間話:コインランドリーの残り火(影からの訪問者)
走り出そうとした真理の足が、不自然な威圧感に凍りついた。
店の自動ドアが、誰もいないのに開く。
吹き込んできたのは、夜の冷気だけではない。かつてスマートブレイン社の最上階で感じたような、吐き気のするほど濃密な「死」の気配だ。
「……誰?」
真理が振り返る。
店内に立っていたのは、場違いなほど高級なコートを羽織り、手に一輪の青いバラを持った男だった。
「お久しぶりですね、園田真理さん。……いや、今はラッキークローバーの生き残り、と言った方がいいのかな」
男が街灯の光に照らされる。
そこには、かつて木場勇治と共に歩み、そして袂を分かった男――村上峡児の、あるいは彼と酷似した顔を持つ「何か」が微笑んでいた。
「村上……!? なんで……あなたは、巧と雅人が倒したはずじゃ……!」
「私は私であって、私ではない。……今のスマートブレインが進めている『救済計画』には、少しばかり異論がありましてね」
男は青いバラをカウンターに置く。その花びらは、触れたそばから灰のように崩れ、砂となって消えていった。
「海堂直也。彼が今、面白いものを拾った。……あれは『王の器』などという生易しいものではない。あれは、オルフェノクという種そのものを書き換えるための、毒入りの林檎だ」
「何を言ってるの……?」
「彼に伝えてください。――10秒の加速では足りない。もし生き残りたければ、かつて乾巧が手にした『王の力』……その残滓を受け入れろ、と」
男の姿が、陽炎のように揺らめく。
「急いだ方がいい。偽物のカイザは、オリジナルのように甘くはない」
最後に残されたのは、不気味な笑い声と、カウンターに残された古いメモ。
そこには、海堂たちが今戦っている廃バスの座標と、一つのパスコードが記されていた。
『000』――。
「海堂……!」
真理はメモを掴み、今度こそ夜の闇へと駆け出した。
後ろで啓太郎の親戚の少年が「真理さん、危ない!」と叫ぶ声がしたが、今の彼女には届かなかった。




