30話 気付けばずいぶん欲張りになっていたようですね
ユーリとの会話後、次の日には予定どおり私は退院した。
それから事件で壊れた部分の修繕で学校も休みのため暫く自宅療養も兼ねて帰省して、学園が直って再開するタイミングで私も学園に戻った。
「おーいハイネ様ー、大丈夫かー」
「ええセリム、今日はいい天気ね」
それから既に約一ヶ月の月日が経とうとしている。
「……外曇天だけど」
「次の科目は魔法歴史学でしょー、それくらいちゃんと覚えてなさいよ」
だけどユーリは宣言通り私とは距離を置いていて、会話はできても最低限だし何なら分かりやすく避けられている。
とても、分かりやすく。
はっきり言って辛い通り越して死にたい。
推しにあからさまにこんな対応されるとここまで辛いのか。
幼少期からあれ程頑張ってきたのに。
「……ダメだわこれ、会話にならねぇ」
「ハイネ、退院してきてからずっとこんな感じだね」
「ついに頭がおかしくなったんだろ、気の毒だな」
「……はぁ、殺されたいのシグナは」
男子三人組の会話は聞こえていた上で答える気分にもなれず聞き流していたけどシグナの台詞には流石にイラッと来て文句をつける。
「何故私の言葉だけちゃんと聞いてるんだこいつは……」
そうすればシグナはシグナで不愉快さを隠しもしないがそれが今は余計に腹立つ。
お前はユーリの騎士だから守っても怒られたりしないくせに。
「まぁ、いつものことだろ、おーいユーリ、飯は?」
「ごめんねー、今日も少し用事があるからみんなで
行ってー」
セリムが少し離れたところにいるユーリに声をかけるけど、勿論断られる。
学園が再開してから一度も五人全員で食事をしたことはない。
「おー了解」
「お嬢様、私は――」
「シグナも来なくていいから、みんなと昼食にしてね、それじゃ」
そしてシグナが用件を言う前から会話をぶったぎってすぐに教室を出ていってしまった。
「…………おい! ハイネ・リューデスハイム! お前お嬢様に何した! とっとと元に戻れ!」
置いていかれてボーゼンとしていたシグナはハッと正気を取り戻すと早々に私に怒りを示す。
「お前最初はユーリがハイネ様と距離とってるって知ったとき一番喜んでたじゃねーか」
そんなシグナを見てセリムはあきれた様子で苦笑いを浮かべながら突っ込む。
そう、私とユーリの間に溝が出来て一番喜んだのはシグナだった。
それはもう、隠す気ないんじゃないかってくらい。
それなのに自分まで巻き込まれた途端にこれだから嫌になる。
「それはそれ、これはこれだ」
シグナのその何でもない一言で、私のなかで何かがプツンと音を立てて切れた。
「……単純バカ騎士」
口からついて出たのは本当にど直球な悪口。
まるで小学生みたいな台詞だった。
「何だと……」
そんな私の言葉にシグナの眉ねがピクリと動いて低い声をさらに低くするから、喧嘩を売られたと判断した。
「ほんとのことでしょ、ユーリのこと本当に大切なら距離置かれてる私につられて距離置かれたままになるんじゃなくてちゃんと自分からアプローチしたらいいじゃない、今だってもっと強くあなたの騎士なんだからってアピールしてついてけば良かったのに、結果自分からは何も言えないだけじゃない、あんた本当に昔からそういうところ変わらないわよね、よく言えば保守的って言うのかもしれないけどそういうのヘタレって言うのよ知ってる?」
「っ…………」
私が思ったことをそのまま全て叩きつければシグナは何も言えないまま視線を落として後退する。
はっきり言って攻略対象で、ユーリの騎士なんて美味しいポジション持ってる癖に自分から何もしない、出来ないやつにとやかく言われたくない。
前世の頃から口は達者なほうだったし、言葉はきついほうだった。
だから言いたいこともまだあったし、言おうと思えばもっと酷いことだって言えるのに……
「ハイネ、言い過ぎだ」
セリムがそっと私の肩に手を置いてそれを止める。
「人をバカにしたりからかったりはいつものことだけど、こんな風に人を故意に傷付けるような言い方は、君らしくないし似合わないよ」
そしてアベルまで一緒になって、いつもはユーリに投げ掛けているようなザ、王子って言葉をぶつけてくるから余計に私のなかで憤りは溜まっていく一方で
「……事実しか言ってないもの、みんな私を買い被り過ぎか、私のことを勘違いして見てるだけで、ずっと私はこんなものよ、独りよがりで独善的で、自分勝手で周りが見えてなくて、誰かと歩幅を会わせることが苦手な人間、今も昔も、ほんとうにしょうもない人間」
今度は対象を三人に変えて、自分のことを貶す。
