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3話 まずは仲直りしましょうか

「さて、準備は万端ね」

 次の日私はメアリーに用意してもらったものではない出来る限り動きやすい衣服に身を通してキーアイテムを入れたポシェットを肩からかけると窓を開け放ち窓枠に足をかけて元気よく外へ飛び出した。


「お、来たかハイネ……なんだよその格好、いつものフリフリはどうしたんだ?」

 私がいつものハイネのように路地裏に向かうとそこには活発そうな少年が一人立っていた。

「セリムおはよう、今日は特別なの」

 彼はセリム、この町の路地裏に住むストリートチルドレンであり幼少期は活発でこうして隠れて町に繰り出していたハイネの友達。

 そして、ハイネが平民や自分より地位の低い者を見下すようになった、原因だ。

「……あっそ、まぁいいや、じゃあ早く来いよー!」

 セリムはこちらに呼び掛けこそすれど一向に私と距離を詰めようとしない。

「セリム、あなたがこっちまで来たらどうなの?」

 私はあえて、そう聞き返した。

「はぁ!? なんでわざわざオレが……いいから来いよ今日はいいもん見せてやるって話だろー」

 セリムは私の言葉に焦った様子を見せながらこっちへ来いと手招きする。

 これがもし9歳の子供の頭であれば特にその行動に疑問も持たずに駆け寄っていただろう。

 実際ゲーム中のハイネはそうだった。

 だが今の私の頭は20何たら歳まで生きた経験を持ち越している。

 そんな私からすればセリムのその行動は怪しいの一言に尽きる。

 まぁ、そもそも私はこの話の展開を知っているというとんでもないチートを持っているわけだが。

「わざわざもなにも、ねぇセリム、あなた、そこから先に何があるか分かってるから、こっちにこれないんでしょ?」

 私は笑顔で1歩だけ前に進む。

 おそらく、これぐらいがギリギリだ。

「な、なんの話だよ……」

「確か……これぐらいっ……」

 焦るセリムを横目に私はトンッと恐らく3歩ぐらいの距離をジャンプして飛び越えるとセリムの前に立った。

「な、と、飛び越えたのかっ!?」

 そんな私の行動にセリムは動揺を見せる。

「セリム、あなたと私の間には泥魔法のトラップが仕掛けてあった、私が踏んだら発動するように、それを見世物にしようとしてたんでしょう? 周りのお友達たちの」

「な、なんでバレて……」

「おいセリム! 話が違うぞ!!」

 私がキョロキョロと周りに視線を巡らせれば複数人の子供達、恐らく皆ストリートチルドレンだろう。

 そんな子供達の顔が色んな所から現れてそれぞれがヤジを飛ばす。

 セリムの子供時代の魔力では泥魔法のトラップを仕掛けても子供の足で3歩分程度の範囲、というのは特装版に付属していた小冊子に乗っていた情報だ。

「セリム、なんであなたがこんなことを……なんて言おうとは思ってないから安心して、理由は分かっているから」

「……」

 私の言葉にセリムは鋭い瞳をこちらへ向けて黙り込む。

「私が、公爵家の令嬢だと、知ってしまったから……騙されていたような気持ちになってしまったのね」

 確かそう、ハイネが父親と街中を歩いているのを見かけてしまったセリムは自分と関わりを持つハイネが実は位の高い家の人間で、きっと心の奥ではストリートチルドレンである自分をバカにしていたのだと勘違いしてこうしてハイネを周りの見世物にするためにわざと泥魔法で泥まみれにしたのだ。

 そして自身もハイネの魔法感知力の低さを笑い、蔑み、バカにしたところでたまたま通りかかった大人に捕まりセリムは公爵家への無礼を咎められて投獄される、それがゲームの中では史実だ。

