59話 私に勇気をくれたのは意外な人でした
「じゃあ運んだそれ机に並べてもらえる?」
目的の教室まで移動するとアニは私に全ての紙面を押し付けて適当な椅子に座る。
「ねぇあなた、どういうつもり?」
私は文句を言う気も失せて言われるがままに紙面を机に並べながら聞き返す。
「どういうつもりも何も授業の準備だって言ったじゃん、もう忘れたの? 流石にボケるにはまだ早い――」
「授業の準備手伝いだって言ってあの場から私を連れ出したことについて言ってるのよ」
アニは頭の良いキャラだ、私の言っていることが理解できない筈がない。
わざととぼけている事を責めるように私は語気を強める。
「……なーんだバレてたんだ、やっぱり君人生何周目なんだか」
そうすればいとも簡単にアニは本性を現した。
ゲームの中でもこうしてユーリを誘い出すことがあったから、声をかけられた時点でそれが嘘だということには気付いていた。
アニがわざと教師に用事を言いつかって呼び出す口実にしたことに、なんで私相手にやったのかは分からないけど。
「なんでも良いけど、用がないならとっとと片付けて私は帰るわよ」
私は一度配る手を止めるとアニに詰める。
そうじゃなくても最近何かと気分が悪いのにアニのお遊びに付き合っている場合ではない。
「ちゃんと用事はあるって、君と君の騎士のことについて」
「……またそれね、みんな何でそんなに首を突っ込みたがるのかしら」
何度目か分からないその話に私は呆れる。
最初はアベル、次にユーリ、それからシグナにも同じ話をされている。
そしてその度にアベルの時のようになあなあにしている。
あのユーリに聞かれた時でさえだ。
セリムとのそれはそれだけナイーブな話ということ。
「それ本気で言ってはないよね、本気で言ってるなら変なところだけ鈍いというか」
そして流石というかなんと言うか、頭の回るアニに適当な台詞は通用せず逆に嫌みが返ってくる始末。
「……そもそもあなた三年生でしょ? 何で一年生の事情知ってるのよ」
「ボクは何でも知ってるよー、ファンの子達が教えてくれるから」
「あっそ」
何とか適当に話題を反らそうとしても上手くいかず返事はそっけなくなる。
そういえばそうだった、この人作中屈指の情報通だった。
多分私と同じクラスのファンクラブの誰かがアニに話したんだと思う、色々あることないこと。
「そんなファンの子達ともまぁ、あと数ヵ月でお別れなんだけどね」
「……」
アニの言葉でふと、思い出して黙り込む。
そうだ、アルミア祭が終わって二学期も後半に突入した。
もうすぐ三年生のアニは卒業して、セリムは退学して戦場へ行くかもしれない。
「ボクは女の子達への挨拶回りは済ませたよ、当日とかその近辺は何かと忙しくなるから今のうちに」
「……そう」
アニがわざわざファンクラブの子達に挨拶回りするのはゲームの中の情報と合わせて考えると意外な行動だった。
ゲームの中ではファンクラブの子達なんてただの有象無象、それくらいの扱いだった筈だけど、彼もどこかで何か気持ちの変化があったのだろうか。
「これでも意外と君にも感謝してるんだよ」
「……なんで?」
机にあざとく頬杖をついて信じられないことを口にするアニに私は率直に疑問をぶつけていた。
感謝してとか、そういうこと言うキャラだったっけこの人。
「ボク独りだったら出来ない体験を教えてくれたから、楽しければ誰がどうなろうとどう思われようとなんだってよかったはずなのに、気付いたらこの学校に未練なんて残してる」
「……」
私は黙ってアニの弁舌に耳を傾ける。
作中でアニはユーリにたいして君だけが心残りだと言って卒業していくけど、この世界ではどうやらそれだけが理由ではなくなっているようだった。
「気付いてるか知らないけど、口にして伝えないと伝わらないことって意外と沢山あるんだよ」
そしてやっぱりというか、最後の台詞はみんながみんな同じことを言う。
私が一言セリムに言えば良いだけなんてことは分かっているのに。
言えないという事実も。
「……それは、分かってる、アベルにも言われたわ、分かってるけど、私がそれを言えるわけ――」
「言えるに決まってるじゃん」
「えっ……」
他のみんなはそれを言えば黙るか同意するかのどちらかだった。
でもアニは違って、すぱりと言いきられてしまった私は間の抜けた声を漏らす。
そしてそんな私を無視してアニは続ける。
「ボクからすれば君は自分の気持ちをしっかり言葉にして伝えられる人だ、ユーリやシグナには出来てセリムに出来ないわけがない、ただ君自身が関係を壊すのを怖がって出来ないって逃げてるだけ」
「っ……」
アニが珍しく真剣な瞳で並べた台詞に私は小さく息を飲む。
それはアニの言葉が的をしっかりと射ていたからに他ならなかった。
確かに私は自分の気持ちを言葉にするのは得意じゃない、それは間違えようのない事実で、でも今まで追い込まれればシグナに暴言を吐けたし、ユーリが危険に巻き込まれた時には自分の意思を貫き通して沢山の人を巻き込んだ。
今回だってこれからのことを考えればそれなりに重要な件で、それなのに一度適当に流されたからってセリムとちゃんと自分の気持ちを伝えて話し合いをしようとしないのは、ずっと味方でいてくれた最強の幼馴染みとの関係を崩したくないから。
私の元の性格から考えればあまりにも保守的な行動だった。
それは多分、ゲームのシナリオがセリムという異分子を排除しようとしていることを感じ取ったせいもある。
ここでゲームに逆らって無理やりセリムを残せば、その後さらに大きな反動が待っているかもしれない。
それもまぁ、考えれば保守的すぎるって話だけど。
「それにボクみたいな奴がこうして君にもファンクラブの子達にも本心を伝えられたのに、君が出来ないわけないでしょ? ね、オバサン」
そしてアニは最後にそんな似合わない自虐を添えてから、片目をパチリと瞑って見せる。
多分ファンクラブの子達はこういう行動に心を奪われるんだろうなって感じのそれ。
まぁ私にはユーリがいるからその行動自体は全然刺さらないんだけど、言葉はしっかりと私の心に刺さっていた。
「……はぁー、まさかあなたに発破かけられるなんてね」
私は今日一番のため息を吐くと早々に紙面配りを再開する。
そうと決まれば速攻で動く、そのほうがずっと私らしい。
「卒業前に出来ることはやっておかないと、ボクがここにいたってみんなの記憶にちゃんと残さなきゃ意味がないでしょ?」
「……この借りはいずれ返すわ」
そんな私を見てからからと笑うアニに私はそんな言葉を返す。
何を話そうとアニが恋のライバルである事実は変わらない、だから、借りっぱなしは性に合わない。
「楽しみに待ってるね、オバサン」
「あんたとそんなに年齢違わないから、むしろ年上でしょ」
私はその日、初めてアニのオバサン弄りに突っ込みを入れた。
前世含めれば確かにオバサンだけど今は違う、上級生にオバサン呼ばわりされっぱなしでさっさと学校外に逃げられるのは気に入らない。
「えー、そうだっけ?」
そしてアニは、いつも通りのあざとい瞳でそう言って笑った。




