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56話 戦場を知る人にしか分からないことがあります

「そうか、セリムが戦場に行くかもしれないと……」

 私のかいつまんだ説明を聞くとアベルは考えるように顎に手を添える。

「……はっきり言ってセリムがなにを考えてるのか私には分からないのよ」

 何でセリムが戦地に赴くことをすぐに断らなかったのか、それがどうしても私には理解できない。

 リューデスハイム家に恩義があるからという理由なら、私にだってそう言う筈だし。

「それは、どうして?」

「どうして……それは、えっと、セリムはあの日からずっと何をするにも私を優先してくれて、助けてくれて、守るって、言ってくれたのに」

 アベルにどうしてと問われて、初めてしっかり自分の気持ちと向き合ってポツポツと言葉を溢していく。

「それをそのまま捉えると自分を優先してくれなかったことに怒ってるってことになるけど?」

「いや、それは違うわ」

 確かにこれだけ聞けば私がただ我が儘で怒ってる、そうも捉えられるけど、それは私のなかでは確定で違うと言えた。

「どうして?」

「セリムが本当に、自分から望んで戦地に赴きたいっていうなら私だって止めようとは思わないわ、だってそれがセリムのやりたいことなんですもの」

 そう、本人が本気で行きたいのなら行けばいい。

 そうなのであれば私の騎士だからとか幼馴染みだからって私には止める権利はない。

「うん、それで?」

「でも、多分違うのよ」

 だけど、心の奥からセリムが戦場に行きたがっているのかと聞かれればそれはきっと違う。

「何でそう思うの?」

「……だって、次は守るからってセリムが言ってくれた時、私は本心だって感じたわ、だからわざわざ自分の目的から離れようとするわけないの、何か理由がなければ」

 次は守るから、私が入院しているときに言ってくれた言葉、あれはきっと本心だった。

 だから、私を守るのであればまずは私の周りから離れるなんて選択をするわけがない。

 分かってる、これが全部私のそうであって欲しいという願望だってことは。

 もしかしたらセリムは、あの時の約束をもう覚えてないのかもしれない可能性だって、本気じゃなかった可能性だってあるのに。

「……私はセリムの気持ちが分からないでもないかな」

「……何で?」

 暫く逡巡した後にアベルがポツリと溢した言葉に私は聞き返す。

「私は王族だから、多分いずれは戦場に出ることもあるだろうね」

「……」

 アベルは一度視線を手元のジュース缶に落とすとこちらをしっかりと見据えて語り始める。

 そして、その言葉に私は何も言えなかった。

 考えたこともなかった。

 私の元いた世界ではもう王族は戦わないから、中世をモチーフにしたこの世界では王族も戦うのにアベルがいずれ戦地に立つ未来を想像していなかった。

「それに帝王学の一貫で本物の戦場を見たこともある、あれは……地獄だよ」

「地獄……」

 地獄、さっきまでは明るく勤めていたアベルが真剣な表情でそう口にする。

「人がやるべきことでも、いるべき場所でもない、多分、見た人にしか分からないけどね」

 それは、きっとその通りだ。

 前世の世界でも戦争はあったけど、それとは無縁な国に住んでいた私にはどこかずっと、他人事のようだったから。

「で、多分だけどセリムは同じような地獄を既に経験してる」

「……どこで?」

「ストリートチルドレンをしていた頃さ」

「っ……」

 アベルの言葉の意図が理解できずに聞き返して、帰ってきた言葉に小さく息を飲む。

 そうだ、私はバカだ、何でそこまで考えがいかなかったんだろう。

 セリムは私が前世の記憶を取り戻すまでの約九年間の殆どを、ストリートで生きてきていると言う事実は変わらないのに。

 今日1日で嫌という程分かった。

 やっぱり、私はセリムのことを全く分かってあげられていない。

 ただ分かったような気になっていただけだ。

「ストリートチルドレンも拠点を巡った抗争をするだろう? だから、戦場の苛烈さをセリムは多分理解している」

「それなら直のこと行かないんじゃ……」

 でも、一度経験しているなら余計にもう一度経験なんてしたくないだろう、私はそう考えたけど

「いや、違うよ」

「……何が違うの?」

 それをアベルはすぐに頭を振って否定するから、私にはもう何が何だか分からなくて問い返すしか出来ない。

 アベルは昔から聞き上手だから気を付けていてもふとした拍子に私の本音を聞き出してしまうところがある。

 今がまさにそれだった。

「確かに戦場は酷いところだけどそれと同様にそこでの経験は沢山の糧になる、以前君を守れなかったと嘆いたセリムなら、自ら鍛練の為に戦地に赴こうと考えるのも別に不思議なことじゃないだろう? セリムはお転婆な君を守りたいんだ、自分の学業なんてかなぐり捨ててでもより強くなって、それでも守りたい」

「……そんなこと、それなら、しなくていいのに」

 アベルが説明してくれたそれは、私のなかでかちりと音を立ててはまらなかったピースをはめた。

 多分、騎士という立場だからだと思うけどセリムはいつだって私を最優先に考えてくれる、でももしそれでセリムが自分のことを蔑ろにするくらいなら、そんなことしなくていい。

 してほしくない。

「……そう思うなら、言ってあげればいいさ」

「……アベルはそれが私に、出来ると思って言ってる?」

 アベルの台詞に吐き出すように私は自虐的に笑って、そう返した。

 色々拗らせた私が、自分の本音をそのまま人にぶつけられるとアベルは少しでも思っているのだろうか。

 前世の年齢も考えたらいいおばさんで、その時から自分の本心を口に出せない偏屈だったのに。

「いや、思わないけど、ただ一応言っておいただけだよ、後悔しないようにね」

 アベルは頭を横に振ると、いつもの笑顔でそれだけ言って、会話を締めくくった。

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