39話 母というのはどの世界でも強いものです
「そう、そこでちゃんと混ぜて、手は止めたらダメだよ」
「こう、ですか?」
私は言われるままに鍋の中の液体をかき混ぜ続ける。
「ああ、それで大丈夫だ、後は冷ましておいて、こっちを片付けてしまおうか」
ララお姉さまはある程度のところで火を止めるとそのまま手際よく使っていた道具をシンクに移して洗い始める。
「ララお姉さまが来てくれて助かりました……」
ララは戦いに生きる女だが料理、特にお菓子作りは得意なほう、それは特典冊子で知ることが出来る情報のひとつだ。
ララから助言を受け、手伝ってもらい始めた途端に私のお菓子作りは進化を遂げた。
はっきり言って教えるのが上手すぎるこの人。
「少しでも役に立てたなら何よりだよ、でも次回からは最初はもう少し簡単なものを、後はあまり何個も一気に作ろうとしないように」
「……はい」
ララは笑いながら私を軽く窘める。
言われたことは至極全うで、言い返す言葉が見つからない。
「それにしても、こうしていると少し懐かしくなってしまうな」
「懐かしく、ですか?」
洗い物を終えたララは風魔法乾燥機に食器を入れて、それから少しだけ遠くに視線を巡らせる。
「ああ、ハイネは覚えていないだろうね、まだわたくし達のお母様が生きていた頃の話だから」
「私達の、お母様……」
「お前が生まれて、まだ物心もつかないうちに病気で亡くなってしまったから知らないだろうが、とてもよく出来た母親だったんだよ」
「そう、なんですね……」
確かハイネとララの母が亡くなったのはハイネが四歳の頃だったはずだ。
もしかしたら私じゃなくて本物のハイネだったら少しだけでも覚えていたかもしれないけれど、9歳からハイネをしている私には残念なことにそのお母様の記憶は一部もない。
病気で亡くなったという事実はゲーム内で出てくるから知っているけれど、それ以上の情報を私は知らない。
ゲームに出てくる悪役令嬢と攻略対象の亡くなった母親、そんなキャラの深掘りはしてはくれないからだ。
だから、自分の新しい母親のことを詳しく聞くのはこれが、初めてのこと。
「公爵家の人間なのに止めるお父様を無視してよくこうしてキッチンに立ってはわたくし達のおやつを作ってくれていたんだよ、で、たまにこうして手伝わせてもらうこともあった」
『母との思い出の味なんだ』
そんな台詞がゲーム中、ララのルートに存在する。
それ以上深掘りはしないその台詞に、こんな裏話があったことに内心少しだけ、驚いた自分がいた。
そして、私の一人目のお母さんもたまにだけどお菓子を作ってくれることがあったことをふと、思い出した。
「今ではお母様もいないからお菓子作りなんてやることなんて早々なかったが、その時のことを手が覚えていてよかったね」
ララは楽しそうに言いながら濡れた手を布巾で拭う。
そんなララを見ていたら、気付いたら口が勝手に開いていた。
「……ララお姉さまは、寂しくなったりすることはありますか? お母様のことを思い出して」
これは、家族を残して死んだ側の私がただ単に、知りたかったことだ。
母は、私のことを思い出したり、悲しくなったりしているのだろうか、今でも。
「それは、当たり前だろう、今でもたまに夢に見る、お母様と一緒に焼いたパイを持って庭に出て、小さいお前と一緒に食べるんだ、で、匂いに釣られてお父様がひょっこりと顔を覗かせる、そして仕事を放り出して来たことをお母様が窘める、あの時は……幸せだったな、いや、あの時も、か」
一度、ララは言いきると悲しそうに目を細めて、すぐに楽しそうに優しく笑むと言い直す。
そして、しっかりと私のほうを見据えて言った。
「……でもね、過去にすがっても意味はない、亡き人を想い、偲んで、わたくし達は生きていくしかないのだからね、たまに思い出して懐かしんでもいいがそれでもわたくし達は前に進んでいく、道はわたくし達の前にしかないんだよ、置いていかれた人達は、皆そうして前を向いて生きているんだ、手を取り合いながらね」
「……ララお姉さまは、強いですね」
ララの言葉は、似合わなくも少しだけナイーブになっていた私を奮い立たせるには、充分すぎた。
だって母には父がいて、弟もいる。
こんな図太い私の実の家族が繊細なわけがない。
きっと今頃笑って過ごしてる、見たわけでも、確定したわけでもない、でも、ララの一言は、そんな心配は無用だと笑い飛ばしているようなものだった。
「ははっ、違うな、弱いんだよわたくしは、お父様やセリム、それからハイネ、大切な人達がわたくしにはたくさんいる、だから虚勢を張って自分を強く見せてるだけで、わたくし独りなら何も出来やしないさ」
私に強いと言われたララは軽く吹き出すように笑うと首を横に振って、それから、愛おしそうに私達の名前を呼んだ。
「……あの、ララお姉さま」
「ん、どうしたんだい?」
「多分、当日には会えないと思うのでこれを」
私は少しだけ迷った後に冷蔵庫を開けて既に用意してあったあるものを取り出してララのほうへ見せる。
「これは、チョコレート……?」
「手伝ってくれたお礼です」
それを覗き込むララに私は言いながら差し出した。
これはララに手伝ってもらって何とか上手くいった成功品のチョコレート。
最初に入れたもので今冷え固まったばかりだから何も梱包もしていなくて、不格好で、渡すにはあまりにも不出来かもしれないけど、騎士団の用事でここにたまたま寄っただけのララに渡すなら、多分今しかタイミングはない。
「……いや、貰えないな、初めての手作りを渡す相手は本命の子にするべきだ」
「……ララお姉さまは大切な家族ですから、特別です」
流石公式ロマンチスト、私のそれを断ろうとするけど私は笑顔でそう伝えて今度は無理やり押し付ける。
「……」
「お父様には内緒ですよ、きっと騒ぎますから」
そしていたずらっ子みたいに笑って見せて口元に人差し指を持ってくる。
あの人私が手作りチョコレートをララに渡したなんて知ったら多分私の分は!?って学園に乗り込んで来てもおかしくないし。
「それは、違いないな! それじゃあありがたく頂いておこうかな」
そんなお父様を想像するのはララも安易だったようで、豪快にからからと笑うとそのまま私からのチョコレートをしっかりと掴んで胸元に引き寄せた。




