一の四
カーテンを透過した優しい日差しが、天使を厳しい現実へと揺り起こした。
「ぁあ?ここは……人間界?あれ?何でまだ人間界に?俺いつ寝たんだ?」
閉じようとする瞼を何度も押し上げ、焼けつくような焦燥感に促され、鈍い能を必死に回転させて記憶を掘り起こしていると。
脇腹に鋭い衝撃がはしり、頭を覆っていた靄が一気に晴れた。
「思い出した!チキショウ、誰だ俺の邪魔しやがった…や……な、なんで?なんで帰れない?ど、どうして。」
わざわざおこしに来てあげたというのに、お礼も言わずに『帰るかえる』『開け、開けよ!』『天よ、俺はここにいる、ここにいるぞー!』『プギャ!!』と、なにやら奇っ怪な踊りと共に叫んでいる天使を見ていると、
「昨日あんな決断をした自分を殴り・・・たくはならないな。うん。私が間違うわけない。ならこの天使のせいだから、天使を殴ればいいわね。うん、そうしよう。」
「もう殴ってんじゃねーか!おま、何しに来たんだ!」
「さっきファックスから貴方宛に手紙が届いたわ。確認なさい。」
そうだったそうだったと頷きながら、一枚の紙を差し出してきた。
「あ?なんだこれ?……派遣天使に選ばれ死、スメイル・ダイチへ」
あなたの派遣が正式に決定いたしました。就きましては、人間界への移籍を正式に認め、大地・スメール(だいち・スメール)としての戸籍と、暮らしていく為のお金を渡しておきました。桐本雪華が地獄に堕ちないと決まった時点であなたの任務を終了とする。
では、あなたの犠牲に目を瞑りつつ………サミュエル。
しばらく手紙を睨み付けていたかと思うと、かわいた笑いを漏らしながらフラフラとテレビに向かう。と、駄々をこねるように、地団駄踏みながら喚きだした。
「サミュエルさん!なんで選ばれ氏、が、選ばれ死になってんですか!つーか俺の犠牲に目を瞑ってんじゃねーよ!!これは冗談ですよね?人間界に住むなんて、俺が可哀想じゃないんですか!?」
「ああ、名前の事は私もかわいそうだと思って。変えるように言っといたわ。これがその名前よ、感謝なさい。」
「誰が名前の事……」
受け取った紙には、広島犬と書いてあった。
「名前はいいんだよ!!てか俺の本名だから!つか、広島犬て、犬みてーじゃねーか!!」
「え?私の犬でしょ?」
「うきー!!俺は帰る!俺はこんな名前も、場所も拒否しますよ!!サミュエルさん、聞いてるんでしょ!?聞いてますよね!天界の糸がまだ繋がってるもん!聞いてるんだ絶対!!」
「うわ~、ほんとにうきーて言う奴はじめてみた。」
雪華がドン引きしていると、こちらの声を聞いている。と言うようにファックスが再び動き出した。
「な、なんだよ・・。
ファックスに糸!?はっ!この俺と直接言葉を交わす事を恐れたか!」
勝ち誇ったように啖呵をきって、
「任務放棄は即追放!?堕ちてもらうだと!上等じゃないか、こんな世界に留まるより堕ちたほ・・え?追放先人間界・・。あれ?サ、サミュエル様。これでは今と変わらな……いやむしろ、天使としての力を半分どころか全て失うわけで、より危険なことに……。」
固まった。
ずっと見ていても面白いのだろうが、遅刻するのでそういうわけにもいかない。
「気がすんだ?朝御飯にしたいんだけど?」
死んだように濁った目でこちら見ると、フラフラとやって来て座ろうとしたので、仕方なく引き抜いた。