影屋開店準備中
ああ、書いてしまったので全話一気に投稿します。
あとで読み返してちまちま訂正するかもしれません.........。
間違い報告等々ありましたらご一報ください。
ではどうぞー。
「また頼む」
はーい。また影屋をご贔屓に。
今部屋を去った男は、アタシのお客さま。なんてったって有名な泥棒さまなの。弱きを助く義賊の大ベテランさま。彼の他にも数人は特別なお客さんがいるけれど、それもみーんな、腕の立つ泥棒ばっかり。
アタシの仕事は、泥棒のためのもの。
そんなことはこの近辺の住人や、治安維持のための騎士様がたでさえ掴めていない。掴ませない。アタシのいっちばん大きな秘密。
今日はもう店仕舞いだけれど、次はどんな仕事かしら。
「ミーシャ!たまごもってきた」
「まあカミュ、お使い一人できたの?えらいわね」
「えへへ。かあちゃんもすぐくるって!」
アタシは表向き、生活雑貨のお店の一人娘。だからご近所付き合いはちゃんとしなくちゃなのよねえ。いつものアタシは出さずに、大人しめな女の子を演じるの。
卵を持ってきてくれたのは親戚が養鶏をしてるお隣の子で、まだ6歳だったはず。可愛いのよねえ。いっちょまえに男ぶって、アタシにお花なんてプレゼントしてくれちゃうのよ。なついてくれてるだけで可愛いのに、そういうところがもう、ほんとの弟ならアタシ、きっと過保護な姉になってたわ。危なっかしいその子から卵の入ったかごを受け取って、アタシはその母親を待った。
「おはよう!おばさん。いい天気ね」
「おはようミーシャ」
「卵ありがとう。おばさんのところの卵を食べちゃうと、他のところではもう買えないわね。美味しいもの」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。何でこんなイイコに婿が来ないのかねえ」
「まあ!おばさんこそ私を誉めても何も出ないわ!それに、私より良い娘はたくさん居るもの。体もそんなに強くないし.........やっぱり、焦ったほうが良いのかしら.........」
「焦んなくっても大丈夫だよう、ミーシャなら!いい人がいたらまた教えるから。.........じゃあカミュ、行くよ。今日は教室の日だろう」
「はーい。.........ミーシャはおれがおよめにもらうからだいじょーぶだからね」
「ふふ、じゃあカミュがもっと大きくなったら、お願いしようかしら。その為にも教室でお勉強、頑張ってね」
ああもう、可愛い!
アタシの住むこの街は、この国の王都だけれど、貴族が行き交う訳でもないこの下町では未だにご近所で小さく食料品の交換なんかしてるの。交換っていってもちゃんとお金は払うわよ?相場よりちょっとだけ安いから、みんなで助け合ってる感じね。それ以外でも、困ったことがあったらみんなで解決できるように独自の組合なんかもあって、教室もそのひとつ。同じ年代の子を集めて最低限の読み書きと計算を教えているの。アタシも時々教師として参加するのよ。アタシたち一家が住み始めたのはおじいちゃんの代からで、そういう暖かさが気に入ったんだって。やっぱり、おじいちゃんとは才能だけじゃなく、好みも似てるのよねえ。
お隣さんを見送って台所に入ると、母さんが朝食の準備中、父さんは雑貨屋の仕入れ書類の整理、おじいちゃんは黒い紙を選り分けてた。家のいつもの朝の風景。
「はい、卵」
「あんたご近所に猫被りすぎよ。何が『何も出ないわ』なんだか」
「何、聞いてたの。アタシの猫被り、完っ璧じゃなかった?」
「父さんはサブいぼがたった」
「うるっさいわね。そこは誉めてよ」
「何も出ないんじゃろうが」
「おじいちゃん、引っ張らないで!」
全く失礼ったらありゃしない。
おじいちゃんはアタシの師匠で、アタシの先代で、今は裏家業の仕事の選別だけしてるご隠居。選別ならアタシも出来るんだけど、泣いてワシの仕事だって言うものだから好きにやらせてるの。
父さんは壊滅的に運動が出来ない人で家業が継げなかったから、仕方なく雑貨屋を開店した。まあ、アタシも家の階段で一日一回は転けるような人は継げないと思うわ。だけど雑貨屋はそこそこ売り上げがあるから、商才はあったのね。
