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淡い空色の襦裙に身を包んだ雪華は、立派な官服を纏う父と栢影の後に付いて、宮城内を歩いていた。
まるで着せ替え人形のように様々な色の布を当てられ、この空色の絹が選ばれたのは昨日の事だ。そして日が変わり、今朝になって雪華が起きた時には、すでに絹布は美しい襦裙となっていた。しかも、雪華にぴったりの身頃と丈の襦裙は、一針一針が丁寧に刺され、とても一夜で出来上がったとは思えない代物だった。これも、栢影の地位のなせるわざ、ということだろう。
侍女に朝から湯あみをされた雪華は、その出来上がったばかりの衣を纏い、髪を複雑に結い上げられた。そして、栢影から貰った翡翠の蝶の髪飾りを仕上げに挿せば、まるで自分が都の貴族の姫にでもなったかのような心地がした。
馬子にも衣装だと内心で苦く笑っていると、栢影がやってきて、驚きに目を見開いた。
「雪華、すごく綺麗だ」
あまりに率直な栢影の言葉に、雪華は無性に恥ずかしくなって視線を彷徨わせた。お世辞だとわかっているのに、照れる自分がいる。
「あ、ありがとう。こんな綺麗な服を着るのは初めてだから、お世辞でも嬉しいわ」
「違うよ」
栢影はそっと近づいてくると、雪華の耳元で囁いた。
「お世辞なんかじゃない。本当に綺麗だ。早くみんなに自慢したいよ。俺の妻はこんなに美しい人なんだぞって」
「……栢影」
妻、という言葉に咄嗟に顔が強張ってしまった雪華に気が付いたのか、栢影はパッと離れると、気持ちを切り替えるようにいつもの明るい笑顔を見せた。
「さ、行こうか。楊真様をお待たせしてはいけない」
栢影は雪華を促して部屋を出た。
そうして門のところで二人を待っていた父と合流し、三人で馬車に乗って宮城へとやってきたのだ。
宮城は、もはや「広い」「大きい」の言葉に尽きた。皇城と宮城の間に位置する東門からは、馬車を降りて歩きで城内に入ったのだが、左手には遥か先まで続く官庁街が、右手には皇城と宮城を隔てる高い塀が伸びている様は圧巻だった。そして、官服を纏った人々がせわしなく行き来するこの場所が、間違いなく国の中心部なのだと実感させられずにはいられなかった。
雪華の隣で、父も唖然としているようだった。「なんと素晴らしいことか」とポツリとつぶやいて、感慨深げに辺りの景観を眺めていた。政に深い関心を寄せる父にとっては、憧れの場所でもあるのだろう。
あたかも上京したての、どことなく垢抜けない雰囲気が、雪華と楊真からは垣間見えていた。しかし、それとは対照的に、栢影はなんの違和感もなくこの場所に溶け込んでいた。
時折、栢影の姿を見て驚いて足を止め、深々と彼に向けて礼を取る官吏の何人かとすれ違ったが、栢影は大して気にする様子もなく、軽く応えて流していた。その簡単な挨拶程度のことでさえ、どこか洗練されたものに見えてしまう。
三人がそうしてしばらく歩いたところで、宮城に入るための応明門に着いた。見上げるほどに高い門は、三層はあるだろうか。二層目辺りに「応明門」と書かれた扁額が掲げられている。門扉には、龍の子供だという椒図という神獣を象った飾りが施され、重厚な雰囲気を醸していた。
栢影は見慣れているのだろう。大した感慨も無く、さっさと門をくぐってしまう。雪華もその後を追うように門をくぐれば、その先は石畳を一面に敷いた広場になっていた。さらに視線を前方に転じれば、基壇の上に立つ巨大で荘厳な宮殿が見えた。この国の中心をなす建築物、太極殿だ。
重要な式典が行われる際には、この広大な広場に百官が整然と並ぶのだろう。それを想像しただけで、自ずと体が震えた。本来ならば、雪華たちのような身分の者が立ち入ることができるような場所ではないのだ。
思わず足を止めてしまった雪華たちを振り返って、栢影は苦笑していた。
「あとで、じっくりと見て回れますから、今は先を急ぎましょう」
楊真は栢影の言葉に頷き、彼と並ぶように歩き出した。雪華も二人の後を追う。三人は太極殿の脇を通り抜け、さらに奥へと進んでいった。
宮城内には太極殿のような豪壮な宮殿もあれば、門下省・中書省の仕事場となる、太極殿に比べれば比較的小さな建物もあった。栢影が雪華たちを連れて行ったのは、そういった建物の一つだった。
中に通されると、大広間とまではいかないものの、それでも十分な広さのある部屋になっていた。奥には花鳥を彫り込んだ立派な衝立が置かれ、その手前に、どっしりと重そうな一脚の椅子が置かれている。
衝立も、その椅子も、どちらも紫檀でできているようで、まろやかな艶を放っていた。
「ここは、皇帝が私的に臣下や外国の要人などの面会に応じる時に使用している部屋です」
栢影はなんでもないことのように言ったが、楊真も雪華も思わず栢影を凝視していた。
「朝議に使う大広間と違って、あくまでも私的な部屋ですから、どうか気楽に。すぐに陛下もいらっしゃるでしょう」
これから皇帝に謁見するというのに、栢影はあまりに落ち着いている。だが、雪華や楊真はそう言うわけにはいかなかった。これが落ち着いていられるか、と言わんばかりに、栢影に恨みがましい視線を送ってしまうのをどうにか堪えていると、ついに、皇帝陛下の来室を告げる声がかかったのだった。




