36話 悪役令嬢も、たまには昔を懐かしんだりします
「問題、このラインハルト王国で最初に魔法の技術を確立させたのは誰?」
私は教科書に視線を落として問題を出題する。
「…………」
「黙ってないで答えなさいよ、さっき教えたところでしょ」
いくら待っても返ってこない答えに私は痺れを切らして机越しの椅子に座っているシグナに目線を向けた。
「れ、レイモンド学士……」
「外れ、正解はリッチワード・セバスチャン学士ね、レイモンド・レブル学士は魔灯籠の開発者でしょ、ひとつ前の問題の答えよ」
シグナが必死でひねり出した答えは残念なことにこのひとつ前に出した問題の答えだった。
「……」
「じゃあ次行くわよ、ラインハルト王国建国時に――」
「待ってくれ」
「……なに?」
黙り込んでしまったシグナに次の問題を出そうとするがそれは手で制されてしまう。
「す、少しだけ休憩しないか?」
「は? まだ始めてそんなに経ってないわよ、このままだと本当にあんた留年するわよ……」
休憩するも何もこの勉強会を始めてから多分三十分も経っていない。
休憩するには早すぎるギブの声に私は呆れてボヤく。
「っ……」
「……はぁ、五分間」
あまりにも追い詰められたシグナの表情に私はひとつの数字を上げる。
「五分間?」
「五分だけ休憩にしましょうか、詰めすぎても頭に入らなきゃ意味ないもの」
私は言うが早いか早々に教科書を閉じる。
シグナのテスト勉強をすると宣言してから早数日、私たちは時間があればその度にそれぞれの得意科目を担当してシグナに勉強を教えていた。
ちなみに私が教えてるのはラインハルト王国を主に世界の歴史学と魔法歴史学。
歴史学に関してだけはあのアベルよりも点数は上だった、特典冊子を読み込んだ私を舐めないで欲しい。
「ハイネ……」
「別にあんたの為じゃないから、あんたが留年したらユーリも悲しむし、それは避けないと」
その基本的にハイライトのない瞳に光を灯してこちらを見られて、私の口からは勝手につんけんした台詞が飛び出していて
「……だと思っていた」
そしてシグナもそれを受け入れてすぐにいつもの瞳に戻ってしまう。
言ってから、少しだけ後悔して
「……ごめん、ちょっと嘘ついた」
私は自分の額に手を当てながら謝りの言葉を吐き出した。
「急になんだ?」
「確かにユーリのこともあるし、実際のところは他にもいろいろ思案はある、でも、少なからずあんたが留年すれば良いとかそういうことは、思ってないから」
普段だったら私からシグナに謝ることなんて早々ない。
驚いたように聞き返してくるシグナに、自分で言っていてむず痒くなるような本音を吐露する。
ユーリが悲しむとか、ゲームが破綻するとか、色々考えることはあるけど、それだけでシグナに勉強を教えているわけじゃない。
「……風邪でもひいたのか?」
「言ってくれるわね……」
普段こんなこと言わない私の言葉に面食らった様子のシグナがそんなふざけたことを聞いてくるから一瞬額がピクリとひきつる。
「……いや、今のは私も言葉が悪かったか、確かに私はお前のことで気に入らないところはたくさんある、たくさん」
だけど、シグナも珍しく自分から非を認めて言葉を続けようとする。
たくさんあるって二回言ったけど。
「…………でも別に嫌いなわけじゃない、昔から」
そして、長すぎるくらいの間を置いて、シグナは口早くそれだけ言うとすぐに黙り込んでしまう。
これは、少しだけ意外な反応かもしれない。
「……あんたにデレられてもそんなに嬉しくないんだけど、まぁ、ありがとう」
はっきり言ってシグナには嫌われてると思ってたから、面と向かってこんなことを言われるのは少しだけこそばゆいというか、むず痒いというか、でも、めちゃくちゃ嬉しいってことはなくても嫌な気は全くしないというのもまた事実だった。
「……私ね、こうみえてあんたに当たり散らしたこと、まだ少しだけ後悔してるのよね」
あの日、ユーリのことでシグナに当たり散らした日。
いまだにあの時のことを思い出すと後悔が頭を見せる。
ユーリからの評価しか気にならなくて、悪役令嬢として他のやつらは蹴落としてやるって意気込んでいたのに意外と、永い時間を一緒に過ごしていると情というものが沸いてしまうらしい。
だからといってユーリの争奪戦に加わる相手に容赦はしないし、最悪蹴落とす気だってなくなってはいないけど、日常的に敵視しているかと問われれば一概にそうではない。
「……あれについてはもう終わったことだろう、それに私の言い方が悪かったせいもある」
「まぁそうなんだけどー、ほら、私弟がいたから」
そう、シグナもあの時自分の非を認めてこの話は一度おしまいになった。
一度解決したことをずっと引きずるのはあまり私らしくはないんだけど、どうしても、弟の顔が頭をちらついて、たまにあの日のことを思い出してしまうのだ。
