の金額に鳥肌が立つ。こんなものにお金を使う人の気が知れないわね.........全く、知りたくもないからわからないままでいいのだけれど。

 ああ、いけない。こんなことどうでもいいのよ。とりあえず鍵を探さなくちゃね。もしくは金庫その物。鍵穴さえ見れれば鍵を複製することなんて朝飯前。眠ってたって出来る.........かもしれないわ。

 しばらく調べていると机のすぐ後ろの本棚がズレる構造なのに気が付いた。思っていたより古いタイプの隠し棚ね、これ.........ふふ、金庫みーっつけた。

 鍵穴に特殊な金属を流し込み、固まるまで数分。

 その間に他にも隠し金庫がないのを確認して、アタシは金属を回した。かちりと錠の外れる音がして、この型で鍵が開くことを確かめてから、きっちり鍵をかけて抜き取る。この金属は体温で柔らかくなってしまうから、形を崩さないための薬品が入ったケースにしまいこむ。

 ここが一番緊張するのよねえ。この金属で空かない場合、アタシがピッキングしてその場で鍵を作らなきゃいけなくなる。もちろん、帰って鍵を作るのはアタシだけれど、家で落ち着いてやるのと今ここで作るのじゃ余裕が大きく増減する。ちなみに、この金属の存在は極秘中の極秘なのよね。便宜上金属って呼んでるけれど、本当は違うみたい。なんにせよアタシたちがこうやってこの家業をしていられるのはこれがあるからだし、ご先祖様は良いものを開発してくれたわよね。

 隠し棚を元に戻し、アタシの痕跡が残らないよう他のところも丁寧に片付けた。

 天井裏に戻ったところで人の気配がして、おそらくイーヴォル子爵が戻ってきたんだろう。警備兵と二言三言会話して、室内に入ったらしい。

 天井裏からは声を聞くことしか出来ないから、子爵本人の顔なんてわからないけれど、意外にいい声をしている。そう言えば、色男でも有名なんだっけ。あまりに関係のない情報だと思ったからよく覚えてなかったけれど。

 さて、とりあえずここにもう用はない。

 アタシが立ち去ろうとすると、子爵はタイミングよく声をあげた。


 「そこにいるのか?」


 ..................やっべバレた?

 と思ったら、書斎のドアがノックされて、失礼します、と誰が入ってきた。


 「茶を持ってきてくれ」

 「かしこまりました」


 あー.........心臓に悪いわね。気付かれたかと思ったわ。

 アタシの気配殺しは同じ部屋に普通にいてさえ常人には気付かれないのに、何であんたが気付くのよってもう本当にびっくりした。今更心臓がバクバクいってるわ。


 「全くどいつもこいつも使えない。目撃されたから連れてきただと?その場で殺してしまえば良いものを.........」


 立ち去ろうとしたけれど、大きなため息と物騒な台詞にアタシは再度立ち止まった。


 「まあいい。小汚ないガキでも商品が増えたと思えばーーー」


 なっるほどねえ。珍品ってそういうこと。

 コイツ、人身売買まで手を出してたってことなのね。そりゃ朧の月が手を出すわけだわ。

 安直に考えるなら、次の集まりはオークションになるだろう。朧の月はその当日までには盗みに入って証拠を奪う。この男に未来はない。アタシが出来ることはその朧の月をサポートすることだけだし、見も知らない子どもを助けたところでアタシにはどうしてあげることも出来ない。

 たぶん、アタシは苦虫を噛んだような表情をしてたでしょうね。

 でもそのまま、その場を立ち去った。


 いくつかの金庫の鍵を複製し残りの地図を書き終えて、アタシはやはりおかしい部屋数に首をかしげていた。

 どう考えても、侵入した最初の部屋の隣に小さい部屋がありそうなのよねえ。あのキラッキラしい部屋に隠し部屋って、さっきの話を聞いたあとだし、行き方も調べないっていうのはアタシの仕事的にどうなのかしら。この部屋を隠し金庫と言い換えるならアタシの仕事よね、だけど隠し部屋とするなら仕事じゃないわ。でも、さっきの話からして、少なくともここにさっき言ってた目撃者がいることは確実よね。

 おそらく、本当のオークション会場はここじゃない。自分の家で犯罪をするなんて危険を犯すようなバカなら、商会はここまで大きくならなかったはず。他の商品はここにはいないんだろうけど、子爵の台詞が本当ならこの屋敷の敷地内に囚われているだろう。

