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雪梨の散るころ、君と  作者: 史月ナオ
第四章
40/67

2-1

※柊影視点

 柊影は、先ほどの側室との話を、雪華が聞いていたことに気付いていた。だが、敢えて雪華に声をかけなかった。

 なぜこんな夜更けに側室が後宮を出られたのか。それは皇帝が許したからだと、敏い雪華ならわかったはずだ。そして、その側室が北狄の王に降嫁されることも。

 柊影は側室に対して申し訳なく思っていたし、他の妃嬪と違って、あの側室は煩わせない人間だとも思っていた。だから、側室の意思とは無関係なところで遠い異国に送ると決めたことに、心を痛めていた。結局、降嫁の話も、柊影の至らなさが招いた結果だったからだ。

 北狄の王があまりにもせっついてくるために、降嫁の話を早々に側室に通さねばならなくなった。そして、日々の執務に追われる柊影には、夜しか満足な時間が作れなかった。他人に任せることもできたのだろうが、自分が招いた事態だ。自分がきちんと側室に説明する義務があると思った。

 そうして夜中に側室を呼び出して話をつけたのだが、どういうわけか、雪華がそれを立ち聞きしていた。けれど、雪華は柊影に声をかけずにああして駆け去った。雪華はきっと、柊影と側室に気を使ったのだろう。

 そうやって気を使われてしまうと、やはり傷ついた。自分はこれっぽっちも恋愛対象でないのだと、改めて突きつけられたようだった。

 雪華は結婚するのだから、当たり前だ。けれど雪華に誤解されるのは嫌だった。だが、これで雪華や弟が、柊影に対して自分たちの結婚を後ろめたく感じなくなるのなら、それも良いのかもしれない。二人とも、相当柊影に気を使っているようだったから。

 これでいいのだ。このままで。

 フッと、そう自嘲気味に笑って、柊影は執務室に戻ることにする。まだまだ、仕事は山のように残っていた。感傷になど浸っていられないほどに。

 それから数日後、例の側室は沢山の嫁入り道具とともに、遠い北の地へと旅立っていった。そして時を同じくして、栢影と雪華も、山南の地へと戻って行った。

 



 清明の日、空は青く澄み渡っていた。

 生涯で女が最も美しく着飾るその日、紅の花嫁装束に身を包んだ娘は、弟の隣で静かに微笑んでいた。その微笑みが、自分の隣にいた頃のそれから全く変わってしまったことに、柊影は気付いていた。

 けれど雪華が幸せなら、それで、いい。

 柊影は眩い二人の姿を見たくなくて、ずっと二人から顔を背け続けた。

 婚儀も祝宴も、粛々と進み、柊影だけが過去に取り残されていく。全てが無性に煩わしくて、柊影は心を閉ざした。自分の感情に蓋をして、今度は自分で自分を操り人形にした。立派な皇帝として、弟を誇る兄として、上手く振る舞うにはそうするしかなかった。

 そうして自分さえも俯瞰して見ていると、不意に何とも言えない不快な気を感じた。その気の漂ってくる方へと視線を転じると、そこに、楊真が立っていた。

 彼は娘の門出を祝福しているようだが、柊影には何故かその瞳が鈍く光っているように思えた。だが、えてして親とはそういうものだろう。特に娘を嫁がせる父親ならば、祝う気持ちと寂しさという相反した気持ちが内に同居して、葛藤しているに違いない。

 柊影の意識はそれ以上の追及を放棄した。 

 祝宴には、今勢いを増しつつある中流の貴族や、新たに任官された高級官僚たちが多く揃っていた。彼らは先の反乱で一気に名を上げた者たちだ。古くから楊家と交流のある者もいれば、乱をきっかけに親交を持った者もいる。

 そうした者たちにとって、今回のこの皇族と楊家との婚儀は、重要な意味を持つものだった。

 先の反乱での楊家の働きは大きく、中央と地方を結ぶ(かすがい)の役割を果たしたことを、皇帝が大きく評価しているとされている。さらにそれだけでなく、実際に楊家が皇帝との面識も得たのだということを、この婚儀が示していたからだ。

 だからこそ、この婚儀に招待されるということは、この国での今後の社会的地位を保証する、一種の象徴的な意味があることを、参加者たちは(すべか)らく認識していた。

 そして、この婚姻によって今後さらに権勢を強めるであろう楊家との確実な繋がりを得ようと、参加者たちは必死だったのだ。

 力を得ようとするのは、決して悪いことではないと柊影は思う。力がなければ、何も為せないからだ。けれど、自分の力でどうにかしようと努力するのではなく、強者に(おもね)り追従するだけでは、何の意味もないのだ。そんなことをして手に入るような力は、得た時に驕りや猜疑など、負の感情しか与えないからだ。

 この婚儀にいる者たちが、いずれ国の薬となるか毒となるかはまだ不明だが、少なくとも楊家を中心に力を得ていくことは間違いないだろう。

 柊影はそうした参加者たちの顔を、無気力に眺めた。弟たちの婚儀を心から祝福することもできないで、兄としては失格だというのに、その一方で皇帝としては、その気はなくともこんな時でも臣下を測ってしまうほど仕事熱心なのだから、呆れ返る。柊影はこんな自分の性格が嫌でたまらなかった。

 柊影がいることで、祝宴も誰が主役かわからない状態になっており、次から次へと柊影に挨拶に来る賓客に辟易した柊影は、早々に祝宴を辞した。

 そんな柊影を追いかけてくる者がいた。

 ――雪華だった。

 

 




 

章立てを少し変更しました。内容は変わってません。

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