60話 違うところでも一悶着起きていたようですね
「セリムは今日もご飯も食べずに鍛練してるの?」
オレが独り寮の外で素振りをしていれば珍しい声がそれを遮った。
「……ユーリか、珍しいなお前がオレのとこ来るの」
素振りを止めたオレは声のするほうに向き直す。
ユーリとはあの一件以来付かず離れずの関係が続いている、仲が悪くなったわけでもなく、特段仲がよくなったわけでもない。
ただ前よりは話したりするようになって、考えてることが少しだけ分かるようになったくらいの変化。
周りからはたまに仲悪くなったって言われることもあるけど。
「そりゃ来るよ、私だってみんなが好きだから」
「あっそ……で、何のよう?」
いつものほんわかした笑顔でそんな緊張感のない台詞を吐き出すから少し緊張したオレのほうがバカみたいで、オレはつっけんどんに言葉で突き放す。
「アベルがあそこまで怒ってるのって、珍しいよね、初めて見たかも」
「それは、そうだな」
アベルとはあの夜話をしてからちゃんと会話らしい会話をしたことはない。
こっちからも話しかけないしあっちからも関わろうとはしてこない。
多分、こんなことはこの数年間で初めてのことだ。
「で、実は私も少しだけ怒ってます、何ででしょうか?」
「……ハイネと距離を置いてるからか?」
笑顔で少し驚くような事実と共に問いかけてくるユーリにオレは思い付く理由を何とか答える。
まさかユーリが怒っているとは考えたこともなかったし、ユーリが怒るなんてアベル以上に珍しいことだ。
「うーん、ちょっと違うかな」
「じゃあなんだよ」
だけどオレの答えは正解ではなかったようでユーリは優しく横に首を振る。
それ以外にオレがユーリを怒らせた原因なんて想像もつかないから、もどかしくなって聞き返す。
「オレが貰ってもいい? ってあんなかっこよく啖呵を切ったわりにすぐに身を引くんだなって」
「……色々あんだよオレにも」
一学期の終わり、そんな大切な時期に言ったオレの言葉を復唱されて眉間にシワを寄せながら吐き捨てる。
あれはユーリを焚き付けるための台詞で、あの時から既にオレがユーリに勝てるなんて思っちゃいなかった。
最近は特に、そう思う。
「じゃあ私がこれからハイネともっと仲良くなっても笑って見守っててくれるってこと? ハイネの騎士として、一番近くで」
「……ユーリのわりには嫌な言い方するんだな、ま、それが一番幸せな未来だろ、っていうかお前のハイネに対する好きはそういう好きなのか?」
ユーリの言葉にまたピクリと眉ねが反応する。
普段だったらこんな言い方をする奴じゃないから余計に癪に障るし、いまだにユーリからハイネにたいする気持ちの深意を聞いたことなんてないのに、今だってそこには触れなかった、多分確定であえてだ。
「それは今のセリムには教えてあげない」
「んだよそれ、で、散々嫌み言ってくれてさ、何が目的? オレはせっかく身を引いてやったのに」
だけどユーリはオレの質問に答えることを完全に拒否してみせる。
もしそういう意味でユーリがハイネを好きなら邪魔者は少ないほうが良いに決まってるのに何でわざとこんなことを言ってくるのかがどうしたって理解できない。
「……あの日セリムは私に発破をかけようとしてくれたから、そのお返し」
「……は?」
ユーリが少し考えてから放った言葉にオレは面食らう。
「ハイネは自分に好意を向けられて、それを実らせてあげられなかったからってそんな理由で関係を簡単に切る人だと思ってる?」
「んなこと思うわけねぇだろ……」
ユーリに聞かれたことは当たり前でノーと答えられる問題だった。
実際に自分に告ってきた相手とも次の日には普通に話しているのを目にしたことがある。
面の皮が厚いのか、そこまで考えてないだけなのか知らないけど、相手を少し不憫に思ったことすらあるくらいだ。
「じゃあ逆に、勝手にそっぽ向いて自分の気持ちを蔑ろにして消えてった人が強くなって戻ってきて、これからはあなたの幸せを願って守りますって言って、そんな簡単に和解して、これからもよろしくってなる人だと思ってるの?」
「……っ」
オレは的確に指摘されたそれに息を飲んだ。
これも簡単に答えられる、それは、否だ。
あいつは意外ではないが根に持つタイプだし、自分にたいする評価とか自分の気持ちは疎かにするくせに周りのそれは許さない人間だ。
そして意外と敏いところがある、だからもし、オレが自分の気持ちに蓋をしてそんなことをしたと知ったら今までの比ではないくらいに怒る未来が簡単に脳内に浮かんだ。
「ハイネ……あの子はいつも自分よりも私を優先するけど、それは相手が私だから、ってだけじゃないよ、相手が私じゃなくてアベルでも、シグナでも、セリムでも、絶対に同じことをする、そういう優しい人だから」
「……」
オレは淡々と語り続けるユーリに何も言い返すことが出来ない、それでもユーリはただ続ける。
「だから逆に自分のことや周りのことを省みない人には容赦ない、そういう人だと私は思ってたけど、幼馴染みで一番近くにいるあなたはそうは思わないんだ」
「……ユーリ、お前はさ、結果何がしたいわけ?」
これはオレの負け、早々にそれを悟ったオレは頭をかきながら一番気になっている部分に触れた。
「さっきも言った通り、あの時のお返しがしたいだけだよ、でも……次はこんなことしない、私はライバルに塩を贈るような趣味はないもの」
「……お前、少しだけアベルに似てきたな、それからハイネにも」
そんなことを言いながらふわふわと笑うユーリにアベルとハイネが重なって、オレは久しぶりに少しだけ笑った。
「それはそうだよ、だってずっと一緒にいるんだもん」
「……お前が自分で選んだ道だ、これがどう転がっても、その後に文句言うのは無しだからな」
オレはそんなユーリにそれだけ言うと早々に剣を片付けて自分の部屋に足を向ける。
「うん、頑張って!」
ライバルだって自分で言った癖にエールを贈るユーリには呆れたけど、これからのことを考えればそんなことをわざわざ教えてやる暇はオレにはなかった。
アベルには、明日にでもちゃんと謝ろう、そう決意するとその後は簡単で、どうやってハイネに話を切り出すのかを頭のなかで整理し始めた。




