美男美女の両親から生まれた侯爵令嬢なのに、なぜか私だけ引くほどブスでいじめられてるんですけど
ばっしゃーん。
ミシリアは頭の上から大量の水がぶっかけられた。
メイドに。
「あ?」
ミシリアはメイドを見る。
姉付きの気の強そうなメイドは、ミシリアを見て悪びれる様子もなく薄ら笑っていた。
「あら、ごめんなさい。ミシリア様。躓いてしまいましたわ」
またか。ミシリアの感想はそれだけ。
今に始まったことではない。
今年15歳になるが、幼少期からこんな感じだ。
メイドはミシリアの頭にタオルを乗せた。メイドは水差しを持って、そそくさと下がっていく。
そして聞こえるクスクスという笑い声。
ミシリアは頭を拭きながら、顔をそちらに向けると姉のラニアと目が合った。
父から受け継いだ銀髪に鼻筋の通った顔。かつて国一と呼ばれた母を若くしたような美貌の姉。悲しいかなその顔は、今は醜い魔女のような悪意に濡れているが。ミシリアは思う。本当にもったいない。自分ならもっと有効活用してやるのにと。
父はかつて救国の英雄といわれた侯爵ミレニアム。銀髪にすうっと通った鼻。少し鋭いが形の良い目。それに紳士的。これに英雄譚と爵位までついて来るんだ。ケチのつけようのない国内最優良物件。
母マレアは国一番を決める大会から殿堂入りで除外されるほどの美人。性格はクソだが。
そして、ミシリア。髪だけは父から銀髪を引き継いだ。ただ顔は頬骨が少し出ていて腫れぼったい。目は垂れ目で一重。鼻は団子鼻で、鼻の上から両目の下までブツブツができている。ついたあだ名はカエル娘。
はあ。
ミシリアはため息をつく。
こいつらは父の見えないところでこういうことを繰り返す。いい加減反撃してもいいかなとも思うが悪者にされるのはどうせ私だとミシリアは諦めた。
ちなみにこんなミシリアを父ミレニアムは溺愛してくれる。この顔で生まれても何故か父からの扱いは姉よりもいい。謎である。まあそのせいで、このアホ女どもの行為がエスカレートしていくわけだが。そのうち殺されるのではないだろうか。
そうしていると、ミシリアの座っているテーブルへ母マレアがやってきた。
母はミシリアを一瞥すると、まるで何もなかったかのように座る。そこへ母付きのメイドがすかさずお茶を出す。母はティーカップを優雅な動作で口に運び、ため息を吐く。
「不快だわ。本当に私が産んだのかしら」
しらねえよ。むしろ、私はお前の不貞を長年疑ってるよ。ミシリアは心の中で悪態をつく。
「本当ですわ。よくあの顔で外に出れるわよね。私なら自殺するわ」
「アレス様が気の毒です」
母の言葉に姉とメイドが同調する。ゴミ虫どもが。
ミシリアは水を飲みに来ただけなのにと思いつつ、頭から水飲んでりゃ世話ねえか、と突っ込みながら自分の部屋に戻った。
※ ※ ※ ※ ※
その日の夜は、夜会だった。
ミシリアは父付きのメイドからドレスを着せてもらって参加した。ミシリア付きのメイドは最初はいたが、姉と姉付きのメイドが虐めるのですぐにやめていく。もう可哀想なのでミシリアから不要と父に言った。まあ父付きのメイドも嫌々なんだろうけどな。最低限は働けクズ共。
ミシリアにも婚約者がいる。父がかつて冒険者として名を馳せた時のPT仲間である、騎士のアーグスと魔法使いのメシュティが結婚した。その長男がミシリアにあてがわれた。名はアレスという。アーグスさんとメシュティさんはミシリアのことを凄く可愛がってくれる。もういっそ養子にして欲しいくらいに。ただ、息子のアレスは残念ながら面食いだった。アーグス譲りの金髪に、彫りの深い精悍な顔立ち。なかなかの美形だった。
先ほどから、ミシリアと並ぶアレスはクスクスと笑われている。
まあ隣がこれではさすがに可哀想だなと自分でも思う。でもしょうがないじゃないか。私の意思はお前との婚約に介在していないぞ。夜会も強制参加だし、婚約者でいる以上一緒にいないといけないのだから。恨むなら、お前の両親と父を恨め。私もそうしよう。
そんなことを思いながら、ミシリアはアレスに目をやった。
あー。震えている。顔を真っ赤にしながら。まあ年頃の男だしな。うん。
そして、アレスは一人テラスの方へ歩いて行った。ミシリアも悲しいかな付いていく。一応婚約者だもの。
テラスについたアレスはこちらを振り返る。まじまじとミシリアの顔を見つめる。
「あのさあ。なんでお前なの?」
知るかよ。お前の両親に聞けよ。という言葉をミシリアは押し殺す。
「存じませんよ」
