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雪梨の散るころ、君と  作者: 史月ナオ
第一章
5/67

1-4

 天壇での儀式は滞りなく、あっという間に過ぎていった。

 儀式の間、皇帝は一言も発することが無く、また、梨香もずっと無言だった。

 それは地壇においても同じだった。地壇は形こそ天壇と異なり、方形に石畳が敷かれただけの、広大な、そして何もない場所だった。

 古代の人々にとって、天とは丸く、くるくると巡るものであり、それ故に天壇は円形をしている。それに対し、地とは広い箱庭のようなものだと考えられており、それ故に地壇は方形をしているのだ。

 書物の中の単なる知識だったものが、実際に目の前に存在していることに、本来の梨香であれば感嘆のため息を零したであろう。しかし彼女は今、それどころではなかった。

 儀式に集中しなければと思うものの、梨香の意識はどうしても隣に立つ男へと向かってしまう。まるで彼の一挙手一投足が、世界の重要な秘め事であるかのように、彼女は神経を研ぎ澄ませて皇帝の様子を窺っていた。

 さすがに天壇でのように、まじまじと見つめるような愚かなまねはしなかったが、それでも気になって仕方が無かった。しかし、その思いをどうにか振り切り、梨香は儀式に意識を戻した。

 そうしている間に、地壇での儀式も終わってしまった。皇帝はやはり何も言わず、さっさと自分の馬車へと向かってしまう。梨香はその姿をただ見つめていた。

 皇帝鹵簿が次に向かったのは社稷壇(しゃしょくだん)宗廟(そうびょう)だった。社稷壇は土地が豊かで五穀豊穣になるよう願う場所であり、宗廟は皇帝一族の先祖を祀る場所である。

 そこでも二人はつつがなく拝礼を終えた。これでようやく、婚姻の儀式の大半が終わったことになる。あとは皇城に戻り、二人のための盛大な祝宴があるばかりだ。

 流石に疲れが見え始めた梨香は、侍女の手を借りながら、どうにか自分のために用意された馬車に乗り込もうとした。しかし、それを留める声がした。


「貴妃には、今しばらくお付き合いいただこう」


 そう言って力強く梨香の腕を引いたのは、なんと皇帝陛下その人であった。


「陛下!お待ちください」


 皇帝の後ろから、護衛官と思われる若い男が追いかけてきて、彼に声をかけた。皇帝もすらりと背が高かったが、護衛官の青年はさらにそれより頭一つ分、背が高かった。体つきも、鍛錬を積んでいるもの独特の、肩幅のあるがっしりとしたものだった。

 いつの間にか周りには人々が集まっていた。驚いたように皇帝を見つめる官吏や近衛兵に儀仗兵、そして戸惑ったように梨香を見つめる梨香付きの女官たち。

 皇帝はちらりと周りを一瞥すると、良く通る声で言った。


「お前たちは先に帰れ。私は貴妃と行かなければならないところがある」

「いけません。どうか我々とお戻りください」


 そう声を上げたのは、やはり護衛官の青年だった。しかし皇帝はそれを冷やかに笑って受け流した。


「私の言葉が聞こえなかったのか?」

「――しかし」


 護衛官の青年は一瞬ひるんだものの、なおも食い下がろうとした。


「二度言わせるな」


 皇帝は静かに、けれど有無を言わせない声音でそう言うと、その場で冕冠(べんかん)を脱ぎ捨てた。そして梨香の手を引いて、呆然と成り行きを見守っていた近衛兵のもとへ向かい、彼が手綱を引いていた、一際立派な馬具を付けた黒い馬を取り上げると、軽々と梨香を抱き上げ馬に乗せた。さらに自身も軽い身のこなしで梨香の後ろにまたがると、周囲の制止も聞かずに馬を走らせたのだった。

 突然のできごとに、梨香はただただ驚いていた。しかしその驚きも、いきなり乗せられた馬の高さと、走る速さのあまりの恐ろしさに消し飛び、声さえあげることができなかった。

 それを察したのだろう。皇帝は手綱を右手一つで執り、左手でしっかりと梨香を抱きしめた。細身と思っていた皇帝の思わぬ胸の広さと逞しさ、腕の力強さに、梨香は包み込まれるような安心感を覚えたが、次の瞬間には耳に皇帝の息遣いが聞こえてきて、それどころではなくなってしまった。

 心臓が再びうるさく高鳴り、知らず頬が熱を帯びる。どうしてよいのか戸惑う気持ちが沸き起こり、しかしその一方で、何故だか嬉しさがこみあげてくるのだ。

 冷徹と言われた皇帝が、こうして気遣ってくれることに安堵を覚え、梨香は、きっとこの方ならば信頼しても大丈夫だと思った。





少し矛盾する点を見つけましたので、書き換えました。話の流れには変わりありません。

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