第43話 砂漠の道先案内人
アヤメちゃんとの砂漠冒険を終え、一週間が経った。
何かあったようで大したことはなかった。砂嵐を見に行ったり、サクに鍛冶を見せてもらったり、メイドを家に招いて皆でパーティーゲームしたり。
僕としては、アヤメちゃんとのコミュニケーションをいっぱい取れて良かったと思う。
おしゃべりになでなで、料理に読み聞かせにゲームと。存分に同棲生活を満喫できている。
が、しかし。
夜である。不意に目が覚めた。足音だ。
「……」
ここはアヤメちゃんの家。敵はいないはず。……ただし教団と関わった今、古代魔術を使える相手が侵入する可能性もゼロではない。
目を開け、ベッドから降りようと――。
「ユーリ~~」
「うわあああ!!!?」
「ぴゃぁっ!?!?」
我が家のお姫様が暗闇から飛び出てきた。
びっくりした。アヤメちゃんがすぐ近くにいた。びっくりしたぁ……。
「……ふぅ」
「むぅ~~」
拗ね姫様だが……。
「……アヤメちゃんが驚かせたからだよ?」
「むぅ」
自覚はあるのか、頬の膨らみが消えていく。可愛い。
「……ふむむ」
いくらか考えて。
「……ユーリ。こわい夢を見ました……」
本題だ。怖い夢らしい。
「夢?」
所在なげに立ち尽くしているので、隣をぽんぽんして座ってもらう。ついでに布団を渡して温もりを分けてあげた。
「……倒しても倒せないんです。……いっしょに来てくれますか?」
「? よくわからないけど、一緒には行くよ?」
別に理由はいらない。アヤメちゃんが困ってしょんぼりしている。それだけで行く価値がある。行く価値しかない。
「……」
ベッドから出て立つ。寝起きの体を起こし、頭を回す。悪くないコンディションだ。
「えへへ」
「え。どうかした?」
笑顔の姫様だ。夜中でも全然超可愛い。
「えへ~、なんでもないでーすっ。いっしょに行きましょうね!」
やたらご機嫌なアヤメちゃんに連れられ、彼女の部屋へ。部屋の中心でエイラが発光している。いや発光はいつもか。
「ユウリ、お手をつないでさわるんですっ」
言われ、普段より二割増しで発光中のエイラに触れる。
瞬間、視界が閉ざされた。ぎゅっと繋がれた手の温もりだけが現実を教えてくれる。
数秒。
開けた視界に映る亡霊のような魔物。ピラミッドの隠し部屋で見た砂色のヒト型に似ている。
準備する間もなく、身構える暇すらなく戦端は開かれた。
――――――
――――
――
撃破である。
『ピラミッドが主、ムッホ王の安寧を妨げる者を滅せよ。西と南。それぞれに負の念が渦巻いている』
先の戦いは「力を示せ」的なものだったのだろうか。なんにせよ。
「どっちでもいいのかな、それ」
『二つを滅した暁には、ピラミッドの秘宝を授けよう』
「話聞いてくれる感じじゃないか……」
「ひほう?」
「秘宝ね。秘密の宝」
「ひみつのお宝!!」
『安寧が崩れた際、ムッホ王はホッム王に反転し世界を砂で覆うだろう』
「すごい馬鹿っぽいのにやること最悪すぎる……」
「わたしたちで頑張らないとですっ」
むんっと気合を入れている。なでなでしてあげた。
「ふふー、いっしょに頑張りましょうっ」
「うん」
夢か妄想かわからない空間から、アヤメちゃんの部屋へ戻った。
笑顔を取り戻したお姫様はすぐにベッドインだ。
「ユーリもいっしょに寝ますか?」
「――……」
純粋な眼差しだ。
深呼吸。僕はベテラン童貞。ゆうわくにはまけない。
「……遠慮して、おく……ッッ」
心身を奮い立たせ踵を返す。
凄まじい誘惑を振り切って、ちゃんと「おやすみ」を伝え、どうにか自分のベッドに入った。
「……」
しかし……今さらだけどアヤメちゃん、寝間着……というか下着だったなぁ。大変なことだこれは……。寝るとき下着姿っていうのは……やっぱ、すごいぜ……。
◇
翌日である。今日は考えたいことがあって湧き水池の畔にやってきた。
「……ふぅ」
街中に湧く水。北の氷河が溶けて雪水がどうとか、そんな話を前に聞いた。
水が湧くなら緑が生えてもよさそうなものだが、周囲には見当たらない。
根本的に乾燥した砂漠、ということなのだろう。不思議な環境だ。
「……」
教団に追われる可能性と冒険の継続についてはアヤメちゃんと話せた。ピラミッドの亡霊も出てきたことだし、その辺は解決だ。
亡霊は『ピラミッドが主、ムッホ王の安寧を妨げる者を滅せよ。西と南。それぞれに負の念が渦巻いている』と言っていた。
「……なんだよムッホ王って」
いや名前を馬鹿にするのはよくないか。けどムッホ王は……まあいい。
問題は西と南。それと負の念。
魔物なのか、教団なのか。別の何かか。わからない。
ピラミッドに巣食っていたのは男装教団だし、西と南にも教団の魔の手は伸びていると考えるのが自然だ。
であれば、用心するに越したことはない。ロカ、強かったし。
あとは西と南、どちらへ行くかだが……。
「……アヤメちゃんに相談しよ」
一人で悩んでいてもしょうがない。黄昏るのはやめよう。あぁでもせせらぎが良い感じで――。
「呼びましたか?」
「――」
え、あれ。僕の心臓動いてる???