 朧の月が仕事をしたとして、間違いなくオークションは潰される。子爵だけじゃなく参加者だって無事じゃすまないだろうけれど、じゃあ子どもは?売買リストに名前が乗ってない者は探されない。この屋敷に操作の手が入ったときに、その子が生きてる保証はない、わよね、やっぱり。

 かといってアタシが子どもを助けてしまえば、アタシの仕事はダメになる。子どもがいないっていう証拠が残る。それはプロとしてあるまじき失態だ。

 仕方ないわねえ。

 アタシは隠し部屋の通路を探した。

 アタシが子どもを助けることは出来ない。でも、このことを朧の月に教えることは出来る。朧の月に情報を渡して、彼に丸投げしてしまおう。本来アタシの仕事じゃないのだし。

 通路は、これまた古い仕掛けで表れた。鏡を少し傾けると、本棚の固定が外れて動くようになっていた。本棚を少しだけずらして身を滑り込ませると、豪奢な部屋とは正反対な、というより何もない小部屋に出る。奥にはテーブルと、あれはマッチかしら。

 真っ暗なはずなのにはっきりと見えるのは、下に伸びる階段から仄かに明かりが漏れているから。

 気配を殺して階下を伺っていると、なんとか聞こえる程度の会話が漏れてきた。


 「殺さーーーーーかったーー。ー前ーー品にーーーーよ」

 「いやだあ!かあちゃん!とうちゃん!」

 「いいーーに買われーーーーいがーー」


 泣き叫んでいる子どもの声ははっきりと聞こえたけれど、最低一人、同じ場所にいるのか。子どもの位置まで特定するのは無理ね。

 叫ぶ子どもの声は甲高くかすれていたけれど、ごめんなさいね、アタシは助けてあげられないの。

 下卑た声で低く笑う男の声を拾っただけだが、おそらく子どもを拉致してきたのもこの男だろう。.........こういう人ってどうしてここまで救いようのないバカなのかしら。まあ、子どもからしたらアタシの立場も同じようなものよね。

 

 「があぢゃんだすけてええ!どうちゃあああんんっ!ーーーグにいぢゃっ」


 バシンと鈍い音がした。

 だけどアタシには見えないこの向こうで、男が子どもを殴ったんだろう。面白がっていた声は苛立ちに変わり、聞くのもいやになるくらいの雑言を子どもにぶつけている。アタシはそっとその場を離れた。

 屋敷から出ると服を回収して、今度は着ずに担いだ。

 こんなに人がいなれば、兵を飛び越え屋根伝いに水路までいった方が目立たない。アタシの心情を表してるのか仕事を応援してくれてるのか、空は雲って月も見えない。どちらでもないのはわかっているけれど、アタシは自嘲して、屋根から屋根に移動した。



 アタシが水路から自宅に戻ったとき、おじいちゃんの部屋は暗いままだった。まだ居間にいるのかしら。こんな遅くに?そう思っていたけれど、居間にも明かりはついていない。両親の部屋にも店舗にも明かりがついていないということは、誰も家にいないということよね。人の姿もなかったわけだし。

 間抜けだとは思うけれど、アタシは今日のことで気が滅入っていて、誰も居ないことに不安になったのだ。第六感とか勘とか言うのかもしれない。アタシは嫌な予感がして、担いでいた服を着直してから外へ出た。

 外に出たら、母さんがアタシを呼び止めた。


 「ミーシャ!」

 「母さん!何があったのよ」

 「カミュが教室から帰ってないの。あんた帰ってくるとき見なかった!?」

 「.........みてはないわ」

 「そう.........。でも今近所中で探してる。エリックが治安部隊に応援を要請したけど来るのなんてたかが知れてるでしょうし、あんた上からーーーーーーー。ーーーーー」


 途中からひそめられた母さんの声なんて、聞こえなかった。

 アタシは確かに見てない。

 エリックが応援要請?そう、それなら安心ね。なんて言えるわけがない。だってアタシはカミュの居場所の予想がついてる。もしあれがカミュなら、街を探したところで見つかる(・ ・ ・ ・)訳がない(・ ・ ・ ・)

 あの声は、かすれていたけれどあの泣き声は、あれはカミュのものだったのかも.........!


 「母さん、アタシ、カミュがどこにいるのか知ってるかもしれないわ」

 「はあ!?.........もしかして」

 「エフィル・オース・イーヴォル子爵邸.........。母さん、おじいちゃんを、すぐ呼んできて!」

 「おじいちゃんを?」

 「早く!」


 アタシは、震える声を抑えられてなかったように思う。

 けれどアタシは、カミュをおいてきたっていう罪悪感で一杯だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