表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪梨の散るころ、君と  作者: 史月ナオ
第一章
9/67

2-3

※柊影視点

 どうにか見られる程度に墓の手入れを終え、柊影は貴妃と並んで墓に拝礼をする。

 人が死ねば、その魂魄は(こん)(はく)とに分かれ、魂は天へ昇り、魄は地に溶けるという。しかし柊影には、弟夫婦の魂魄がいまだこの地上に留め置かれているような気がしてならなかった。

 貴妃とこうして祀ることで、その御霊を鎮めることができればいいと柊影は思う。それが貴妃には迷惑なことに付き合わされているという結果になろうとも。

 それに、貴妃をここへ連れてきたのには理由があった。その理由を知れば、彼女は怒り出すか、泣き出すに違いない。それでも、彼女が必要だったのだ。


「そろそろ行くか」


 弟たちに婚姻の報告も終え、柊影が声をかければ、貴妃は従順に頷く。その姿に、チクリと胸が痛んだ気がした。しかしそれに気付かぬふりをして、柊影は足早に歩きだした。

 ところが、数歩も進まぬうちに、後ろでバサリと大きな物音がした。振り返れば、貴妃が地面に伏せるように倒れこんでいた。


「おい!大丈夫か!」


 慌てて駆け寄り、注意しながらそっと抱き起すと、苦しそうに肩で息をしながらも、貴妃はどうにか声を紡いだ。


「……申し訳…ありません。軽い…貧血です」


 そう言って無理に立ち上がろうとする貴妃の手を、柊影は掴んだ。草取りのせいで幾つも新しい切り傷ができた貴妃の手は、冷汗でしっとりと濡れ、微かに震えていた。やはり、無理して草取りをしていたのだと、柊影は思った。


「動くな。楽になるまで少し休め」


 柊影の言葉に、貴妃は小さく頷いた。柊影は貴妃が楽になるようにと、彼女を自分にもたれかけさせた。貴妃はされるがまま、力なく柊影の胸に頭を預けた。と、その頭に掛けられた薄絹が柊影の目に入る。


「このようなものを被っていては、呼吸も思うようにできまい」


 柊影は貴妃の薄絹に手をかけ、一気に取り払ってしまった。

 すると、その取り去られた薄絹の下から、苦しそうに柳眉を寄せながら目をつぶる、美しい娘の(かんばせ)が現れた。

 青白いほどの肌は一点の曇りもなく、閉じられた睫毛は頬に影を作るのではないかと思うほど長い。途切れ途切れの息が漏れる口は、唇が淡い薔薇の花弁のように色づいていた。

 このように苦しんでいる時でさえ、貴妃は圧倒的なまでに美しかった。そしてそこに、雪梨の下でいつか見た、端然とした微笑みが重なった。

 柊影は咄嗟に目をそむけ、視界から貴妃の顔をどうにか追い出した。一瞬にして柊影の心を奪った顔を、これ以上思い出さないように。

 貴妃の顔を見るべきではなかったと、視線を彷徨わせながら見上げた空はどこまでも青く澄んでいて、それが救いのように思われた。

 そうしてただ静かに時が過ぎ、ようやく貴妃の呼吸が落ち着いてきた。


「陛下、もう大丈夫です」


 目を開け、申し訳なさそうな顔を向けてくる貴妃から、不自然なまでに顔を逸らした柊影は、そのまま立ち上がり、貴妃を助け起こした。


「そなたがここまで体が弱かったとはな」


 何気なく言ったその一言に、貴妃は再び青ざめて息を飲んだ。しかし、顔をそむけていた柊影の視界には、その姿は映らなかった。


「行くぞ」


 そう言って、再び柊影は歩き出した。今度は貴妃が後ろからしっかりと付いてくる気配があった。

 帰りは貴妃の歩みに合わせるようにゆっくりと歩いたが、来た時のように気軽に手を取ることはできなかった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