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第十五章:「なんで危険なことばかりするの」と公園で涙するママへ 」

「ちがう! これ、まっすぐいかない! 裕太、お空まで飛びたいのぉぉぉ!!」


木曜日の午後三時半。近所の児童公園のブランコ前で、裕太の鼓膜を引き裂くような叫び声が響き渡った。


この日、真依は支援センターの帰りに、裕太が「公園に行く」と言い張ったため、久しぶりにいつもの公園へと足を運んでいた。


裕太はお気に入りのブランコに飛び乗り、真依に「押して!」と要求した。


真依はいつものように、安全な高さまで優しく、一定のテンポで背中を押した。


しかしそれが、ASDの「固有感覚・前庭感覚の不満足(強い揺れの希求)」と、ADHDの「脳の覚醒水準の低下(過激な刺激による自己覚醒)」の暴走を引き起こしてしまった。


裕太にとって、真依の優しい押し方は「全く動いていない」のと同じだった。もっと激しく、脳が揺れるほどの強い刺激を求めて、裕太はブランコの鎖を激しく揺らし、立ち上がろうと暴れ出した。


勢い余ってブランコから硬い地面へ転げ落ち、膝をすりむいてもなお、痛がるどころか狂ったように地面を叩いて絶叫している。


「裕太、危ないでしょ! これ以上高くしたら落っこちちゃう! なんでママの言うことが聞けないの!」


真依は泥だらけになった裕太の体を抱き起こそうとしたが、裕太は体をバネのように硬直させ、真依の顎を小さな頭で激しく突き上げた。


ガツンと鈍い衝撃が走り、真依は口の中に鉄の味を感じた。


ベンチに座って我が子を遊ばせていた他の母親たちが、一斉にヒソヒソと囁き合いながら、子供の手を引いて距離を置く。


「乱暴な子ね」


「親がちゃんと手を握ってないから……」


そんな無言の刃が、真依のボロボロの心に容赦なく突き刺さる。


(どうして……。ただ、普通にブランコで楽しく遊ばせてあげたいだけなのに。なんで怪我をする危険なことばかりしたがるの? 私の育て方がぬるいから? 世間のママたちは、ベンチで優雅におしゃべりしながら、子供が安全に遊ぶのを見守っているのに。どうして私は、いつも泥と血にまみれて、まるで虐待でもしているかのような目で見られなきゃいけないのよ……!)


どれだけ周囲に気を配り、怪我をしないよう先回りして守ろうとしても、裕太は自ら危険な闇へと飛び込んでいく。


母親としての自分の「無力さ」と、誰かに「あなたは悪くない、本当によくやってる」と頭を撫でてほしい激しい承認欲求が、情けなさと悔しさの涙となって溢れ出た。


そこへ、ネクタイを緩め、手に「作戦ノート」をしっかりと握りしめた高野が、息を切らせて公園の入り口から走ってきた。


仕事の合間に、真依からのGPS通知を察知して駆けつけたのだ。


高野は裕太の泥だらけの膝と、ブランコの揺れ幅を鋭く凝視し、脳内のシステムログを高速で立ち上げた。


「真依、自分を責めるのは論理的エラーだ! 状況のシステムバグを僕が解説する。これは前庭感覚の『低反応アンダーレジスターバグ』と、自己刺激による『脳内覚醒コントロールのエラー』だよ」


高野は真依の前に滑り込み、彼女の口元の怪我を心配そうに見つめながらも、震える声でロジカルに語りかけた。


「高野くん……裕太、危ないのに、なんでこんなに痛がらずに暴れるの……?」


「裕太の脳にとって、僕たちが『激しい揺れ』と感じる刺激は、わずかな『微風』程度にしか処理されていないんだ。

ASDの特性として、彼は自分の体が空間のどこにあるかを感じる『固有感覚』や、揺れを感じる『前庭感覚』のセンサーが極端に鈍麻どんましている。だから、脳の覚醒レベルを保つために、普通の子供なら恐怖を感じるほどの『過激な揺れや衝撃』を本能的に欲求センサリー・シーカーしてしまうんだ。痛覚の閾値も上がっているから、擦り傷の痛みよりも、脳が覚醒しない退屈の恐怖のほうが勝っている。……僕も子供の頃、ジャングルジムのてっぺんから何度も飛び降りては骨折を繰り返し、周囲には『痛みの分からない不気味な命知らず』と気味悪がられた。誰も僕の脳が『もっと刺激をくれないと、世界が消えてしまう』と悲鳴を上げていたことに気づいてくれなかった。あの底なしの孤独を、僕は今でも覚えているんだ……!」


高野は自らの血の滲むようなトラウマを吐露し、我が子の脳の飢えを我がことのように感じて歯を食いしばった。彼の心の声は、父親としての強い誓いで満ちていた。


(わかる、わかるよ裕太。お前は乱暴をしたいんじゃない。脳が眠りそうになるのを防ぐために、必死で世界を揺さぶっているんだね。僕が、お前の脳を安全に満たす『刺激の充電器』を用意してあげなきゃいけないのに……!)