アレスはため息を吐く。
「なんでラニアさんじゃないんだ」
普通、本人の前で言いますか?親御さんに言いつけちゃうよ?ミシリアは辛うじて顔に出さないように取り繕った。
「本当に死んでほしい」
さすがに我慢の限界に近づいてきた。
「では殺せばよろしいのでは?」
「できたらやってるよ」
そう言って、後ろを向いて帰ると言い残し去っていく。
本当に呪いだよ。ミシリアの耳にそんな呟きを残して。
※ ※ ※ ※ ※
翌日の午前。ミシリアは父ミレニアムの執務室にいた。
基本的にミシリアの居場所は自分の部屋か父の執務室以外にない。
初めは、父の執務室で書架の本を読んでいるだけだったが、気づいたら事務仕事を手伝っていた。
計算や帳簿の見方も、そのうち覚えた。それ以外にやることがなかったから。
ミシリアは父の机に紙の束を置く。
「ご苦労。ミシリア」
「おう。親父殿」
ミシリアは軽く笑って父に返事をし、自分の机の椅子に座る。
執務を手伝ってはや5年。もはや専属文官として仕事をしているミシリアは父に話す言葉を取り繕わない。
姉や母のことを告げ口することも可能だが、そろそろ本当に殺されかねないので微妙なライン。
まあ、最悪事故に見せかけてこっちから……。
「ミシリア、これなんだが」
不穏なことを考えていたら父から声が掛かり、ミシリアはびくりとする。
「なっ。なんですか?父上」
「ん? ここなんだが、なんでこうなるんだ?」
ミシリアは立ち上がり、父の見ている資料を見る。
父はかなりの武官寄りなので実は数字に疎い。最低限はあるのだが突出していない。ここが弱点だったりする。
「いや、こうして、こう」
「ああ。なるほどすまん」
「おう」
大体いつもこんな感じだ。
※ ※ ※ ※ ※
午後には大体父は城へ行く。ミシリアは当然ついていかない。となると家に残ることになるのだが、居場所は午前に続き父の執務室が主になる。
ミシリアは父のかつての冒険者時代の資料を読んでいた。そろそろ家族と本当に殺し合いになる可能性がある以上、ミシリアも冒険者として家を出ることを考えていた。ろくすっぽ剣を握ったこともないし、魔法も勉強したこともないが、なんとかなるだろうとミシリアは考えていた。意外に楽天的なのである。
あくまで、侯爵令嬢として顔がブスなのが問題なだけであり、市井に出て平民の振りをすれば多少ブスでも許される。そうミシリアは思っていた。
読み進めていくと、父がかつて戦った敵の記録へとさしかかる。十数ページにわたり意外に細かに書いてあった。
あの顔でマメなのかよ。完全無欠かよ。
ミシリアは独り言を言いながらどんどん捲っていく。
そして、気になるページで手を止める。
『カエルの悪魔バエル』
なんか絵に親近感あるなと思って、ミシリアは詳細を読み始める。
要約すると、鳥の悪魔ベリアルをギリギリで倒した直後、カエルの悪魔バエルに襲われた。とてつもない回復力で傷付けてもすぐに修復してしまう。ベリアル戦で消耗していたこともあり、神官が最後の手段の極位封印魔法を使い、王都のすぐ近くの祠に封印した、と記されていた。
さらにその能力として、異常な回復力と、呪いを与える力があると記されている。
その呪いは当時の王女に降りかかり、顔立ちをカエルのように醜く変えたと残されていた。王女はそれに耐えきれず、投身自殺した。
自殺っておい。これに割と似てる私は……。そう思いながらミシリアは父が帰ってくるのを待った。
※ ※ ※ ※ ※
「おい、親父様」
「なんだい急に」
夕方に父は帰宅し執務室に戻ってきた。
自分の椅子に座り日報でも書くつもりなのだろう。
ミシリアはすかさずバエルの資料を持っていく。
「一つ聞きたいんだが、オマエ、コレ、ノロイ、モラッテナイヨナ?」
「ん? 呪いを直接受けた覚えはない。まさか攻撃そのものに……?」
父はバエルの記述を見て、思い出すように目を閉じる。
「……腹に一撃貰った記憶がある」
「コロスゾ」
父は急にソワソワしだした。ミシリアの目はどんどん据わっていく。
そしてミシリアは座っている父の肩に手を置く。
「父よ。私の顔を見ろ」
そして父はミシリアの顔を素直に見る。カッコイイ。ミシリアはそんな感想を抱く。いや違う。今はそんなことを考えている場合じゃない。
「そしてこれをみろ」
ミシリアはバエルの絵を父の眼前へ突きつける。
数秒沈黙。
「可能性は?」
「ゼロではないね……」
「コロシニイコウカ」
※ ※ ※ ※ ※
