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84話 アベルが本気で怒ったのは久しぶりな気がします

「アベル……」

 突然現れたアベルの、深く眉間にシワを寄せられた怪訝そうな顔にオレは言葉を失って、名前をポツリと溢すことしか出来なかった。

 こんな表情は、この間喧嘩したときにすら見せなかったのに。

「別に喧嘩するなとか感情をぶつけるなとか、そういうことを言いたいわけじゃないんだけどさ、せめてもう少し時と場所を考えたほうがいいと思うよ」

「だって……」

「それに、アベルもだけどユーリもだ」

「っ……」

 反論しようとするユーリにもアベルはオレに対するそれと変わらずに糾弾するように名前を上げた。

 アベルがユーリに腹立たしげな口を聞く、これは珍しいを通り抜けて初めての事だと思う。

「アベルもそうだけどユーリ、君もハイネのこと、自分が一番大切に思ってて考えてるって、思ってるよね、だからセリムの行動が許せない」

「そ、れは……」

 アベルの台詞にユーリは言い淀む。

 多分全てじゃないにしろどこか思い当たる節があったのだろう。

「二人ともその考え方は早々に止めたほうがいいよ、私やシグナ、ララさんやアニ……それだけじゃない、今ハイネを心配している皆にあまりにも失礼だ、それはさ……信じてないとかそういう以前に皆に対する侮辱だよ」

「っ……」

 アベルの言葉に小さく喉が鳴る。

 自分の気持ちを大きく考え過ぎた時、それは他の奴らの気持ちを小さく見ていることになる、そんな簡単なことにもオレは今、気付けていなかったのか。

「……まぁ、だからこそ動きたくなる気持ちは痛い程に分かる、でも相手は日付を指定してきているのにそれを無視したら余計に相手を刺激することになる、それが良いことではないことぐらい今の君でも少し考えれば分かるよね」

「……そ、れは、ああ、そうだな」

 そして、次の言葉も覚めた頭で考えれば全てアベルの言うとおりで、オレは壁に背中を預けると深く頷く。

「じゃあ、どれだけ心配でも待つしかない、今回は即興劇が得意な君のお姫様がいないんだから、しっかり入念に満を持して事を進めるべきだろう?」

「…………ああ」

 これも、その通りだ。

 なんかよく分かんない知識と力で何でもどんな時でもどうにかしてしまうヤツがいつもは近くにいるから、自分まで特別になったような気がしてしまうけど、それは違う。

 オレはハイネでもなければユーリでもない、アベルみたいに地位も高くないし、この中で一番何も持たない。

 だから、焦ってしまう自分がいつも色々と邪魔をする。

「大丈夫だよ、彼女はそんな簡単に死んだり折れる人じゃない、それをよく知ってるのは二人のほうだろう」

 そして、オレ達が落ち着いたのを見て取るとさっきまでの表情をパッと一転させてアベルはいつもの笑顔でオレ達に笑いかける。

「そう、だね……」

「……そうだな」

 オレとユーリはまだ少しだけ気まずいけど、顔を見合わせて頷きあう。

 あのハイネと長年やりあっているだけあってアベルもやっぱり侮れない、そう感じたのは今回で二回目だ。

 こうして夜の騒動は静かに鎮火していった。

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