 そしてそのせいで、ハイネは自身より位の低いもの達を蔑むようになり、本編のような悪役令嬢ハイネへと成長していく。

「だったらなんだってんだ……お父様にでも頼んでオレをこの町から追い出すか?」

「あら、そんなことする筈ないじゃない、私は本気であなたを友達だと思っているのだから」

 セリムの吐き出す刺々しい言葉にたいして私は頭を振ってハイネの言葉を代弁する。

 そう、物語中盤で差し込まれるこのサイドストーリー内でハイネ自身がセリムを本当に慕っていたというのは明記されている。

 だから私が代わりにそれを伝える。 

「そんなこと思ってるわけ――」

「だから、決闘しましょう、私と魔法を使っての決闘を」

 だけどもちろんそれをすぐに鵜呑みにするわけもなく、何かを言おうとするセリムの言葉を遮って私のほうから提案する。

「急になに言って……」

 私の提案にセリムの表情が戸惑いに変わる。

「これは私とあなたの喧嘩、勝ったほうが負けたほうの言うことをひとつ何でも聞く、悪い話じゃあ、ないでしょ?」

 そしてここからは私の考えた即興劇の始まりだ。

 何故なら史実は先ほど述べた通りでありそれを私はねじ曲げた。

 そこで終わるはずのサイドストーリーを私は無理矢理続けさせたのだから。

 だからこそこの先の展開は読めないし、失敗するわけにはいかない。

「……オレがどんなことを言うかも分からないのにか?」

「あらもう勝ったつもりでいるのかしら? 私は負けるつもりはないけれど」

 きっと幼少期のハイネであればこんな挑発的なことは言わない。

 もっと大人しく、静かな子だったのだから。

 だが今のハイネは私であり、もっと純粋で、箱入り娘な彼女はもういないのだ。

「ハイネ……おまえが魔法得意じゃないことぐらいオレでも知ってるんだぞ」

「いつまでも不得意なことをそのままにしているわけがないじゃない、それとも……負けるのが怖い?」

 もちろんセリムがそれを知っているのはこちらも知っている。

 そして、たった10日程度で適正のない魔法を使いこなせるようになる程この世界における魔法が簡単なものではないことも。

「……いい、買ったぞその勝負、後悔するなよ」

 セリムは腹立たしげに言いながら懐から1本の棒を取り出す。

 それはストリートチルドレンの彼が杖がわりに使っているただのそこら辺に落ちている棒だ。

 この世界の魔法というのは素手でも発動することは出来るがやはり精度を求めるとなると杖があったほうが便利だ。

 それに杖が良いものであればある程にその魔法の力は増大される。

「そっちこそ」

 私もそれを合図にポシェットから1本の杖を取り出す。

 セリムのそれに対してこれは6歳の誕生日にハイネがプレゼントとしてもらった貴族御用達の高級杖店の杖だ。

 金獅子の毛が編み込まれ、芯にはホーリードラゴンの牙が使われている超高精度で高級品なそれ。

 杖としての格だけで言えば天と地、月とすっぽんである。

「おいおいなんかおもしろいことになってきたぞ!」

「俺セリムに一票ー」

「あ、ずりぃ! オレもセリム!」

「お前らそれじゃあ賭けにならねぇじゃん、ハイネに一票!」

「ずいぶんと盛り上がってきたわね」

 そんな私達を見て周りの子供達がワッと湧くから私は少しだけ周りを見渡す。

 今やここは賭けの会場と化していた。

「本当はおまえのお笑い草を見るためだったんだけどな」

 騒ぎ立てる子供達に視線を向けながらセリムは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「そうねー、勝負内容だけれど最初にしりもちをついたほうの負け、でどうかしら?」

 私はあえて、余裕綽々な物言いでそれだけ言うと杖をセリムへと構える。

「いいぞ、どこからでもかかってこい!」

 存外短気なセリムは簡単に乗ってくると青筋をたてながら枝を私のほうへと構えた。

「それじゃあ……ウォーターブレード!」

 私の杖から刃状に放たれた水がセリムに襲いかかる。

 水魔法は魔法適正が低く魔法を得意としないハイネのなかで本人が一番得意としている魔法の属性だ。

「フレイムランス!」

 だがセリムの枝から放たれた何本もの炎の槍がそれを跡形もなく打ち消す。

 打ち消す、というよりは炎の勢いで水が蒸発した、と言ったほうが正しいか。

 水魔法に対して打ち出されたそれは炎の魔法。

 幼少期のセリムが得意としていた属性の魔法だ。

「おまえが何を思ってオレに魔法勝負挑んだのかなんて知らねーけど、オレの魔法を舐めんなよ、おまえが公爵令嬢だろうと何だろうと……魔法適正の低いおまえが勝つ道筋なんてねーんだよ!!」

