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雪梨の散るころ、君と  作者: 史月ナオ
第一章
7/67

2-1 

※柊影視点

「兄上、俺は貴方を決して許さない」


 禁軍兵に取り押さえられ、柊影の前に跪かされながらも、決して消えることのない怨嗟をその瞳に宿し、弟・栢影(はくえい)は言った。


「お前は誤解している。目を覚ませ」


 柊影は心が凍り付いていくのを感じながら、弟を見つめた。

 こんな場所に、弟を来させたくはなかった。けれど、柊影を恨む弟は逃げることを拒み、この裁きの場に立っていた。


「目を覚ますのは貴方の方だ。俺たちに罪は無い!」

「謀反を起こしておいて、言うことがそれか。呆れたものだな」


 そう見下したように言いつつも、自分の声が、そして手足が、震えそうになるのを柊影は必死に抑えていた。皇帝として立つと決めたからには、周りの者たちに、決して狼狽えた姿は見せてはならないと、頭の中で言い聞かせながら。


「貴方はいつもそうだ。人の心を知ろうともせず、感情を排してどこまでも冷徹になれる。皇帝位を継いでから、貴方はどんどん冷たくなっていった」

「心を捨て、理性をとる。それが玉座に座る者に課せられた責務でもあるのだ。いちいち心を汲んでいては、この大国は動かせぬ」


 それに、と柊影は思う。人の心を知ろうとしないのは、弟とて同じだと。栢影は決して柊影の心を知ろうとはしなかったではないか。


「……俺はただ、妻と静かに暮らせれば良かったんだ」


 弟が不意にぽつりと言葉を零した。


「それなのに、貴方はそんな小さな幸せさえ奪おうとした。権力も、地位も、何もかも持っているくせに、これ以上俺から何かを奪うなんて許せなかった」

「それが、この謀反を起こした理由か。くだらないな」

「くだらない、だと?」

「まさか外戚の言葉を鵜呑みにしたとはな。聞いたぞ。なんでも、私がそなたの妻を後宮へ召し上げようとしていると、そなたの妻の実家である楊家の者たちに吹き込まれたとか」

「!」

「私とて、人妻、それも弟の妻に手を出そうとは思わぬ。楊家の者たちは私を廃し、そなたを皇帝として立てることで、外戚としての権力を手にしたかったのだ。そんな簡単なこともわからなかったのか」


 柊影の冷え切った物言いに、栢影は「違う」と、即座に反応した。


「あの人たちはそんなことはしない。皆、俺を本当の家族のように迎えてくれたんだ」


 弟の言葉に、柊影はひどく虚しい気持ちになった。自分は弟にとって、本当の家族ではないのかと。


「それに俺は知っているんだ。兄上が心から俺の妻を望んでいたことを」

「そなたが私の何を知っていると言うのだ。気付かないのか?己の言葉が先ほどから矛盾していることに。私が自身の感情を排してどこまでも冷徹になれるというなら、そなたの妻を望んだりはしないだろう。そなたの妻を望んだところで、それこそ兄弟間の関係を悪化させるだけで何の利もないのだからな」

「俺たちの関係を悪化させる。それが貴方の望みだったのでしょう。そうして玉座を争う人間を排除する口実を見事に作り上げたんだ」


 弟は口の端に歪んだ笑みを浮かべて言った。柊影はそれを見ながら、自分たちはどこまでも平行線をたどるのだと思った。

 どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

 それでも柊影はため息を一つついて、心を、冷徹だと揶揄される皇帝のそれに切り替えた。先の反乱の際に、躊躇なく大勢の貴族を粛正した皇帝のそれに。


「謀反は大罪。罪人は死刑と決まっている。何か言い残すことがあるなら、今この場で言うがよい」


 実の弟に、なんの迷いもなく死罪を言い渡した皇帝に対して、その場に居合わせた者たちは皆、凍り付いたように動けなくなった。


「……妻だけは、どうか彼女だけは助けてください」

「いいだろう」


 柊影が頷くと、栢影は寂しげに瞳を陰らせた。


「兄上。いつか貴方にも心から愛する人が現れたなら、貴方もきっと気付くはずだ。大切な人を奪われるかもしれないということが、どれほど苦しく、身を切られる思いがすることなのかを」


 弟の言葉に、柊影は何も言わなかった。

 


 ――そうして栢影は、柊影の前で首を落とされたのだった。







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