82話 心身的な疲労は蓄積していきます
「今日も美味しい食事だったね、それじゃあまた明日も同じ時間に」
あの日と同じ卓で食事を終えたイルはそれだけ言い残すとすぐに席を立って消えていった。
「お前はこっちだ」
「……分かってるから触らないで」
私の食事はまだ半分以上皿に残っている、でもそんなことも気にせずに男に掴まれた腕を振り払うと席から立ち上がる。
誘拐されて目を覚ましてから既にそれなりの時間が経とうとしていた。
部屋に窓はないし時計とカレンダーも置いていないから時間の感覚は狂ってくるけど必ず夕食はイルと取らせられるからまだギリギリのところで日数の感覚は狂ってはいなかった。
ただ夕食の度にイルの毒を孕んだ言葉や残してきた友人の話を一方的に浴びせかけられるのは流石に疲労が溜まる一方だけど多分それもイルの計画のうちで、あれだけ啖呵を切っておいてその手中にハマっていることが不覚だった。
「そういえば、指輪とペンダントは捨てられちゃったのかな……」
部屋に戻された私はあの日起きた時から寂しくなってしまった小指と首もとに触れて呟く。
あの桃色のストーンのあしらわれたピンキーリングとサントライトのペンダントはユーリとセリムに貰った大切な宝物だ、貰ってから肌身離さず持っていたのに誘拐されて目が覚めたときには既に付けていなかった。
もし、捨てられてしまっていたのなら、そう思うと心に暗雲が立ち込める。
これもイルの策略なら私並みに性格が悪いし屈辱だけどその作戦はとても私に刺さっていた。
「……」
私はすることもなくてそのままベットに寝転がる。
日数の感覚は狂わなくても私自身が誘拐されてから何日後に目が覚めたのかを知らないから外では今が何月なのか、そこまでは分からない。
みんなが必ず助けに来てくれる、そう確信はしていても日数が経っていけば少しずつ、本当に少しずつだけど心身共に疲労は蓄積していくもので、自分にも似合わず最近はマイナス的な思考に陥ることもあるのが事実だった。
「おや、お疲れの様子だったかな?」
「……何のよう?」
ベットで少しでも気持ちを回復させようと目を瞑っていればすっかり聞きなれてしまった不快な声に目蓋を持ち上げる。
わざわざベットから起き上がってやる気は一切ないけど。
「いやぁうっかりしててね、君に伝え忘れたことがあったんだよ、君の処刑日が決まった」
「……」
ベットのすぐ側に立っていたイルは笑顔でそう告げる。
処刑、という言葉に嫌でも少しだけぴくりと眉根が反応してしまう。
「今日からちょうど7日後の夜、盛大に執り行うから、楽しみにしておいて、それじゃあ今度こそまた明日」
そしてイルはそれだけ言うとそのまま部屋を後にした。
私は大きくため息を吐くとベットから起き上がる。
多分、もう寝れないし。
「……どうせわざとの癖に」
アイツのことだからわざと一度泳がしておいて今伝えに来たのは目に見て明白だった。
誘拐イベント自体が物語に沿っているとはいえ内容は全く違うものになっているのも事実で、私は独りごちると寂しくなった小指と首にもう一度、触れた。




