プロローグ
アラームが鼓膜を刺激する。
時刻は午前5時。眠い目をこすりながら自分の部屋の扉を開けると階段をゆったりと降りて行く。
「おはよう!」
母の声だ。
「おはーす!」
毎日、朝練のために早起きしてくれる母には感謝している。
炊飯器から米を茶碗へと移し席に着くと母が出来立ての味噌汁を運んで来る。
「ありがとう……。いただきます!」
ボヤける目が覚めていくような味噌汁の熱さ。豆腐が俺の舌を刺激する。
「熱っ!」
思わず声が出てしまう。
「良く冷ましてから飲むのよ!」
「……は〜い」
それから良くフーフーしてから味噌汁を口に運ぶ。
――――これで適温だ。
それから勢いよく米も口の中へと頬張りこむと、あっという間に朝食の終了だ。
ここからが忙しい。外へ出ると、晴天の光によって乾かされた部活着を丸め込むようにしてカバンの中へと詰め込む。
それから歯磨きをさっと2分ほどで済ますと、制服へと着替え家を飛び出す。
「行ってきまーす!」
「いってらっしゃ……」
母の声を全部聞く前に扉が閉まる。
勢いよく走り出そうとすると靴が潰し履き状態のため足をスムーズに動かせない。
「っ!」
つい舌打ちをしてしまった。先輩にこのような態度を取らないように日頃から気をつけなければならない。
つま先をトントンとすると靴はすっぽりとはまり、足取りが軽くなった。
学校までのダッシュから俺の1日が始まる。
俺の名前は太田 志呂。中学二年生、14歳だ。
毎日、サッカー部の朝練のため、このような朝早くからの生活を送っている。
もちろん目指すのは全国大会。
そのため、中学に入学したときに覚悟の印として髪の毛を刈り、ピカピカに光らせた坊主でこの青春を真っ当している。
晴天のグラウンドへ着くと後輩がチラホラ。同学年は自分だけだ。
「志呂先輩。おはようございます!」
「おはようございます」
次々に俺へと後輩が挨拶してくる。
それもそのはず、この名門校で2年生で唯一スタメンを張っているのだから、尊敬の眼差しを向けられるのは当たり前っちゃ当たり前。
とは言っても、実力的にスタメン落ちも十分にあり得るので朝早くから練習をする。
この日は、後輩にボールをあげてもらい競り合った状態でヘディングの練習をする。
前回の試合での反省点だ。
俺は体力とこの気合いだけが取り柄だ。それでチームで生き残っているもの……。練習し、磨きをかける。
「いきまーす!」
掛け声と共に後輩が蹴り上げたボールが競り合っている俺たちの方へと綺麗な放物線を描いて、落ちてくる。
そこだ!
タイミングを見計らい、競り合っている後輩をグッと押すと、落ちてくるボールへとピンポイントで頭を突き出す。
ーーーーー
ボールは綺麗に弾き返された。
「やっぱ強いっす先輩!」
「ふん!」
俺は自信気な顔をして後輩を見下ろす。
こんなところで負けていられない。来週には大会だ。ここで全国大会への切符を掴み取る。それが今の目標だ。
俺の青春は全て部活動に注げる。それこそがカッコいい生き方。
「おー!もうやってたのか……」
部室の扉が開くと一際大きな体格の男が出てきた。
「部長……!」
「部長!おはよーございまーす!」
「部長!おはようございます」
口を揃えて俺たちはそう言う。
「おはよう……!」
かっこいい!背も高く、ガタイが良い。そして何より短髪の7:3分け。これぞ憧れの先輩。
「志呂も毎日早いな!」
「はい!来週、大会ですから!」
やはり憧れの人に話しかけられるとテンションが上がる。部長と話す時だけ背筋が伸びる。
「よ〜し!じゃあ俺も混ざろうかな!」
部長はアキレス腱を交互に伸ばすと、軽く首を鳴らす。
「はい!」
「よろしくお願いします!」
部長は俺の憧れだ。少年サッカーの時代から同じチームで一際目立つ存在。毎日、朝練で切磋琢磨できるなんて素晴らしい。
「じゃあお前達!気合い入れていくぞ〜!」
部長の遠吠えで俺たちのハートに再度火をつける。
「おー!」「おー!」「おー!」
俺たち3人は口を揃えて唆る背中を前に出し再び朝練に熱中する。
授業はだるい。
正直、やりたくない。1〜5限まで全て睡眠で終わらすと、勢いよく教室を出る。
廊下には、たむろする生徒や公共の場でイチャつくカップル。
それらを押し退けてグラウンドへと向かって行く。
今日の部活は終了。
