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※柊影視点
雪華に連れて行かれた場所は、人気のない、寂しい場所だった。一見荒れ地のようにも見えるそこは、よく見れば土を盛り上げた小山が無数にある。
「ここは……」
「この里の共同墓地よ。あの辺りを見て」
雪華が指し示す場所には、土の色がまだ新しい墓が幾つも見えた。
「この冬を越せなくて、亡くなった人の物よ……」
雪華は俯いた。彼女の声が、か細く震えている。
「二十五人よ。この里だけで二十五人が死んでしまった。けれど、この里はまだましな方なのよ。父が私財をなげうったから。……今年の冬は、こんな南の地だと言うのに酷い寒さで、さらに昨年の不作も重なって、大きな被害が出たの。飢えと寒さで、子供やお年寄りのような弱い者からどんどん死んでいってしまった。一冬で、こんなに多くの人が死ぬなんて、これが、どれほど異常なことかわかる?それを知って欲しくて、貴方をここへ連れてきたの……」
「――役所は、役所は何をしていたんだ?飢饉や天災に備えて、郷里ごとに食料を備蓄させているだろう?」
「そんなもの、名目だけよ。余剰があれば、すべて役人の懐に入るか、賄賂として上に送られるかよ」
「上?」
「県のお偉いさまよ。そして、そこからさらにその上の州のお偉いさまに賄賂が渡る。そうして私腹を肥やしながら、彼らは足元で死に瀕している民を見て見ぬ振りをしているのよ」
「――それは、本当なのか?」
顔を上げた雪華は、憂いを孕んだ、酷く傷ついた顔をしていた。
「残念ながら、本当の話よ……」
柊影は、自分があまりに無知だったことに驚き、そしてやるせなかった。
「私は、何も知らないんだな」
「違うわ。ごめんなさい、貴方を責めるつもりじゃなっかったの。都にいれば、こんな地方の内情なんてそうそう知ることはできないのは当然だわ。不正をしている人たちだって必死で隠すでしょうし。でも、だからこそ、わたしたちはそれを明るみに出さなければいけないと思っているの」
雪華はそこで一旦言葉を区切ると、深呼吸をした。
「柊影。あなたにお願いがあるの。もし、あなたが皇帝陛下にお会いすることがあったら、この実情をお耳に入れて欲しい」
まっすぐに向けられる雪華の瞳に、柊影はいたたまれなくなって目を逸らす。
「雪華。君は知らないかもしれないが、皇帝は貴族たちの傀儡だ。彼に聞かせたところで、彼の力ではどうすることもできない」
「知っているわ。陛下が貴族たちの操り人形だってこと」
柊影は息を飲んで、再び雪華を見つめていた。彼女の緑がかった瞳は、どこまでも澄んでいた。
「でも、それでも、皇帝は皇帝なのよ。この国で何が起きているのかを知る義務がある。……それに、どんなにお飾りだろうが傀儡だろうが、わたしたちのような百姓に比べれば、ずっと力があるのよ。それを知って欲しいの。
民は皇帝に生かされ、皇帝は民に生かされる。皇帝は、虐げられた民の最後の希望なの。わたしたちは陛下が助けてくださると信じるしかない。だから、陛下も民のことを思って欲しいと……」
柊影は、雷に打たれたかのような衝撃に、体が震えた。
彼女のこの言葉を聞くために、自分はここへ来たのだと、そう柊影は思った。
「ああ、約束するよ。必ず陛下に伝えると。民を、見捨てないようにと」
今までの自分が、恥ずかしかった。衣食住の何一つ不足なく自分を生かしてくれていたのは、決して貴族でも官吏でもなく、民だったのだ。それを見失っていた。
「雪華、また、会いに来てもいいだろうか。君ともっといろいろな話をしたい」
柊影の言葉に、雪華は笑って頷いた。
「わたしも、また柊影の話が聞きたいわ。都の話も好きだけど、今度は柊影自身のことも聞かせて」
「ああ、そうだな」
そう頷く柊影は、この日のことを、生涯忘れることは無いだろうと思った。