次の日の朝、全ての執務をほっぽって、ミシリアと父は馬車に乗ってアレスの家へ向かっていた。
「ミシリアは来なくても良かったんだよ?」
「いや、一度見てみたい」
「まあどうせ聞かないから止めないけど、馬車の中からだよ」
父がそう言ったところで、アレスの家へ到着する。そこそこの豪邸であった。
昨日の夜のうちに、父は約束を取り付けに行っていた。
出てきたのは、アーグスさんとメシュティさんだ。アレス?あんな奴お呼びではない。
父も含めてかつての冒険者時代の装備のようで、ミシリアは目を輝かせる。ドロドロの宮廷の話より冒険譚を好むミシリアであった。
馬車で1時間ほど進むと例の祠についた。同年代としては小さい方のミシリアは、馬車の中でメシュティに膝の上に乗せられ、よしよしされていた。そして長年の疑問に気づく。こいつカエルが好きなだけではないかと。そんなことを考えていたら一瞬だった。
※ ※ ※ ※ ※
ミシリアは馬車の窓に張り付くようにして外を眺める。
外にはアーグスさんとメシュティさんが戦闘準備万全といった態勢で待っていた。
そして、祠を父が大剣でぶった切る。すごい封印魔法って言っていたけど、それを一撃で吹き飛ばす父はやはり強い。
父が残心をとったあたりで、空が暗くなる。ミシリアはおーーーーと馬車の中で大興奮であったが、外はなかなかの緊張感であった。
そしてカエルの悪魔バエルが降臨する。
ミシリアはそこで一つ知ることになる。
父は絵が上手かった。
全長3mくらいだろうか。そこにはどでかいガマガエルがいた。直後に父はバエルの横を切り抜ける。左の前足に深い傷を負ったバエルはぐぇぇっとカエルのような声を出す。もうほぼカエルだが。
そして父がバエルの横を抜けきった直後にメシュティの炎の球が脳天に直撃する。やったか?
直後にメシュティに向かってバエルの紫色の舌が襲い掛かる。すぐにアーグスがメシュティとの間に入り舌を弾き飛ばして、ついでに剣で舌を薙ぐ。舌は大量の血を吹き出しながら本体へ戻っていった。その直後大きな光がバエルを後方から襲う。
『光龍穿』
父の剣から出た光がバエルの左後方から右前方に向けて大穴を開ける。さすがにやったか?
だが、バエルに空いた穴はすぐに小さくなっていく。
そして20秒もしないうちに傷はなくなり、元の姿になった。
ミシリアはそれを馬車の中で見ていた。それも結構窓に張り付きながら。
そして、目が合う。バエルと。
その直後ミシリアに向かって舌が伸ばされる。
おい、ふざけんな。嘘だろ。おい。ミシリアとバエルの間には誰もおらず、一直線に向かってくる。ミシリアにはそれが、スローモーションのように見えた。あー死ぬかも。ミシリアは最後の抵抗とばかりに、座席の横にあった大きな袋を手に持つ。
馬車を簡単に破壊したバエルの舌はミシリアを絡めとり引き寄せる。
そして、ミシリアは袋の中の物体をバエルの舌にぶっかけた。
「ゲエエエエエェェェェェエ」
絶叫だった。
即座に伸びていた舌をアーグスが切断する。
ミシリアは切断された舌ごと地面へ転がった。
「ミシリアちゃん。大丈夫か?」
「……大丈夫。多分」
バエルの涎でべっちゃべちゃだったが、ミシリアは答える。
そして、バエルに視線を戻す。
ふ~ん。
バエルの口から血が溢れている。
「親父殿。馬車に塩がある。あいつにぶっかけろ」
ミシリアの言葉に父は即座に反応し馬車に向かう。それを止めるようにバエルから血の付いた舌が伸びる。それを即座にメシュティが焼き払う。
両生類は海では生きられない。幼い頃からあらゆる本を読みふけっていたミシリアは、図鑑も当然その中に含まれる。ワンチャン助けになれば、くらいの気持ちでキッチンから盗み持ってきていたのだ。
舌を阻止されたバエルはそこから数分もかからずに処理された。
塩をかけられた箇所は回復しない。文字通り傷口に塩を塗り込む鬼畜の所業であった。
「……ミシリア」
父がこちらを見ていた。
そして、アーグスとメシュティもミシリアを見て茫然としている。
まあそういうことなんだろう。ミシリアは手で顔を触る。不快なブツブツが消えていた。
頬から鼻へと手を動かす。感触が違う。ミシリアは少し戸惑う。
メシュティが再起動して、自分の荷物から手鏡を取り出してミシリアへ向ける。
「誰だこれ?」
銀髪にやや強気な目。通った鼻筋。そのまんま父を少女にしたようだった。
「まあ、ええか」
※ ※ ※ ※ ※