しかし、理屈は分かっても、今すぐブランコを危険な高さまで漕ぎたがる裕太をどう安全に着地させればいいのか、高野の論理回路もまた過負荷で立ち往生しかけていた。


その時、頭上からバサッと、大きな「レジャーシート」が降ってきた。


「はいはいはい! 公園のサーカス小屋で、可愛い子熊の空中ブランコ乗りが大暴走ねえ!」


買い物帰りの美佐子が、あはははと笑いながら現れた。


美佐子は周囲の冷ややかな目など突風で吹き飛ばすかのように、広げたレジャーシートを地面に敷くと、その上にコロンと仰向けに寝転がった。


「ちょっと、美佐子さん!? 公園の地面で何を――」


「ブランコを高く漕ぐから怖いのよ! 地面の上で、安全に『脳みそをシェイク』してあげればいいじゃない!」


美佐子はお腹を抱えて笑うと、裕太をレジャーシートの上に優しく引っ張り込み、自分の膝の上に裕太の頭を乗せて仰向けに寝かせた。


そして、裕太の両手をしっかり握ると、自分の体を左右に「ゴロゴロゴロ!」と激しくローリングさせ始めたのだ。


美佐子のダイナミックな動きに合わせて、裕太の体と視界が安全な地面の上で激しく回転する。


すると、どうだろう。


さっきまでブランコを求めて泣き叫んでいた裕太が、ピクッと身体を震わせ、次の瞬間には「キャハハハ!」と、お腹の底から響くような大爆笑を上げ始めたのだ。


「え……!? 嘘、あんなにブランコって怒ってたのに、地面で笑ってる……!」


真依は目を見張り、涙の溜まった両手で顔を覆った。


「あははは! 大成功! お気楽美佐子ばあちゃんの子育てメソッドその十三!『感覚の飢餓で暴れる時は、高所の危険な刺激ではなく、低所の安全なローリング(圧迫と回転)で脳のセンサーを満たせ』!」


美佐子は裕太をレジャーシートでミノムシのようにギュッと包み込み、上から適度な圧力で「ギューッ、ギューッ」とハグをした。


裕太の脳内で、求めていた前庭感覚(回転)と固有感覚(強い圧迫)が同時に100%の満タンに充電され、ADHDの過覚醒が心地よいリラックスへと切り替わったのだ。


裕太はシートの中でトロンとした目になり、真依の膝にコトッと頭を預けた。


「この子たちはね、脳みそのバッテリーが切れかかると、危険な刺激で無理やり充電しようとするの。だから『危ないから静かにしなさい』って止めても、脳みそが干からびちゃうから絶対に無理。だったら、地面の上でゴロゴロ転がしたり、お布団でギュッと包んで強い圧力をあげたりして、安全な方法で脳みそに『刺激のエネルギー』をドバドバと注ぎ込んであげればいいのよ!」


高野は作戦ノートに、凄まじい熱量でペンを走らせ、魂の底から感嘆していた。


固有感覚的圧迫ディープ・プレッシャーと前庭感覚刺激のセーフティ代替法……! 危険行動を禁止するのではなく、同じ感覚運動入力を『低リスクな代替行動』に変換して脳を充足させたのか。母さんのこの知恵は、まさに作業療法(OT)における感覚統合療法の王道だ……!)


真依は、美佐子の鮮やかな手法と、高野のロジカルな解析を、頭の中で必死に復習した。


すり減ってボロボロだった彼女の心に、また一つ、裕太の体を安全に守りながら満たしてあげるための確かな知恵が満ちていく。真依は涙を笑顔で拭い、美佐子を見つめて言った。


「……分かりました! 公園や家の中で、怪我をするような危険な暴れ方をする時は、『落ち着きなさい!』って抑え込むんじゃなくて、裕太の脳が『刺激に飢えている』ことを理解して、レジャーシートやお布団を使って安全に転がしたり、ギューッと強く抱きしめて『固有感覚を満たしてあげる』工夫をすればいいんですね。声掛けも、『危ないからダメ!』じゃなくて……『一緒に地面をゴロゴロ大冒険しよう!』って、安全な遊びにすり替えてあげる……。美佐子さん、これで合ってますよね!?」


「五千万点満点! 真依さん、もう我が家のチーフ・アトラクション監督ね!」


美佐子は真依の背中をガシッと叩いて豪快に笑った。


世間の「静かで大人しい手のかからない子」という枠組みなんて、もう今の真依にはどうでもよかった。


目の前の我が子が、安全な世界の中で脳を満たされ、心からの笑顔を見せていること。


それを作れる自分たちチームの絆こそが、何よりの誇りだった。


「さあ、感覚飢餓のバグはこれにて完全チャージ完了! 純一、真依さん、裕太をおんぶして、今夜はみんなでお家で『ゴロゴロ特製ハンバーグパーティー』の始まりだよ!」


美佐子の明るい号令に、レジャーシートから顔を出した裕太が「はんばーぐ、ごロゴロ!」と嬉しそうに飛び跳ねた。


高野と真依は、夕暮れの公園の真ん中でしっかりと手を繋ぎ合い、凸凹な未来を三人四脚でどこまでも楽しんでいく強い信頼を込めて、深く、深く頷き合うのだった。



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