母さんは、これがまた不思議なんだけど、元騎士。それが何でこの家に嫁いだのか分からないけど、あんまり親の馴れ初めって聞きたくないから聞いてない。ひとつ言えるのはアタシの運動能力はおじいちゃんと母さんの遺伝だってことね。
朝食はみんなで食べるのが我が家のルール。
そこで、アタシたちは今日の予定を話し合う。
「じゃ、父さんは仕入れ、母さんは護衛も兼ねてそれに付き添い。おじいちゃんは店番ってことね」
すぐ終わるけれど。
「あんたは今夜の仕事の為に午後から寝るんでしょ。だったら、午前中のうちに洗濯物よろしく」
「おみやげも買ってくるから」
父さんと母さんを見送って、アタシはおじいちゃんから今夜の仕事内容を受け取った。
今回はとある貴族の屋敷の間取りを調べることと隠し金庫の鍵の入手、ねえ。アタシの仕事にしては平凡中の平凡だわ。
そう、アタシは泥棒のために泥棒をする泥棒なの。
多いのは間取りを調べたり侵入するための小細工したり、警備の様子を調べたり金庫とかの鍵を入手すること。たまに仕事先の相手の情報収集何てこともあるけれど、基本は最初にあげたのくらい。
そんなこと普通は泥棒個人がやることだろって突っ込みもあるかもだけれど、考えてみてほしいの。泥棒本人が下調べをして周囲に顔を覚えられてたら捕まる可能性が高まるし、怪しい人間がうろついてるって噂だけでも仕事がしにくくなる。それに、そういう裏の仕事って言うのは影の協力者が大抵居るもので、それを家業にしたのがアタシたち。
アタシの仕事の鉄則は誰にも見つからない、見られないこと。一切証拠を残さないこと。泥棒が入りやすいようにする仕事だもの。それは当然として、あともうひとつ。徹底的な守秘義務がある。元々家はある義賊を支えた協力者の家系で、何代目かから手広く商売になった。手広くっていっても義賊以外には力を貸さないことになってるのは、そこらにいる私利私欲の泥棒に力を貸してたら守秘義務なんてあったものじゃないから。凄腕の情報屋だってアタシたちのことは知らないのだもの。それくらいアタシたちは確実に仕事をこなすし、安全に仕事をさせてあげることができる。
ちらりと依頼書である黒い紙に目を落としたら、不覚にもちょっとビックリしちゃった。
「義賊、朧の月ぃ?.........何この相手、そんなにヤバイことしてるの?」
「噂は聞くのう。そうとう評判の悪い貴族じゃが、だからこそ悪銭をためこんでおるじゃろう」
朧の月って言うのは義賊の通り名で、大体みんな自分に関係のない、更に名前っぽくないものをつける。その方が特定されないからね。
そんな中でも朧の月は、かなりレアな義賊って言える。確か、ものすごい悪どいことをしている相手にしか盗みに入らないのよね。朧の月が盗みに入った相手は、しばらくして地位を追われたり、死罪になったりするほどだったはず。まだアタシが修行中のころ、おじいちゃんの最後の仕事相手が朧の月だったけれど、本人だけじゃなく一族郎党全員死罪って聞いたもの。5年前くらいだったかしら。
何となく正体は分かっているけれども、アタシの仕事には関係ないことだ。
「まあ分かったわ。請け負います」
「気を付けるんじゃぞ。油断大敵、準備を怠るな」
アタシは師匠の言葉にうなずいて、依頼書を燃やした。
そのあとアタシが頼まれた洗濯物を干していると、カミュの家とは反対側のお隣さんの息子がふらふらになりながら帰ってきた。機能的な、濃緑の隊服は治安部隊の騎士にのみ着用が許されたもので、この服を来ている人の前ではやましいことがなくても誰もがちょっと萎縮する。はずなのだけれど、今の彼を見ても萎縮するどころか、むしろ増長しそうなくらいくたびれている。
「エリック、おはよう。すごく疲れている見たいだけれど、どうしたの?」
今のエリック、面白いくらい飛び上がったわね。この辺の不細工なボス猫とそっくりの動きだったわ。
ちょっと感心している間に、アタシが認識出来たんだろう。さっきまでとはうってかわって、行きなりビシッとして突っかかってきた。
「うるっせえな。お前には関係ないだろ!」
