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雪梨の散るころ、君と  作者: 史月ナオ
第一章
6/67

1-5

 二人を乗せた馬がたどり着いたのは、都の西方に位置する山の麓だった。

 辺りは木々が鬱蒼と生い茂り、昼間でも薄暗い。

 皇帝は馬から降りると、梨香を降ろし、馬を近くの木に繋いだ。


「行くぞ」


 馬をつなぎ終えた皇帝は梨香にそう声をかけると、そのまま森の中へと入って行ってしまう。梨香は慌ててその後を追った。

 道なき道を、皇帝はまるで何度も足を運んだことがあるかのように迷いなく進んでいく。その歩みは早く、地面の起伏をもろともしない。やはり普段から鍛えているのだろう。

 重い衣に山道に不向きな華奢な作りの靴を履いた梨香は、置いて行かれないようとに必死で皇帝の後に付いていった。しかし、それでも皇帝との距離は次第に開いていってしまう。


「陛下!お待ちください」


 今にも見えなくなってしまいそうな皇帝に声をかけると、皇帝は歩みを止め、こちらを振り返った。彼は眉間に皺を寄せ、いかにも気分を害されたという表情をしていた。皇帝は何も言わず、梨香が追いつくのをじっと待っていた。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 息を切らせながらどうにか追いついた梨香が謝ると、皇帝は驚いたように目を見開いた。


「なぜ謝る?」

「え?」

「だから、なぜ謝るのかと聞いている」

「私がもたもたしていると、そうお怒りではないのですか?」


 そう聞き返した梨香に、皇帝は気まずそうに視線を逸らし、ため息を吐いた。


「そうではない。気の利かぬ自分に呆れていたのだ」


 皇帝の言葉に梨香が驚いていると、許せ、と言って、皇帝は梨香の細い手を取った。初めて繋いだ彼の手は、固い豆のできたどこか荒々しいものだった。馬に乗せられる前に腕を掴まれたときには、驚くばかりで全く気が付かなかった。

 きっと、馬の手綱を執ったり剣を握っているうちに、彼の手には自然と豆ができたのだろう。けれど、その手は不快ではなく、梨香の手よりも遥かに大きいそれには、包みこむような優しさもあった。


「そなたのその恰好ではさぞ歩き難かろう。悪いがもう少しだけ辛抱してくれ」


 皇帝はそう言って、先ほどよりも遥かにゆっくりとした足取りで歩きだした。

 梨香は繋がれた手を気恥ずかしく見つめながら、彼に導かれるように歩いた。二人は特に言葉を交わすこともなかったが、その時間は言葉で埋めなくても十分に満たされたものだった。


「着いたぞ。ここだ」


 山を中腹辺りまで登ったころ、急に開けた場所に出たところで皇帝が歩みを止めた。先ほどまでの鬱蒼とした木々の影は、そこでぽっかりと途切れ、光が差し込んでいた。

 その差し込む光に照らされた場所にあったのは、小さな二つの盛り土だった。


「ここは、もしや……」


 梨香が盛り土を見ながらつぶやくと、続きを皇帝が引き取る。


「墓だ」

「どなたのものかお聞きしてもよろしいですか?」

「ああ。これは弟夫婦のものだ」


 そう淡々と告げられた皇帝の言葉に、梨香は思わず彼を見つめていた。


「陛下の弟君とおっしゃいましたか?そのような身分のある方が……」

「なぜこんな場所に、か?」

「……はい。その、ここはとても静かですが寂しい場所です。それに、頻繁に墓参りもできないようなところかと」

「そうだな。だが、仕方が無かったのだ」


 皇帝はそう言って言葉を切って、苦々しく唇を噛んだ。梨香はじっと続きを待った。


「弟は」


 皇帝はしばしの逡巡のあと、再び口を開いた。


「弟は、謀反を起こした罪人だったのだ」


 









 

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