 セリムは鼻をふんっと鳴らすと勢いよく啖呵を切って炎の槍を生成すると思い切り打ち出した。

 私はそれを何とか避けるが炎が当たった地面はじりじりと焼け焦げていく。

 セリムの作り出す炎魔法ははっきり言ってこの年齢の子供が扱える範疇を越えている。

 いくらハイネが魔法を得意としなくても腐っても上位貴族の娘だ。

 しかも水魔法と炎魔法のぶつかり合い、相性を考えてもハイネが負けることはそうそうないと言っていいと思う。

 だがそれでも私が押される理由、それはセリムの魔法適正の高さが要因だった。

 セリムはストリートチルドレンでありながら登場人物の中でも高位に入るほどに魔法適正が高いのだ。

 それは彼の出自に関係するのだけど

「どうした!? 後ろに下がって防御ばっかじゃ勝てねーぞ!」

 今はそれどころではない。

 普通にやり合えばハイネ、私に勝ち目はない。

 だからこそ私はさらに後ろに下がりながらとある場所で出来るだけ自然に、攻撃を避ける為に見えるように後ろに向かって軽く飛んだ。

「確かにあなたの魔法は強い、でも、残念なところをあげるとすればそれは……」

 セリムはそんな私を追ってどんどんと前に進む。

 そして

「こ、れは……オレの魔法っ!?」

 自身が最初に私に踏ませようと設置していた泥魔法に足を取られてそのまま泥まみれになりながらセリムは地面に転がる。

「頭に血がのぼりやすいところ、かしらね?」

 私は地面に転がったセリムに杖を突きつけた。

 ちなみにセリムが短気で周りが見えなくなりやすい、というのは勿論限定版特典冊子に乗っていた情報である。

 それにセリム自体の登場は本編でもこれだけではい。

 きっと今の彼自身より私のほうが彼に対しての理解度は深いだろう。

「セリムのやつ負けやがった!!」

「自分の設置してた魔法にかかるとかダセェ」

「ふざけんな! セリム! おまえに賭けたチョコバーがパァじゃねーか!」

 勝負が決した、そう判断した周りの子供達がどっとざわめきだす。

 セリムを笑うものやセリムにヤジを飛ばすものなど反応はそれぞれだ。

「く、くそっ……!!」

 そんな周りの子供達を見てセリムは悔しそうに地面を殴る。

「人の気持ちを勝手に決めつけて、暴走するからこうなるのよ」

 私は言いながら杖をポシェットにしまう。

 そう、人の気持ちなんて実際のところ本人にしか分かり得ないことで、でもそれをこの年の子に分かれと言うほうが無理な話だ。

「……で、オレに何させようってんだよ、全裸で町のなか練り歩けだろうと何だろうとしてや、る……なんだよ、その手は」

 そして杖をしまったその手をそのまま怒鳴るセリムへと差し出した。

「仲直りしましょう、私も自分の身分を隠していたことを謝るから、あなたも私を見世物にしようとしたことを謝って、それでチャラ、どうかしら? まぁ、負けたほうが勝ったほうの言うことを聞くって約束だからあなたには断れないと思うけど」

 私は言いながらセリムの空いているほうの手を泥で汚れるのも厭わず無理矢理掴んで引っ張り立たせる。

「な、んで……」

 そんなことをした私があまりにも予想外だったのかセリムは手を振り払うこともせずに呆然と立ち尽くす。

「私はただ、あなたと同等でいたかっただけ、バカにしてたとかそんなものは少しもなくて、遠い存在だなんて思わせなくなかった、だから、こうして身分を偽っていた、ごめんなさい」

 これは、私の気持ちというよりらハイネ自身の気持ちと言ったほうが正しいだろう。

 ハイネは実際にセリムとただ仲良くしたかっただけであり、だからこそセリムに笑い者にされたことが許せずに周りの自分よりも地位が下であるもの達を嘲笑するようになった。

 そして、自分と関わったことでセリムが投獄されたことに内心では罪悪感を覚えていた、という一抹を店舗別特典ドラマCDで聞くことが出来る。

「……オレ、こそ、ごめん……勝手に、勘違いして」

 そんな私を見てセリムも思うところがあったのか少し気まずそうにこちらを見ながらたどたどしく謝った。

「どうせなら、みんなの前で笑い者にしてしまったことも謝りましょうか?」

 起き上がらせたセリムに私はあえて挑発するようにそう言って見せる。

「必要ねーよ、ギャラリー集めたのはオレなんだから……っていうか今日のおまえ少しいつもと違うな、いつもは泥とか土で汚れるの嫌がるし、単純な奴だから簡単に罠にもハマると思ったのに」

 まぁ、それもそうだろう。

 純真無垢でセリムの後ろを追いかけていたハイネはもういないわけなので。

 今いるのは数十年の記憶を培った中身オバサンのハイネなのだからそこはご愛敬と思って我慢してもらうしかない。

「女の子は男の子よりも早く大人になるのよ、私のほうが少し早くセリムより大人になっただけ、ということで、これからもよろしく」

 私は軽い言葉遊びの感覚で事実を伝えるとセリムと繋いでいるのとは違うほうの手でセリムの頬に付いた泥を拭った。

「……ああ」

 少し恥ずかしかったのかセリムは少しの間を置いてからボソリとそれだけ呟いてそっぽを向いてしまったけど

 さて、これでハイネが悪役令嬢落ちする要因をひとつ取り除けたわけで。

 だがこれで終わりではない。

 そして何より今日は忙しい。

「それじゃあセリム、私この後用事があるから失礼するわね」

 私はセリムの手をパッと離すと軽く手を振ってそのまま勢いよく駆け出した

 後ろでセリムが何か叫んでいる気がしないでもないが流行る気持ちを押さえることが出来なかった私は足を止めることはなかった。

 何故ならこれから、私は最推しに会いに行くのだから。

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