第五話:方舟の調律師
降りしきる雨の中、スマートブレイン本社の最上階は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
かつて村上峡児が座っていたデスクには、今、一人の女が座っている。
九条暦。彼女は空中へと投影されたホログラムを、細い指先で軽やかに操作していた。
「……擬似ライダー・カイザ、ロスト。海堂直也によるコード『000』の起動を確認。……イレギュラーですね」
彼女の瞳には、感情の揺らぎが一切ない。
背後の闇から、一人の大柄な男が足音もなく現れた。その男の首筋には、スマートブレインの刻印と共に、不気味なほど鮮やかな青い血管が浮き出ている。
「九条。海堂とかいう裏切り者のヘビ、俺が今すぐ噛み殺してきてもいいんだぜ?」
男の声は、野獣のような凶暴さを孕んでいた。
「いいえ、レオ。今はまだその時ではありません。彼が纏った『000』のギアは、言わば毒を以て毒を制する劇薬。彼の肉体が砂に還るのが先か、データが完成するのが先か……興味深い観察対象です」
九条はホログラムを閉じ、冷たい笑みを浮かべた。
「それよりも、ハル――被検体第4号の回収を急いで。彼は、私たちが造り出す『新世界の方舟』のメインプログラムなのですから」
彼女が手元の端末をタップすると、画面には「西洋洗濯舗 菊池」の周辺地図と、そこに向かう複数の光点が映し出された。
「オルフェノクに心など不要。……彼らには、ただ『完璧な歯車』として永遠に生き続ける権利を与えてあげましょう」