「まあ!騎士様がそんなこと言うものではないわよ」
「.........こっちは疲れてんだよ。他に言うことねえのか」
「そうね。エリック、お疲れさま。大変な仕事だったのね」
「ったく。どっかの賊が西の領主周辺に予告状送り付けやがったせいで、こっちは人手が足りなくて残業だよ。丸一日寝れてねえ」
あは、知ってるわあ。だって、その義賊にはこの間アタシが、隠し金庫の場所と鍵、渡したんだもの。
「無理しないでね。でもそんなこと、私に話しても良かったの?」
「良いんだよ。周辺って言ったろ。周りの領地の領主とかはもちろん、王都でも貴族の間じゃ噂になってんだ。ここまで広がんのも時間の問題だ」
「そうなのね。まあ、エリックもいるのだし、ならすぐにでも解決するわね」
するわけない。っていうか、本音を言えば捕まっては困る。アタシの大事な取引相手。本音を言うわけにもいかないから、建前とリップサービスを投げておく。
「.........なあ」
「?なあに、エリック?」
「これが解決できたらさ、その俺と.........いや、何でもねえ。俺もうねみいんだよ!」
「あ、そうよね。ごめんなさい、引き留めちゃって。ゆっくり休んでね。おやすみ、エリック」
「お前も無理すんじゃねえぞ。病弱なんだから。じゃあな」
嘘なのだけれどね。体が弱いなんて。
アタシの仕事は夕方から深夜にかけて。寝不足でいってミスするなんて目も当てられないから、設定として病弱で通してる。そうすれば昼間から寝てても変に思われないし、スッキリした状態で仕事ができるもの。
言うが早いか走り去ったエリックが、玄関の向こうに消えたのを確認して、アタシは洗濯物に戻った。時おり鋭くなりかける顔を、よく言えば楽しそうな、悪く言って馬鹿っぽい笑顔で誤魔化す。どこで誰が見てるかも分からないし、アタシが仕事中って無表情が多いから、このへんの人に見られる体調が悪いって誤解されるんだよね。昔外でぼうっとしてたら、近所中の人が大丈夫かって大騒ぎしたときはアタシも家族も驚いたわ。
夕闇が迫って、一般人が帰路につく頃、アタシは予定通りに目覚めた。
室内で軽く体を動かしてみて、何処にも違和感がないことを確かめる。首から上.........腕、指先。.........脚。気を巡らせて確認した結果思い通りに動く。
ここまで来ると、アタシの頭の中はきっちり仕事に切り替えられる。
黒い体に沿うパンツを履き、その上から編み上げブーツで脚を固定する。靴底が特殊な素材でできたこのブーツは、絨毯や石畳の上ならよほど雑に歩かない限りは足音がしなくってアタシのお気に入り。同じく黒いシャツを羽織ってから、太もも、ウエスト、両腕に巻き付けたベルトにそれぞれナイフと小剣、鍵空け道具をくくりつける。この両腕のベルトはおじいちゃんの発明で、腕を振ると文字通り道具が飛び出てくるの。自在に出し入れが出来るようになるまでかなり時間がかかったけれど、出来るようになっちゃえば重宝するわあ。あとは腰のベルトに必要な道具を入れたポーチをくくりつけて、準備は終了。
このままじゃ真っ黒くて怪しい人になっちゃうから、上からふんわりとした薄紅のワンピースと、フード付きの茶色いコートを羽織る。パッと見ただけじゃ、アタシが剣を装備した泥棒に見える人なんていないと思う。どう見てもその辺の娘と大差なく見えるし。それでもこのまま家を出たのじゃご近所に見られる可能性があるから、秘密で作った入り口から地下水路に降りる。
入り口はおじいちゃんの部屋にあるのだけれど、そこへいくには居間を通らなくちゃいけなくて、そこに姿がないってことは父さんも母さんもまだ帰ってないみたい。いつもより大分遅いけれど、寄り道でもしてるのかしらね。そんな気持ちがふと芽生えたけれど、地下に降りたらすぐに片隅に追いやられた。
地下水路は暗くて、アタシみたいに夜目が効かなかったら歩くことだって手探りだろう。アタシは頭の中で、地下水路と地上の街並みを重ねた。今回の仕事先の住所に、一番近い出口をピックアップして駆け抜ける。
しばらくして、アタシはなに食わぬ顔で家路を急ぐ人の波に身を投じた。