第六話:雨の日の迷い子
激闘から数日。
海堂は、菊池クリーニング店の二階で、全身に包帯を巻かれたまま死んだように眠っていた。新フォーム『零』の負荷は、想像以上に彼のバイパスを焼き切っていた。
一階では、真理がハルに温かいスープを出し、少しでも彼を安心させようと努めている。
外は、あの日と同じ、激しい土砂降りの雨だった。
「……誰?」
ハルが、店のガラス戸の向こうを見つめて呟いた。
雨の中、一人の男が立ち尽くしていた。
泥だらけのトレンチコート。ボサボサの髪。
男は力なくふらつき、まるで何かに導かれるように、店のドアをゆっくりと開けた。
「……すまない。ここは……」
聞き覚えのある、少しぶっきらぼうで、けれどどこか優しい声。
真理の手から、スープの入った皿が滑り落ち、床で高い音を立てて割れた。
「……え……嘘……。そんな、はず……」
真理の瞳が大きく見開かれる。
そこに立っていたのは、数年前、確かに砂となって風に消えたはずの男。
園田真理が、そして海堂直也が、一生忘れるはずのない――乾巧の顔をした男だった。
だが、その瞳に以前のような鋭い光はない。
ただ、深い霧の中を彷徨っているような、空虚な色を湛えている。
「あ、あんた……巧……なの……?」
真理が震える声で呼びかけるが、男は困ったように眉を下げた。
「タクミ……? それが、俺の名前か。……分からない。気づいたら、雨の中にいたんだ。自分が誰で、どこから来たのか……何も思い出せないんだ」
男はそのまま、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
階下の異変と、あまりにも「近すぎる」気配に、二階で眠っていた海堂が跳ね起きる。
痛みを堪え、階段を転げ落ちるように降りてきた海堂は、床に倒れた男の顔を見て、息を呑んだ。
「……巧……。てめえ、なんで……生きてやがる」
海堂の震える右手から、また砂がこぼれる。
再会。それは祝福ではなく、さらなる巨大な悲劇の幕開けに過ぎなかった。
九条暦が言っていた『完璧な部品』。
もし、この男さえもがスマートブレインの「調律」を受けた存在だとしたら――。