私、青葉蘭という人間はずっとそうだった。
人と足並みを揃えることが苦手で、意図せず容易に言葉で人を傷付けて、自然と距離を置かれる。
でも、ゲームをやっている間は全て忘れられたし、何よりもローズクォーツの姫君をプレイすればする程に、この子なら私みたいなやつでもきっと笑って受け入れてくれるんじゃないかって思った。
ユーリはいつだって私の憧れで、理想だった。
だってみんな、あなたの虜なんだから。
私には出来ないことをする彼女に気付けば私はガチ恋していて、その気持ちは今も変わらない。
だからこそ、距離を置かれている現状が昔の自分を彷彿とさせるのだ。
「……お前今誰の話してんだ? 確かに独りよがりなところはあるし、周りが見えなくなって突っ走ることもあるやつだけど、しょうもないやつなんてオレの目には写らないけど」
だけど、セリムは大きなため息を吐くと私の肩から手を離して私の正面に回り込むといつもの調子でそう語り出す。
そして
「オレの目に写ってるのは、バカだけどちゃんと周り見てて、友達の為に頑張ったり怒ったり出来て、みんなのこと何だかんだ気にかけてて、図太くて、ポジティブで、諦めるって言葉が頭の引き出しに入ってない、ハイネ・リューデスハイムってやつだけだけどな」
「っ……」
その飾らない言葉でまた、私のことを叱咤する。
ああ、そうだ。
私はもう青葉蘭じゃない。
ハイネ・リューデスハイムという一人の人物なのだ。
それだけのことを指摘されただけなのに、何故こんなにも前を向けるのか。
それはきっと、今まで色々な窮地を一緒に乗り越えてきてくれた大切な幼馴染みの信じられる言葉だからだろう。
ゲーム内では二枚舌な彼なのに、私に嘘を吐いたことなんて一度もない。
「……今だって、お前が何かしようと裏で画策してるのオレは知ってるし、止めようとも思わないけど、きっとそれも自分のためじゃないんだろ……?」
そう、私はただずっとこうして落ち込んで一日を過ごしているわけではなかった。
なぜなら、私にはやらないといけないことがある。
私だけが知っている私以外の転生者を見つけて止めないといけないからだ。
だって、私しか知らないのに私以外の誰が動けばいいのだ。
ユーリに散々自分のために無茶するなと言われた癖にと思うかもしれないけど、既にこれはユーリだけの話ではなくなっている。
確かにユーリが最優先で、ユーリがいれば生きていけるけど……きっと、二人だけよりもみんなもいたほうがこの世界は、楽しい、筈。
勿論ユーリをあげる気はないけれど、守りたいものは気付いたら増えていて、存外自分も欲張りなんだって実感させられた。
「……あなたは、本当にずっと、よく周りのことを見てるのね」
セリムの指摘に気付けば少しずつ心の絡みが解れていく感覚がする。
私はそれを肯定することも否定することもしない。
「……少しだけ違うな、お前のことをよく見てる、に訂正しといて……騎士としてだけど」
セリムは少しだけ悩んだ後にそれだけ付け足して困ったように笑うから
「……シグナ、当たり散らしてごめんなさい」
私は振り返ってシグナに謝る。
私は思ったことを言っただけだけど、普段だったらあそこまで言うことはしない。
つまりは認めてしまえばあんなのただの八つ当たりのようなものだ。
追い詰められて、一番当たりやすい相手に当たり散らしただけ。
「あ、いや……構わない、私も事情を知らないのに首を突っ込んで悪かった……」
私には謝られたシグナはどこか居心地悪そうに頭をかくと自身もまた謝ってくる。
「……さてと、私も少し用事があるから行くわ! 早く悩みの種を解決してユーリと向き合いたいから」
その謝罪を受け入れた私は早々に廊下へ向かう。
「いってらー」
「頑張ってー」
「……検討を祈る」
謝ってすっきりした私はいつもの日課を少しだけ早くして、迅速にこの問題を解決する為に動くことにしたのだ。
これを終わらせなければユーリとしっかりと話し合う時間すら取ることが出来ない。
後ろから三者三様の見送りを受けながらふと、シグナにああして謝られたのは初めてだったのじゃないかと思い返した。
「失礼します」
私はとある部屋のドアをノックすると返事を待たずに扉を開く。
「……また君ですか、毎日毎日よく飽きないですね、こんなところには自分がいる以外に何もないですよ」
そこにいたのはジーク・エルメルダ。
ここは魔法薬学準備室。
「大丈夫です先生、ジーク先生がいらっしゃるから来てるんですもの」
そう、ジーク・エルメルダがいれば他は必要ない。
私は、もう一人の転生者としてこの男を、疑っているのだから。




