19話 七年前のあの日のようにいきましょうか
このイベントは通称ユーリ誘拐イベント。
読んで字のごとくユーリがローズクォーツの姫の力を求めたとある勢力に誘拐されるというイベントだ。
何故焦っているのか、理由は二つ。
一つはこのイベントの発生時期。
このイベントが発生するのは本来もっと後の筈、そう、物語中盤から後半、個別ルートに入る少し前に起きるイベントの筈なのだ。
少なからず魔法祭のイベント中に起きるイベントではない。
何故ならこの段階でこのイベントが起きても次のイベントに進めないから。
まだそこまで交流の深くない関係性の人間がわざわざ危険を犯してまでユーリの為に動くだろうか。
答えは否だ。
だから、油断していた。
そしてもう一つの焦りの理由はもっと単純なものだった。
乙女ゲーだけに限らないがゲームにおいてどんな選択肢を選んでも変えられない未来というものが存在する。
そう、このイベントは回避不可能なイベントで、このイベント後に幕間が入ってすぐにユーリ奪還イベントへと発展していく。
だから史実上では、止められないイベント。
じゃあ何故それに身を任せないのか?
そんなの簡単だ。
回避不可能だろうとなんだろうと私がいるこの場所で、ユーリたんにそんな怖い目にあってなんて欲しくない。
それだけで動くには十分すぎる。
そして、私が危惧するのはそれだけではない。
むしろもうひとつのほうが本音だ。
「おい! ハイネ!」
「セリム、ユーリの元に行くわよ」
必死で思考を巡らせている私にセリムが呼び掛けてくるけど私は早々にユーリのところへ向かおうとする。
さっき別れたのはテントのところだ、まだそこにいてくれればいいけど。
「っ……こんな状況でなに言ってんだよ! こんなの確実に襲撃だろ、お前は爵位のある人間だ、狙いはお前かもしれないだろ!」
だけどセリムは私の肩を掴んでそれを止める。
「狙いはユーリ、それは分かってる、だから助けに行くのよ! ちょっ、セリム……!」
でも相手の狙いが私じゃないことは勿論私は知っている。
だから振りきろうとしたのに、セリムは肩に乗せた手に力を込めて私を自身のほうへ引き寄せる。
「……許可出来ない」
そして私の目をしっかりと見据えてそう、言った。
「ユーリのところへ行くのは許可出来ない……! オレはアダム様からお前を守れと名を受けたお前の騎士だ、最優先は……お前の命だ、たとえ嫌われたとしても、行かせることは出来ない」
「セリム……」
初めてのことだった。
セリムはなんだって、私がやってみたいということにただひたすら仕方ないと言いながらもついてきてくれた。
そんな彼がここまでして私に何か言ったのも、その大きな瞳を揺らすのも。
初めて、見た。
「なかなか格好いい弁舌だったな王子様」
「ララ様……」
「ララお姉さま……」
動揺から何も言えない私と、何も言わないセリム。
そんな空気をぶち破るように軽い拍手と共に現れたのは、ララだった。
「流石我が家の騎士だセリム、本来ならすぐにでも王子の元に馳せ参じなければいけない立場だが、悪いが妹を優先させてもらった、だかハイネ、これはセリムの言う通りだ、早々に避難しなさい」
「……でも!」
だけどララは私ではなくセリムの肩を持って真剣な瞳でそう忠告してくる。
「ハイネ壌、ボクも同意見だね」
「アニ……」
そしてそれはアニも同様だった。
「対立してる場合じゃないから言うけど今聞いた感じだと狙いは確かにユーリ・ローレライだけど、敵は単体じゃなくて集団だよ、しかも手練れも多い、学生がどうにか出来ることとは思えない、警備隊に任せるのが得策だね」
「……精神系の魔法で敵の思考を覗いたのね、でも、そんなこと分かったうえで私はユーリを助けに行くって言ってるのよ!」
アニの魔法適正は設定上は中になっているが精神系の魔法に関しては高よりも頭一つ出ている。
だからこそこの短時間でそこまでの状況把握が可能なのだろう。
だけど、だからといってそれがどうしたというのだ。
私は元々狙ってる組織も、どんなやつがいるのかも知ってる。
それでも考えは変わらない、いや、変えれない。
「っ……お前ひとりで何が出来るってんだ!!」
「私一人では、何も出来ないかもしれないけど! 私にはっ……セリムもいる! ララお姉さまもいるし、アニだっている、だから皆で頑張ればきっと助けられるわよ……!! みんなだって、多かれ少なかれユーリのことが、大切でしょ……!」
本気で怒鳴るセリムに、私は辿々しく言葉を返していく。
セリムは私と同じで七年以上の時を過ごしているし、アニはユーリを面白ぇ女判定している、ララだって私が興味を持ってる気になる相手の筈、だから、きっとユーリのためなら皆動いてくれる筈なのだ。
何故ここまで必死なのか、それは
ユーリ奪還イベントはもし失敗するとユーリが死ぬバットエンドに直行するからだ。
そもそもおかしい状況で始まったこのイベント、これが、もし奪還イベントに進んだとして、私の記憶通りに動いても上手くいくかは分からない。
だって現状がゲームのシナリオと違いすぎるのだから。
そんな一世一代の賭けには、乗れない。
「一応私もいるんだけど、忘れないで欲しいな」
「……アベルっ……」
私とセリムが睨みあっていればふと、いつもの感じで王子が現れて私のもう片方の肩に手を置いた。
「アベル様、何故ここに? 今頃お側つきが避難誘導されているところでは」
勿論一番最初に反応したのはララだった。
当たり前だ、アベルはこの国の王子、一番に安全が確保されている筈の存在なのだからここにいるのはおかしい。
「ああ、そいつらなら……撒いてきた」
だけどアベルは笑顔でそう言って普段は絶対にしないグッドサインを指で作ってみせる。
「何してんだよお前は!」
突っ込んだのはセリム。
いやでも私も突っ込みたかったけど。
本当に何してんだこの王子。
「何って、ライバルがここまでしてユーリを守ろうとしているのに私だけはい避難なんてことしたら立場が危うい」
だけど思案するでもなくアベルは簡単にそう言いきってしまう。
「国の王子という人の立場を危うくしているのは君自身な気もするけどね」
アニの言う通りだけど、きっとここまで思いきった性格になったのは少なからず私のせいでもあるだろうからそれについても何も言えない。
むしろ自分も自身よりユーリを優先しようとしてるわけだし。
「ということで、駒は揃った、シグナはいないが代わりにララ様というとても頼りになるかたもいるわけだ、あの時のように上手く立ち回ってくれるだろう、ねぇハイネ!」
そしてアベルはそう言いきるといつか私が彼にしたことを真似るように背中をバシッと叩いた。
「っ……今から指示を出すわ! その通りに動いて頂戴、お説教は……後で受けます!!」
私はそれに押し出されるような形で、必死で頭を回転させて思考を巡らせていく。
現状、手札、するべき行動、避けなければいけないこと、全ては即興劇で、ユーリを助けるためだけに。




