2-10
※柊影視点
重い気持ちは、体さえも重くする。
柊影が都の栢影の邸宅へと足を向けた時、普段ならば一時とかからない単調な道が、何倍にも長く感じられた。
本当は雪華のところへなど行きたくはない。だが、この知らせを持っていく役目は、弟の最後の望みを聞いた柊影のものだった。
栢影の屋敷に着くと、家令を呼び、雪華の住まう建物へと案内させる。
家令は困惑したように柊影を見ると、こちらですと奥へと導いた。
たどり着いたのは陽当たりの良さそうな建物で、そこで控えていた中年の侍女に取次ぎを頼む。暫くして扉が開き、柊影は中に通された。
窓際に茶卓が設けられたその部屋は、屋敷の女主人が客を招く部屋のようだった。
茶卓の前に立っていた雪華は、深々とお辞儀をして柊影を待っていた。
「ようこそおいでくださいました、陛下」
彼女を最後に見た婚儀の日から、随分と日が経つ。心なしか体の線が女性らしくふっくらとした雪華は、頭を下げたまま、柊影の言葉を待っていた。
「顔を上げてくれ。そなたに、話さなければならないことがある」
柊影の声に答えるように、雪華はゆっくりと顔を上げた。
……柊影の知らない女が、そこにいた。
柊影に縋るような表情で、彼女は柊影を見ていた。雪華の、あのすっと胸のすくような凛とした気配はもう無く、そこにあるのは怯えと、柊影のご機嫌を窺おうとする下手の態度だけだった。
「雪華……」
柊影は息を飲み、言うべき言葉をしばし失った。
雪華は柊影が何を言うのか、しきりにそれを気にしている。そして、ついに堪え切れなくなったのか、先に口を開いた。
「陛下、どうか夫を助けてください。この度の謀反、決して夫の望んだことではないのです。――ちっ、父が夫を騙したのです。ですから、どうか、どうか彼だけは助けて。ね、柊影。わたしたち、知らない中では無いでしょう?お願いよ」
柊影は雪華を見ていられなくなった。彼女から顔を背け、柊影は絞り出すように声を吐き出した。
「……栢影は死んだ」
柊影の言葉に、雪華はひゅっと息を飲んだ。それを無視するように、柊影は言葉を続ける。
「彼の最後の望みは、そなたの命を助けることだ。此度の謀反で楊家は一族全てが加担したとして罪に問われているが、そなただけは弟に免じて赦そう。そなたの住む場所はすでに用意させてある。だから荷をまとめ、明日には出立して欲しい。……これが、私ができる最後のことだ」
漏れる嗚咽を必死で抑えていた雪華は、ついに堪え切れなくなったのか、あああっと悲鳴を上げて崩れ落ちた。そして、顔を押さえて大声で泣き続けた。
「……雪華」
彼女になんと声をかけていいのかわからず、かといって謝ることはできなかった。
柊影はそれでも雪華を宥めようと一歩を踏み出した。
しかし、次の瞬間、雪華が鬼気迫る形相で顔を上げ、柊影を睨んだ。
「わたしに近づくな!あなたの、あなたのせいで、栢影は死んでしまった!……許さない!わたしは一生あなたを許さないわ」
呪いの言葉を吐きながら、雪華は壊れたように笑い出した。
柊影は痛ましい思いでそれを眺め、もう彼女の前から去ろうと決めた。自分がそばにいれば、彼女を傷つけるだけだと思ったからだ
その日は結局、柊影は夜更けに城に戻った。
―――翌日、雪華が自害したと知らせが届く。
比翼の鳥は相方を失っては飛べない。彼女は弟の死に耐えられなかったのだ。二人の結びつきはそれほどまでに深く、強かったのだろう。
雪華の墓は夫の栢影とともに葬られる形で、都の西の外れの山中に作られることになった。謀反人の墓であるため、死してなお都から追い出されるかたちとなったのだ。
雪華の死によって、楊家は絶えた。謀反の中心となった楊家は一族全てが処罰されており、その多くは処刑され、生き残った者も国外への永久追放となっていたのだ。
また、後宮にいた二人の妃も連座して処罰され、柊影の後宮には妃はいなくなった。
だが、それがなんだと言うのだろうか。
もはや自分には妻など持つ資格もなく、持ちたいとも思わなかった。
弟の最後の願いもかなえてやれず、本当に兄として、いや、人として失格なのではないか。
柊影は、彼らの命と引き換えに守った玉座を、ずっと背負って生きていくことが、自分に架せられた罰なのだと思った。