「弟……? お前との付き合いはそれなりに長い筈だが一度も聞いたことがないが」
「そうでしょうね、もういない……っていうか会えないから」
弟がいたのは前世の私だ。
だからこの世界に弟はいないし、もう会うことも出来ない。
本当はこんなピーキーな話をこの世界の人間にするべきではないってことは分かっていたんだけど、気づいたときには口をついて出ていた。
「……」
シグナは多分、もう会えないという言葉を違う風に解釈してくれたみたいで、そのまま黙って私が話すのを待ってくれる。
「なんか、似てるのよねー、あんたと弟、別に見た目が似てるとかそういうことはないんだけどこう、可愛げがないところとか、私のこと舐めた態度取るところとか」
「それは貶されているのか?」
言い方が悪かったのかシグナは呆れた様子でそんなことを聞き返してくるから
「そんなわけないでしょ、どっちかって言ったら……褒めてる、別にそんな仲の良いほうでもなかったけど、別に仲が悪かったわけでもない、だから……」
私は頭を振ってそれを否定する。
そう、別に弟とは特別仲良かったわけでもないけど、仲が悪かったわけでもない、それこそ普通の姉弟だった。
『今度の休み会いに来いよ、かわいい甥っ子の顔見てみたいだろ?』
だから、そこまで言ったところで最後に電話でした会話が脳内で勝手に再生されて、声が詰まったように続きが出てこなくなる。
「……ハイネ?」
「たまに、あんたが弟に見える時がある、だから強く当たっちゃうのよどうしても、やられるほうが堪ったもんじゃないって分かってるんだけど」
だけど、シグナに名前を呼ばれて私は何とか話を続ける。
結果甥っ子の顔を直で見れなかったとか、何も言わずに死んで家族がどうしてるかとか、そんなの考えたって仕方ないことだ。
「ハイネ」
「……なに?」
ふと、シグナがいつもよりも優しい声色で私の名前を呼んだ。
「……私は別に、お前から何か言われてムカつくことはあっても根に持ったことは一度もない、お前の言い方から嫌われているから、そんな風に言われているわけじゃないことが分かるからだ」
「……」
シグナは決して口が上手いほうではなくて、どちらかと言えば口下手なほう、そんなシグナが何とか言葉を選びながら辿々しく語るそれに自然と私の中の何か、わだかまりみたいなものは風に吹かれたみたいに消えていく。
「だから、まぁ、好きにしたらいい、私も今さらどうせこの先ハイネに対する態度を変えることは出来ない、急にお前だけ大人になられても困るだけだ」
「……ほんっとうに生意気なガキ」
何か言いきったことで満足げなシグナに私は吐き出すように笑いながらそんな言葉を投げ掛ける。
「年齢はそう変わらないだろう……」
「弟ってことはそれだけでガキなのよー、お子ちゃま」
確かに今世だけで言ったら全然年齢は変わらないけど前世も入れたら私のほうが余裕で年上、それに今までと変わらない姿勢でいて良いと言ったのは他でもないシグナ本人だ。
「っ……ハイネ貴様っ……」
「シグナ」
私にからかわれて軽く怒るシグナの名前を私はしっかりと声に出して呼ぶ。
「……なんだ?」
「この後は確かアベルが数学教えてくれるんだったかしら」
「その筈だが……」
「ああ見えてアベルってスパルタなのよねー、自分が出来ちゃうから出来ない人の気持ちが分からないっていうかなんていうか」
アベルは基本的に何でもそつなくこなすから出来ない人間の気持ちはどうやら分かっていないようで、口伝てに聞くアベルのテスト勉強はかなりスパルタらしかった。
「お前も出来るほうの人間だろ……」
「あら、私は落ちこぼれの気持ちもちゃーんと理解してるわよ?」
確かに今世ではそれなりの努力もあって出来るほうの人間だが前世ではどちらかと言えば出来ないほうの人間だった、だからアベルと違ってちゃんと落ちこぼれの気持ちは理解出来ている。
そうじゃなかったら休憩時間なんてもうけないだろうし。
「……落ちこぼれ」
「ということで、五分経ったけど貴方が根を上げるなら私の講義はこのくらいにしておきましょうか?」
落ちこぼれという言葉にあからさまにショックを受けるシグナに私はわざと、からかうようにそんな声をかけてみる。
「……あまり馬鹿にしないでもらおうか、続きを頼む」
そうすればシグナはすぐにまたノートとにらめっこを再開する。
こういう扱いやすいところも、弟によく似てるっていうかなんていうか。
「ま、そういうと思ってたけど……あんた本当に留年しないようにしなさいよ、悲しむのユーリだけじゃないんだし」
シグナが留年すればユーリはもちろん悲しむだろう、だけど多分あの王子も、セリムも、大小違えど少しはショックを受けるだろう……それには私も含まれてる。
「……言われなくても分かっている」
だけどシグナももちろんそれを理解していて
「あっそ」
私は穏やかな声でそれだけ返すと教科書に手をかけた。