「ユーリ~?」
「わあああ!!!!」
「ぴゃっ!?」
……気づいたら美少女がいた。なんてことだ。びっくりした。
「むぅぅ~」
「やあお嬢さん。今日も可愛いね」
ほっぺたもちもち拗ね姫様。お可愛い。
「びっくりしましたー!」
「ごめんて」
ぽこぽこ叩いてくるのでなだめる。
適当にしりとりを始めたら機嫌を直してくれた。それでいいのかお姫様……。
「ユーリ、こんなところでなにに悩んでいたのですか?」
こんなところ……。
「次どこに行くか考えてた」
西か、南か。
草原か、海か。
悩ましい。
「アヤメちゃん、どっち行きたいか決めて……」
見て、とっても考え中な顔に苦笑する。
「ふむむ……」
「……は、ないみたいだね」
お悩みお姫様だ。
池の畔、アヤメちゃんのためにコートを敷く。レジャーシート代わりだ。僕自身は地面に座り、隣をぽんぽん叩く。
「えへへ、ありがとうございます」
「うん」
ちょっと気恥ずかしいか。
キザな褒め言葉を言うより、こういうのの方が照れる。
「えっと……何で迷ってたの?」
「決め手にかけるのです」
決め手か。
確かに情報が足りない。
海は海。草原は草原。今のところこれ以上の情報がない。
「ふーむ」
まあ、やっぱ僕はどっちでもいい。
決め手に欠けるとは言うが、どうせ両方行くのだし前も後も関係ないのだ。
「僕はどっちでもいいから、アヤメちゃんの好きな方を選びな」
隣のお子様姫は「ふみぁ」と鳴いて、余計に悩んでしまった。
時々謎のカワイイ生き物になるアヤメちゃんがとても可愛いと思う。
「至極同意しましょう」
「……急に湧くのやめよう?」
心臓が止まるかと思った。
「それよりユウリ、アヤメ様の方針が未定のようです。アドバイスをしなさい」
「無視ですか。いいけどさ……。アドバイスも何も、持ってる情報量同じなんだし言えることないよ」
それにアドバイスなら僕よりエイラの方が適している。色々知ってそうだし。
「はぁ……」
「……なんで溜め息吐かれたんだろう」
「ラブコメの鈍感主人公ではないのですから、察しなさい。肉体に引きずられているとはいえ、長生きした老人でしょう、あなたは」
「ぐっ……」
痛いところを突かれた。メンタルダメージだ。
「……好感度でしょ、どうせ」
「はい。アヤメ様との信頼を積み上げないあなたに価値はありません」
「ひどい……」
仕方ない。アドバイスしてみよう。
「えっと、アヤメちゃん」
「はい?」
【選択肢】
1、花は良い
2、海は良い
3、十日くらい家でだらだらしない?
迷う。迷うが、ここは僕の好きなものを選ぼう。
【1、花は良い】
「どんな花があるかわからないけど、春なら桜だよね」
懐かしい前世。
春。
毎年のように通っていた桜公園。有名な場所ではない。人の多い場所でもない。
偶然見つけて、なんとなくで毎年訪れるようになった。誰と花見をしたわけではないけれど、桜の美しさは孤独や寂寥なんて吹き飛ばしてくれた。
この世界で自由な親元に生まれ、それなりに愛されて育った自覚はある。ただしそこに前世ほどの情景の広さはなかった。
ポンデには魔物がいたから。ダンジョンがあったから。幼子連れての旅なんてできるわけがない。
見聞を広める……なんて大仰なものじゃないけど、旅行も絶景も縁のない生活だった。だからこそ、前世の記憶は未だ色褪せず残る。
「綺麗だよ、桜は。言葉で言い表すのが難しいくらい……綺麗だ」
陳腐で碌なアドバイスになっていない気もするが、これしか言えなかった。
目で見て知って、体感しないとわからない。桜とはそういう類のものだと思うのだ。
「……うん。アヤメちゃんと一緒にお花見できたら、僕は嬉しいかな」
これでいい。この言葉がしっくりきた。
この子に桜を見てもらいたいし、二人で散歩でもできたら……きっと、良い思い出になる。
「……」
「アヤメちゃん?」
アヤメちゃんは何とも言えない、曖昧な顔をしていた。
この子は時々、今みたいな妙に大人びた顔をする。
「ユーリは、たまに……たまに、わたしの胸をびっくりさせます」
「胸をびっくりって……」
そうだろうか。彼女が言うなら、そうなのかもしれない。
「ユーリ、いっしょにお花見しましょうねっ」
「ん? ふふ、うん。一緒にお花見しよっか」
ほんわか嬉しそうなアヤメちゃんに頷く。
何故か普段の数割増しにご機嫌度が高く見える。
「~♪」
「ねえ、僕そんな喜ぶこと言った?」
「え~、ないしょですっ♪」
内緒らしい。どういうことだってばさ……。
「――Nice Communication」
何やら呟いているエイラはすべてをわかってしたり顔だった。顔とかないけど。
まあ、何はともあれ。
「お花見草原、行きますかー」
「いっしょにお花見ですっ!」
次の冒険先、決定である。
中途半端に思えますが、シナリオ的には起承転結の「起」が終わりです。
ゲームシナリオはここまでしか書いていないので、章が完成次第ノベル化をする予定です。
次は「砂乙女編」と同ボリュームの花見と海の二つを作るので、それなりに時間はかかると思います。
ちなみにですが、ゲーム内だとこの「冒険イベント」以外にメインで「同棲イベント」があります。ノベルでさらっと流した「頭撫でる」とか「おしゃべり」とかです。
続きはかなり後になると思いますので、一度完結にしておきます。
お付き合いいただきありがとうございました。続シナリオとゲーム完成をお待ちください。