充実した練習だった。
このような毎日が続けばいいのに……。と思うのだがこの大会で先輩達は引退だ。
まあ悲しむことはない。だって全国で勝ち上がれば勝ち上がるほど先輩達の引退は遠のき、先輩達も満足して引退させられる。
と、そんなこと考えていると頭が冷えてくる感覚があった。
「冷た!」
俺の頭からポタポタと水が垂れてくる。
反射的に声が出ると後ろの方で部長や先輩達がクスクスと笑っている。
先輩達のイタズラだ。
「何するんですか!」
「いや〜なんか固まってたからついな……」
「ついって……」
「まあ、もっとリラックスしろってことよ!」
部長の一言は素晴らしく優しい。
「お前は最後じゃないんだからな!」
「それって……負けるみたいな感じ出てますよ!」
こういうのをフラグと言う。
もちろん、1、2回戦で負けるようなチームでは無いが、油断もできない。
「負けねえよ!絶対、全国に一緒に行くぞ!」
部長は優しく微笑みかけてくれた。それだけで勇気が湧いてくる。
「はい!」
俺たちはこの優しい先輩達と全国大会へと行く。心に深く刻んだ。
帰り道は同級生のたくみと一緒に帰宅する。
これも日課ちゃ日課だ。
たくみとは小学校の頃から一緒にサッカーをしている仲だ。
たくみもサッカーの実力は同級生の中なら俺に次2番手だ。
ただし、許せないのはここからだ。たくみはイケメンだ。
パッチリとした二重にスポーツマンとは見えないマッシュ。運動部なら分けるのが基本だろ。
「コンビニ寄ろうぜ!」
「おう!」
さらさらとしたマッシュの髪の毛が視界に入るたびにイライラする。
コンビニの前に行くと女子生徒が二人、扉から出てきた。
「あ、たくみさんだ〜!」
どうやら後輩のようだ。なんとなく、たくみと話しているのを見たことある。
「あ、くみちゃん!なに?学校帰り?」
「はい!バレー部の帰りです!」
バレー部女子と親し気に話しやがって。むかつく。
「そうなんだ〜。じゃあね〜!」
「バイバーイ!」
羨ましいなんて思ってないぞ!なんせ俺は部活動に命を捧げた男。恋愛なんて必要ないんだ。
後ろから女子二人の「たくみさんってかっこいい」的な話が聞こえてくる。聞く耳を持たない持たない。
「おい!たくみ!何か奢れ!」
唐突に出た言葉がそれだった。
「え〜やだよ!俺金ないし」
まあスタメンは奪われていないし、今回は見逃してやるか。
俺はアイス、たくみは水を買うとコンビニを後にする。
コンビニで水とか美意識を高い感じがしてそれもムカつく。
「おい!あの子達ってどこで知り合ったの?」
「いや〜体育祭の時に写真撮ってくださいって言われてからなんとなく話すようになったって感じかな」
俺は体育祭で誰にも声をかけられなかったのだが……。
「彼女とか作らないの?」
「う〜ん……。まだいいかな〜。今はサッカーで忙しいし」
イケメンでこういう対応をする奴がなんせムカつくぜ。
「そういう志呂は彼女作らないの?」
「俺はいらない!」
「あっそ!」
勢いよく答える。俺はいらないと毎日、何回も頭の中で言い聞かせている言葉だ。
「でも、志呂はモテないからな〜」
たくみはにんまりとした顔で俺を覗き込んでくる。
「うるせえ!俺はいらないの!」
「嘘つけ〜。お前の憧れの部長だってめっちゃ可愛い彼女がいるのにな〜」
「部長は部長。俺は俺だ!」
部長はめっちゃ可愛い彼女がいる。もう学校のマドンナと言っていいほどに。それに、もう2年も付き合っている。
憧れる〜……なんて思ってないんだから。
「そんな話をしていると部長だ!」
たくみが指を刺すと交差点の反対側に部長が彼女と歩いていた。
背の高さもちょうど良いくらいで理想のカップルと言える。
「声かけるか?」
お調子者のたくみはそんな提案をしてくる。
「ダメだ!デートの邪魔しちゃうだろ!」
これは部長が部長という職をまっとうした後にあるご褒美の時間だ。決して邪魔などしてはいけない。
と思っていると向こうから部長が手を振ってきた。
「部長〜!」
「おい!たくみ〜」
たくみは一目散に部長へと駆け寄っていった。
それの後を追う感じで俺も部長の元へと走っていく。
「たくみ!しろ!今日も一緒なのか〜!」
「なになに〜それはそちらさんもでしょ〜!」
「いやいや……」
部長は照れ隠しのように頭をポリポリとかく。
