今度こそ
即決すると、雪華は天使に外へと促した。
「は?ちょっ!それは……何も言わずに去るのか?まずいだろ?な?」
チラチラと、室内の何かを気にするそぶりを見せる天使。
「ふむ。」
確かに、監視カメラとまでいかなくとも、録音機などで此処での会話が記録されている。なんて事も考えられる。
(なかなかやるじゃない)
子の成長を喜ぶ親の様に、慈愛あふれる笑顔で優しく肩を叩いて労うと、警官に向き合った。
「お巡りさん、今からこの子が迷惑を掛けた店に謝りに行こうと思うのですが、もう帰らせてもらってよろしいかしら?まぁ、良かった。では、あとのこと宜しくお願いしますね?失礼いたしました。」
嬉しそうに紙を撫でつづける警官に挨拶をすませ、各々の机に座って寛ぐ警官達にも聞こえるよう、もう一度丁寧に礼をし、周囲が注目したとみると、華が綻ぶ様な、綺麗な笑みで自分達の存在を刷り込んだ。
私達が逃げたのではないと、此処にいる警官達が証人になるように。
署を出た後も、心配げに後ろを振り返る天使を後部座席に放り込み、雪華自らが運転席へとおさまった。
「あ、あれ?その人は?」
初めてのる車に視線をはわせていると、助手席に座る、自前の髪よりも真っ青な女性に気が付いた。
「ああ、アンケートに答えるだけで車を貸してくれる親切な人達よ。」
めに涙をため、雪華の言葉に、小さく首を横に振って意思を伝えるが、そんな小さな抵抗では、障害は踏み潰し、高笑いしながら進む雪華に通用しない。
あまりの児戯に思わず鼻でわらうと、なぜか諦めたように天使をみたあと、強い意思を秘め、雪華に立ち向かった。
「先ほどの約束は覚えておいでですね?真っ直ぐに支店に帰ります。良いですね?」
凛と背筋を伸ばし、グッと唇を引き締めた横顔は強かった。
「もちろんよ。でもその前に、いつも車を貸してもらってるお礼をしたいの。デパートによって、ゼリーか何かもって帰るといいわ。皆で仲良く分けられるものがいいわよね?」
それでも、自分に都合の悪いことは聞こえず、都合の悪そうなことはねじ曲げる女によってあっさりかわされ、最後は雪華の家から自分で会社まで帰る嵌めになったが……。
そんな非常識を常識にねじ曲げる女にも、ねじ曲げられぬものがある。
「なんですって!!」
突然響いた怒声に、恐る恐る居間をのぞきこむと、一枚のファックスを睨みながらフルフル震える雪華に声をかけた。
「どうかしたのか?」
「これを見なさい!天界に嵌められたのよ!な~にが、彼を助けてくれるなら謝罪と、お金をこちらで御用立てする準備があります。だ!!折菓子とか、交通費とか、今日かかった費用とマンマ同じじゃん!私の苦労はプライスレスとでも言いたいの!?あ~もう、こんな事なら金塊とか、油田とか、しこたま買っとくんだった!!――――――いや、駄目ね。油田は株と一緒である意味博打。もっと確かなものを!…………宝石?うーん。(いざというときの為に決めておかねば。あのくそ女め!私がやられたままでいるとおもうなよ!!)」
ギシギシと歯を噛みしめ、家計簿の変わりにボロボロのノートを取りだし、怨念を撒き散らしながらなにやら書き込む雪華の背後で、天使が腕時計のようなものを掲げて深い、とても深いため息をついた。
人間と天使の共同生活は、はじまったばかり。
桐本雪華 現在の魂の逝き先予定地 (天国:地獄) 0:10で、地獄。