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第一話:灰色の指先、あるいは不協和音の始まり


「夢を持つっていうのは、時として呪いと同じだ。……なあ、そう思わないか、木場」

 返事はない。わかっている。

 返ってくるのは、夜風に吹かれた洗濯物が、バサバサと音を立てる寂しい乾いた音だけだ。

 場所は『西洋洗濯舗 菊池』の軒先。

 俺――海堂直也は、特等席である木のベンチに腰掛け、抱えたギターの弦を弾く。

 かつて世界に絶賛されたはずのその音色は、今の俺の心と同じように、どこか調子外れで不協和音を奏でていた。

 ふと、右手に違和感を覚える。

 かつて一流の音楽家としての将来を絶たれた時と同じ、あの忌々しい震えだ。

 だが、今の震えはそれよりもずっとタチが悪い。

 袖から覗く指先から、パラパラと、白灰色の砂がこぼれ落ちた。

「……けっ、お迎えが来るにしても、もうちょっとマシな演出はねえのかよ」

 俺は自嘲気味に笑い、砂を夜の闇へと振り払った。

 アイツ――乾巧がいなくなってから、数年が経った。

 世界は相変わらずだ。人間は人間らしく争い、俺たちオルフェノクは、ただ静かに絶滅へと向かっている。

 店の中から、聞き慣れた声が飛んできた。

「ちょっと海堂! またそうやってサボって! ほら、このアイロン掛け、手伝ってって言ったでしょ!」

 真理だ。相変わらず気の強い女だぜ。

 だが、その声が、今の俺をこの世界に繋ぎ止めている唯一のくさびだってことは、口が裂けても言わない。

「わーってるよ。今、世紀の名曲が浮かびそうなんだよ、邪魔すんなって」

「それ、三年前から言ってるわよ」

 ため息まじりの真理の声を背中に受けながら、俺はわざとらしく大きなあくびをして、夜の街へと歩き出した。

 夕食の買い出しという名の、ただの散歩だ。

 ったく、アイツは勝手にいなくなるし、アイツ(草加)は死んでまで嫌味な顔がチラつく。

 俺だけだぜ。こんな薄汚れた世界で、食いたくもねえスパゲッティを食い続けてんのは……。

 そんなことを毒づきながら、街外れの公園の近くを通りかかった時だった。

「――っ! 助けて、誰か……!」

 悲鳴。それも、まだ若い少年の声だ。

 面倒事はごめんだ。俺はヒーローじゃない。巧みたいなお人好しでも、草加みたいな正義の味方の皮を被った化け物でもないんだ。

 ……そう自分に言い聞かせながらも、俺の足は声のする方へと向かっていた。

 公園の影、街灯の届かない暗がりで、一人の少年が地面を這っていた。

 その顔は恐怖に歪み、肌は――灰色に変色し始めている。

「……はは、笑えねえ。新入りかよ」

 少年の背後から、無機質な足音が近づいてくる。

 それは怪物オルフェノクではなかった。

 銀色に輝く装甲、冷徹に光る赤い眼。かつて嫌というほど見た、あの『ライダー』に似た姿。

「ターゲット確認。オルフェノク因子を検知――駆逐を開始します」

 合成音声のような冷たい声が響き、機械の兵士が武器を構える。

「……おいおい」

 俺は少年の前に、ゆっくりと立ちふさがった。

 ポケットから出した右手は、まだ震えている。

 だが、指先に力を込めると、皮膚が剥がれ落ち、内側から『怪物』の力が溢れ出してきた。

「悪いな、機械人形。そのガキは俺の『曲』を聴く、唯一の観客になる予定なんだわ」

 俺の体は、蛇の意匠を纏った灰色の姿へと変貌する。

 心臓の鼓動が激しく打ち鳴らされる。それは、死へと向かう秒読みの音か、それとも――。

「海堂直也……行くぜ」

 俺は、最悪の不協和音を奏でるために、一歩踏み出した。

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