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雪梨の散るころ、君と  作者: 史月ナオ
第一章
4/67

1-3

 梨茶を飲み終わると、仕上げとばかりに額に花鈿(かでん)が描かれ、唇に紅が差された。


「さあ、貴妃様、出来上がりましたよ。とてもお綺麗です」


 年かさの女官の言葉に、梨香は「ありがとう」と礼を言って立ち上がった。その拍子に幾つも挿した髪飾りが、シャランと繊細に揺れる。周りの女官たちは梨香の出来栄えにうっとりとため息を零した。


「最後にこれを」


 そう言って女官が梨香の頭から、足元まですっぽりと覆うような赤い薄絹を被せた。花嫁の姿を他の男の目から隠すためのものだった。


「貴妃様、参りましょうか」


 梨香が歩きやすいようにと彼女の手を取って、煌娟が言った。その言葉に頷き、梨香は支度部屋を後にした。




 梨香は後宮を出ると、豪華な馬車に乗せられた。彼女の乗った馬車の周りには、騎馬の近衛兵が付く。彼らは禁軍の中でも精鋭の者たちだと言う。見目麗しい若者たちが磨き上げられた鎧をまとって、艶やかな毛並みの馬にまたがっていた。

 そうして近衛兵たちに誘導されて梨香の乗った馬車が加わったのは、長い隊列をなす皇帝の鹵簿(ろぼ)だった。

 婚儀はまず、天壇(てんだん)地壇(ちだん)という、天と地の神をそれぞれ祀った皇城外の祭祀場で、神々に婚姻を報告することから始まる。

 最初に鹵簿の隊列が向かったのは、天壇だった。天壇は、白い大きな大理石を円丘状に9段ほど積み上げた、小高い丘のような形をしていた。一つ一つの大理石があまりにも大きいために、そこに設けられた、上に登るための階段は、数十段にも及んでいた。

 梨香が馬車を降りると、辺りは雅やかな楽の音に包まれていた。


「貴妃様、ここから先は神聖な場所ゆえ、私はお伴できません」

 

 梨香が馬車から降りるのを手伝いながら、煌娟はそう言った。それに頷いて了解を示した梨香は、重い衣を纏ったまま、ゆっくりと一段一段を踏みしめるように、一人、階段を上り始めた。

 田舎の自然の中で育ったとはいえ、元来体が弱かった梨香は、すぐに息が上がってしまう。梨香が自然に慣れ親しんだというのは、静養的な意味合いが過分にあり、決して野山を駆け回っていたわけではなかった。

 それ故に、階を登り切った時には、不安や緊張とは別の、本物の眩暈が彼女を襲った。

 思わずふらりと倒れそうになる彼女を、不意に横から差しのべられた、逞しい腕が支えてくれた。


「大丈夫か?」


 少し低めの、落ち着いた男性の声が耳元に届いた。この支えてくれた人の声だろう。


「はい。ありがとうございます」


 どうにか体を立て直し、梨香は顔を上げた。そうして自分を支えてくれた人物を、頭から被った赤い薄絹越しに見上げた。

 すると、相手の男が梨香の顔を覗き込むようにしていたせいか、その顔が思っていた以上に近くにあった。

 梨香はハッと息を飲んだ。今まで見たことがないほど、その顔は端麗なものだった。すっと通った鼻梁に、少し薄めの魅惑的な唇。切れ長の眼は、瞳の色こそ窺えないが、冷たく鋭い光を宿しているのがわかった。


「もっ、申し訳ありません」


 梨香は慌てて男から離れた。なぜか心臓が不自然に早鐘を打っている。


「よい。気にするな」


 冷たい声音になってそう言うと、男は梨香から視線を逸らした。

 それでも、梨香は男から眼を離すことができなかった。彼の纏った衣には、五爪の龍が刺繍されており、また、彼の頭には見事な玉飾りの冠があった。彼のその服装は袞冕(こんべん)と呼ばれるものであり、それは皇帝だけが纏うことを許されたものであった。


 ――――この方が、皇帝陛下なのだわ。


 すらりと高い背に、均整のとれた体つきは、25、6歳と思われる年齢に相応しい精悍さを持ちつつも、決して品を失っていない。

 梨香は畏怖にも似た思いで、皇帝を見つめ続けた。


「貴妃様、儀式が始まりますゆえ、前をお向きください」


 不意に脇から声を掛けられた。見れば老齢の神祇官(じんぎかん)が苦笑交じりに立っていた。


「ごめんなさい」


 梨香は顔を赤らめて前を向いた。夫となる人の前で、失態ばかり晒してしまった。

 隣で神祇官が儀式を執り行い、それに合わせて天に拝礼する時も、梨香は恥ずかしさのあまり俯いたままだった。


 

  

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