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52話 これから先も一緒にいてくれますか?

「楽しかったねー! ハイネ」

 二年のクラスがやっていたお化け屋敷を出るとハイネは楽しそうに言いながら笑う。

「ええそうね、でも私は来年はいいかもしれないわ……」

 入る前からゲームのストーリーの関係でユーリがお化けが苦手ではないことは知っていたけどもしかしたらびっくりして抱きついてくる、なんてこともあるかもしれない、そんな風に邪な考えをしていた私には無事にバチが当たっていた。

 魔法の発展したこの世界の学生によるお化け屋敷ははっきり言ってテキストで見るより何倍も普通に怖かった。

 来年は出来ることならもう入りたくないけどもしユーリに誘われたら多分また入ってしまうんだろうなって思うから本当にユーリに弱い。

「フルーツスムージーも飲んだし、たこ焼きも食べてー、後は三年生の人達がやってる劇も観に行きたいなー」

 ユーリはパンフレットに視線を落とすと体育館のほうを指差す。

「ねぇユーリ、もうそろそろ一時間経っちゃうわよ」

 食べ歩きとお化け屋敷、それから展示なんかも見て回っていたら時間が経つのは早いものでもうセリムとの約束の一時間は経とうとしていた。

 私としてはまだまだユーリとアルミア祭を回りたいけどさすがにクラスの出し物をほっぽり出すわけにもいかない。

「え、あ、ほんとだ、でも劇は最後に観ておきたいから……ねぇハイネ、ちょっとだけ悪いことしちゃおっか」

 時間を確認したユーリは珍しく少しだけいたずらっ子みたいな表情を浮かべるとそのまま自然に私の手を取る。

「……え、あ、え?」

 普段ユーリはあまりスキンシップの多いほうではないから明らかに動揺した声が私の口から漏れるけど

「少しだけ遅刻してもセリムも怒らないって、行こ!」

 それも気にすることなくユーリはそのまま体育館のほうへと歩き出した。


「例え君がどれだけ私を嫌いになろうと、私は決して君のことを嫌いにはならない、私の気持ちは生涯変わることなどないのだから」

「……私は、貴方のことを嫌いだなんて思ったことはありません、ずっとただ愛しい、でも、だからこそ私は貴方に幸せになって欲しい、ちゃんと、周りにも認めてもらえるその人と」