帰り道。馬車を引いていた2頭の馬は無事だったので、ミシリアは父と同じ馬に相乗りし、その前に座る。体中についたバエルの涎を父になすり付けているとやめなさいと怒られた。
そして、アレスの家についた。
「アーグスさん。メシュティさん。ありがとうございました」
「すまん。助かった」
ミシリアと父は感謝を言葉にする。
「いいわよ。私の娘みたいなもんだしね」
「そうだぞ。水臭いこと言うな。仲間だろ?」
イケメンとイケウーマンであった。
「父上、母上。ご無事で何よりです」
そして、ドアからアレスが出てきた。
アレスは自分の父を見て、母を見て、ミレニアムを見て、そしてミシリアを見てフリーズした。
「あら。アレス様ごきげんよう」
「……ミシリア……なのか?」
アレスはギリギリ声を絞り出して問う。
ミシリアの脳は高速で回転し始める。
「はい。ミシリアです。アレス様には助けられましたわ。私が『呪い』だなんて」
「あん?」
アーグスはミシリアの言葉を聞き、自分の息子を見る。
メシュティは言葉の意味がわからなかったようだ。
父も頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「あれで気づきました。本当に『呪い』だったみたいです」
ミシリアは少し悪い顔をする。
「ただ、『死んでほしい』はいささか言い過ぎでは?」
「「……え?」」
アーグスとメシュティの声が同期する。
「あ、いや……その」
アレスは必死に誤魔化そうとする。
アレスを睨むミシリアの顔を見て、アーグスは即座にアレスへ拳を叩きつけた。
メシュティは吹き飛んだ息子を見て極寒の目をしている。
ミシリアは父の顔が怖くて見られなかった。
アレスは一撃で気絶したのかピクリとも動かなくなった。
アーグスとメシュティはこれまで見たことのないような厳しい顔でミシリアに向き直る。
「本当にすまなかった」
「ごめんなさい」
長々と頭を下げ続ける二人にミシリアは声をかける。
「大丈夫ですよ。もう別に気にしてないので」
ミシリアは気絶したアレスを見る。
アホだな。それくらいしか感想が浮かばなかった。
「……婚約は破棄させてもらう」
父は絞り出すように二人へ言った。
「当然だ。こんなバカにはミシリアちゃんはもったいない」
「ミレニアムもごめんなさい。私達の教育不足よ」
手綱を握る父の手が震えていた。
私から言わせればお前も悪いからな。ミシリアはそう思った。
「まあ、親父殿の目も節穴だっただけだわな」
ミシリアはそう言って笑った。
「ミシリア」
「過ぎたことはしょうがない。これからでしょ?」
「すまない」
ミシリアは父の太ももを2回叩いた。
※ ※ ※ ※ ※
家に着いたのはお昼過ぎだった。
涎だらけだったので早くお風呂に入りたいミシリアは、出迎える父付きのメイドを無視して風呂場へ直行する。そこで改めて鏡を見る。
確かに綺麗になった。ほぼ父を美少女化したようだった。少し目つきがきついのがチャームポイントかなとか思いながら体を洗った。
服を部屋着に着替えたミシリアは、廊下から母と姉が庭でお茶会をしているのを見る。
少し考えたミシリアはゆっくりとそちらへ向かう。悪い顔で。
姉付きのメイドが水差しを持って庭に向かっていた。お茶会終わりの水だろうか。
母と姉はミシリアには気づいていないようだ。あとはメイドにばれないように気配を殺す。
そして、近づいたところでミシリアはメイドの足の前に自分の足を割り込ませた。
ばっしゃーん。
驚いた表情で、母と姉はメイドとミシリアを見る。そして硬直する。
ミシリアは転んだメイドと同じ顔の高さになるように膝を曲げて座る。そして目を合わせる。
「冷たかったなあ。そういえば」
ミシリアの声はどこか気が抜けているようで、低く冷たかった。
姉と母そしてメイド。三人ともの肌が粟立つ。
立ち上がったミシリアは母と姉を見る。
父譲りの鋭い目は健在だった。
そして、ミシリアは途中で確保したタオルを母と姉の頭に被せた。
「まあ、これで許しますよ」
ミシリアは踵を返す。
――さて。
本の続きでも読もうかな。
お読みいただきありがとうございました。面白かったと思っていただけましたら、評価していただけると嬉しいです。
同シリーズの新作投稿しました。よろしければ見てやってください。
超絶美人な侯爵令嬢ですが、どうやら口が悪いようです
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