「部長、すみません。せっかくの下校なのに……たくみが……」
素早くたくみのせいにする。
「いや、全然大丈夫よ!」
部長は笑顔で返してくれる。なんて優しいんだ。
そんな会話をしていると彼女さんが笑顔で俺たちの顔を見てきた。
女子への耐性がない俺は少しだけ照れる。
一方で女子慣れしているたくみはすごく自然体だ。
「サッカー部の後輩さん?」
「はい!」
この状況で俺も素早く返事ができる人間になりたいぜ。本当にたくみを尊敬する。
「いつもあつしから聞いてるよ!後輩が可愛い可愛いって!」
あつしとは部長の本名だ。彼女さんはとびっきりの笑顔で俺たちに話しかけてくれた。
さすが学校のマドンナだ。全てが輝いて見える。
「やめてくれよ。恥ずかしいだろ!」
照れてる部長とはレアだ。部活じゃ見ることができない。明日あたり部活でみんなに言ってやりたい。
「部長達はこれからどこに行くんですか?」
たくみは両手ガッツポーズを取り膝を少し曲げ、目を輝かせながら今日のデートプランを探った。
「今日は隣町のカフェにでも行こうかなんて……」
「careerっていう美味しい店ができたのよ!行ったことある?」
俺は無いな。
「あ〜なんかバド部の女子がなんか話してました。チェリーパイが美味しいって言ってました」
ほんとにたくみの野郎は……。どんなコミュニティがあるんだよ。
「ほんと!じゃあ食べてみようかしら〜」
「是非是非!」
たくみがグッとサインを出す。
お前が食べたわけじゃ無いのに自信気だ。
「じゃあそろそろ行くわ!お前らは主戦力なんだから体調に気をつけろよ!」
「部長もですよ!夜な夜な彼女を家に連れ込んで変な事ばっかりしないでくださいよ〜!」
たくみのやつ部長になんてことを……。
部長カップルは顔を赤くすると、笑いながらその場から急いで立ち去るように顔だけこちらに向けて駆けていった。
その時、右折をするトラックが死角から飛び出してきた。
部長達は体は走っていても顔はまだこちらを向いている。トラックには気づいていない。
多分、トラックの運転手も気づいていないと思う。
俺の頭の中に色々な想いが駆け巡った。
部長はこのまま行けばトラックに跳ねられてしまう。しかし、引き留めたとしてももう遅い。
その時、自然と俺の体は動いた。
――――――
部長には最後の全校大会が待っているんだ。こんなところで跳ねられてしまったら元も子もない。
部長達の死角から勢いを落とさずトラックは突進してくる。
部長達はトラックを目の前にした時に初めて存在に気づいただろう。
その瞬間、俺は部長達を体全身を使い、吹き飛ばした。
横にはトラック。だんだんと時間がスローモーションのようにゆったりと流れていく。
これが死か……。
どうやら俺は撥ねられたようだ。
意識はまだかろうじてある。
でも、体は動かないし、身体中に痛みを感じないほどの何かが起こっている感じがある。なんとなく死が近いことを感じる。
目の前にはたくみと部長。そして彼女さんが涙ながらに何かを言っている。
だが、聞こえない。
意識がどんどんと薄れていく。もっと生きたかったな〜!
でも、良かったのかもしれない。
憧れの先輩を救えたんだ。
これで部長が最後の大会を悔いなくやり切ることができる。
そして、俺の穴も必ずたくみが埋めてくれるだろう。
毎日、充実した日々だったと感じる。
悔いはないことは無い。
このままサッカーを続けていればプロになれただろうか。
多分なれなかっただろう。
才能というものは必ず必要だ。
俺は努力をする才能はあったかもしれないが技術的な才能は乏しかったと思う。
だって取り柄が体力と気合いだけだからな。
それに、本音を言うとやっぱりイケメンに生まれたかったし、モテたかったし、彼女も欲しかった。
お父さん、お母さんにお嫁さんを見せたかった。
毎日、自分の生活リズムに合わせてくれたのだ。なんの親孝行もせずに消えていくなんてなんて無礼な子供だ。
でも、あなたの息子は人を助けて亡くなった、と言われれば少しは誇らしいだろう。
あ〜どんどん視界が暗くなっていく。
死ってこんなあっけないものなのだな。
最後に感謝しよう。
ありがとう。お父さん。お母さん。
ありがとう。サッカー部のみんな。
俺に関わってくれた全てのみんな……。
本当にありがとう!