 三年生のあるクラスが体育館で披露していた演劇は『愛ゆえに君を遠く』というこの世界に昔から伝わる小説を題材にし、それを少しだけ分かりやすく改編した劇だった。

 簡単に言ってしまえば身分差の恋の話で、悲恋もの。

 身分の高い男のことを思って身を引く女の話だ。

 この物語についてもユーリと攻略者のアルミア祭デートイベントで概要は垣間見ることが出来るけどちゃんと全てを通して話を鑑賞したのは初めてだった。

 昔の私はこの物語をただのよくある美談だと思っていたけれど、しっかりと話に触れてみれば感想は大きく変わった。

 身分違いの恋、他の人と一緒になったほうが相手が幸せになれる状況が、少しだけ自分とも重なって

「どうか、私以外の人と幸せになって、それでも、私のことを、覚えていて欲しい、今までと、変わらずに」

 女のその決め台詞を最後に暗幕が引かれる。

「……」

「……ユーリ、泣いてるの?」

 暗幕が引かれて体育館の照明がついて明るくなってくるなかふとちらりと横を向くとユーリの目元がキラリと光っていて、驚いた私はつい声を漏らしてしまった。

 ゲーム内ではユーリはこの劇を見て泣かないのに、なんでここでいきなり物語の相違が出たのか私には分からない。

「あ、ごめんね、少し……感動しちゃって……」

 私の指摘にユーリは慌てて目尻を手の甲で拭って笑って見せる。

「いえ、私もいい話だと思ったわ、少し外で休憩しましょうか」

 私は内心少し焦りながらも何とか取り繕って笑って見せるとそのまま体育館を後にした。


「はい、飲み物買ってきたわ」

「あ、ありがとう」

 私はそこら辺の出店で買ったジュースをベンチに座って休むユーリに手渡す。

「どう? 少し落ち着いた?」

 私も自分の分の飲み物を飲みながらユーリの隣に座る。

「……うん、ねぇハイネ」

「どうしたの?」

 一口、ユーリは飲み物に口をつけようとしてそのまま離すとふと、私の名前を呼ぶ。

 いつもはあまり聞かない声色で、ゲームの中ではなかった展開が続いて少しだけ私も不安になるけど今は自分のことよりユーリのことを優先したい。

「……私達って、いつまでこのままでいられるんだろう」

「……え?」

 ボーッと視線を遠くに向けながら呟かれた言葉に私は間の抜けた声を漏らしてしまう。

「ハイネは公爵令嬢で、私は没落貴族、昔は子供で今は学生だから良いけど、卒業したら、どうなるのかな」

「……」

 多分、これはユーリがずっと抱えていた本音だ。

 ゲーム本編よりも自分の身分のことを気にしていないと思っていたけど、心の奥底にはまだ少しのしこりは残っているのだろう。

「……あ、ごめん、変なこと言って、忘れて――」 

「……例え君がどれだけ私を嫌いになろうと、私は決して君のことを嫌いにはならない、私の気持ちは生涯変わることなどないのだから」

 慌てて取り繕おうとするユーリに反射的に私はさっき聞いたばかりの台詞を口にする。

「……ハイネ?」

「昔は、ありきたりな台詞だなって思ってたけど、今は少しだけ違う、私の気持ちはいつまでも未来永劫変わらないわ、だから、私達の関係も、変わらないの」

 いきなりこんなことを言われて不思議そうにするユーリに私は言葉にしてしっかりと伝える。

 ありきたりな、安っぽい台詞、でもその言葉はしっかりと物事の的を射ている。

 今ならこの劇の主人公の言葉もまた、理解できる。

「アベルはいつまでも完璧王子だし、シグナはヘタレ騎士、セリムは自由で、私も、いろいろ自由にさせてもらってる、ユーリはいつだって優しいけど芯が強いところは昔から変わらない」

「……」

 突然始まった昔語りにユーリは黙ってしっかりと耳を傾けてくれる。 

「大丈夫よ、卒業しても、何も変わらないわ、私達は私達なんだから、少なくとも私はそう思ってる、そう、願ってる」

 そして、最後にそう言って笑って見せた。

 本当はユーリは攻略キャラ達と幸せな未来を迎えるべきなんだと思う。

 そうすれば幸せな人生は確定するわけだし、だけど私は、諦めることはしない。

 劇の中の女とは違う未来を、幸せな未来を、必ず自分の手で掴みとって見せるから。

 ゲームを改編して攻略キャラを蹴落として私がユーリを幸せにする、それは多分自分本意な選択なんだろうけど、私は悪役令嬢だから、それを笠に着ることだって厭わない。

 それだけ私はユーリを諦められない。

「……うん、そうだね、そうだよね」

 言葉の奥底に込められた本心まではきっと気付いていないけど、ユーリは私の言葉にその瞳をまた明るく輝かせて前を向く。

 劇の中の男もまた、自分の気持ちをしっかりと口にしていれば未来は変わったのかもしれない、でもそれを出来るか出来ないかの踏ん切りは存外難しいものだ。

 私だって一人だったら出来なかった。

 ライバルも、味方も、いるからこそ私も口にすることが出来る。

「さてと、そろそろ戻らないと本当にセリムに怒られちゃうわよー」

 私は空気を変えるように言いながら勢いよく椅子から立ち上がる。

「あ、ほんとだ結構過ぎちゃってる……! 急いで戻ろ!」

 時間を確認したユーリは慌てて立ち上がるとそのまま駆け出そうとするから今度は私のほうからユーリの手を取った。

「……ハイネ?」

「もう走っても間に合わないからゆっくり歩いて行きましょうか」

 既に約束の一時間より三十分は越えている。

 今さら急いでも多分誤差だし、それならもう少しだけユーリとのアルミア祭を楽しんでも文句は言われないだろう。

 ユーリの目元の涙跡もクラスの人達に見せたくないし。

「……うん、そうだね」

 そしてユーリもそれを笑顔で快諾してくれてゆっくりと歩き出した。

 この後しっかり二人してセリムに叱られたのは、言うまでもないだろうけど。

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