第42話 ルート
メイドの露店を離れ、エイラとアヤメちゃんがおしゃべりしているのを横目にフラフラと歩く。
何故か気が惹かれる。意識が持っていかれる。
二人から離れ、引き寄せられるようにテントへ――。
「ユウリ? 今度はそっちへいくのですか?」
――前に、とてとて寄ってきた少女に止められた。
「ユウリ?」
「なんでもない。……入ってみよっか。一緒にね」
ほんの少し、テントの怪しげな雰囲気に意識を持っていかれていた。
まるで僕だけを呼び寄せるような……。
ドアのないテント。薄カーテンをめくり入ると、テントとは思えない光景が目に飛び込んできた。
円柱状の天井。たっぷりの陽光を取り込んだ先、中央には台座と紫水晶。左右に並び立つ柱の奥には数えきれない本が棚に収納されている。点在する蝋燭が煌々と橙の焔を湛えていた。
神秘的、それもとびっきりに魔法寄りな神秘に満ちた空間だった。
「……すご」
「っ! っ!!」
感嘆の声を漏らす僕と異なり、隣のお子様は僕をぱたぱた叩いて揺すって、元気よく跳ねていた。
そう興奮するのも無理はない。
テントの中はそれだけ別世界だった。でもあんまりくっつかないでね。ドキドキしちゃうから。
「ホホ。おやまあ、一人かと思ったがねぇ……」
水晶の奥、長い黒のローブを纏った老婆がいた。
アヤメちゃんと目を見合わせ近寄る。
「ホホ。いいさいいさ。おまえさんら、そう警戒するもんじゃぁないよ。あたしゃ見ての通り占い師。おまえさんらの未来を視てやろう」
胡散臭い。警戒心強める僕らに口元をニタリと歪める。もっと胡散臭い。
「なあに、最初はタダさぁ。最初はねぇ。ホホホ」
僕らが何か言う前に、紫水晶が淡く輝く。
二人して視線を吸い寄せられてしまった。
「ホホ。ふーむと。ナルホド。男のおまえさんは……ホホ。デッドエンドまっしぐらじゃなぁ。ホホホ」
「デッドエンド?!!?」
嫌な未来だ。
「運命力は相当あるようだねぇ。ま、放っておいてもどうにかできるさ。ホホ」
また知らない単語が増えてしまった。運命力ってなんだよ……。
「女のおまえさんは……ホウホウ……数奇な線だねぇ。しかし……ホホ。既に道は重なっておるのぅ」
ごくりと息を吞むアヤメちゃんは素直で可愛い。老婆さん、僕を意味深な目で見ないで。占いも意味不明だし胡散臭いし。
「……要するに?」
一応、尋ねておく。普通こういうの詳細は教えてくれないが……。
「ホホ。マルチエンド方式ということだのぅ」
「具体的すぎる……」
急にエロゲー風味入れてくるのやめてほしい。剣と魔法を返して……。
「まるちえんど……?」
「ホホ。おまえさんの未来が複数あるということじゃぁ。抹茶パフェを食うか、チョコパフェを食うか、そんな違いさぁ」
「急に現実的だ……」
ふんふんと納得しているアヤメちゃんは占い師から色々聞いていた。主に食べ物のことだ。
「マルチエンドであるなら、アヤメ様ルート1、アヤメ様ルート2、アヤメ様ルート3以下省略といったところですね」
だからエイラは急に湧かないでと……いやいいか。
「……他のルートは?」
「? あぁ、すみません。エイラルートはアヤメ様攻略後に解禁されるので、実質攻略不可です。ファンディスク対応ですね」
「ものすっごい俗的なこと言うのやめよ??」
帰ってきて!剣と魔法のファンタジー!!
「なんでも構いませんが、アヤメ様以外に目を向ける余裕があなたにはないでしょう」
「……まあ、ね」
今もソフトクリームの味で悩んでいる美少女だ。占い師の老婆から飴をもらって喜んでいる。
あんな無防備な女の子から目を離すのは……無理だ。心配だし、可愛いし、ずっと見ていたいし、可愛いから。
しかし、マルチエンドか……。
「どのような未来を歩むにせよ、アヤメ様との交流を深めなければ始まりません。日々アヤメ様を喜ばせなさい」
「はいはい」
地道に好感度を稼いでいこう。過ごした時間こそが僕らの思い出になるのだ。
――その後帰宅し。
パソコンで調べ物をしていたアヤメちゃんが、神妙な顔でベッドごろごろ勢の僕の下へやってきた。
「ユーリユーリ」
「へいはい」
「わたしのるーとはどんなものなのでしょう?」
「んぐぬ……」
だらだら仰向けで見上げていたが、変にむせそうになったため姿勢を整える。
ベッド縁に座り、隣をぽんぽんする。お姫様が滑り込んできた。
「急にどうしたの。ルートって」
真面目なお顔も可愛いが、この子には笑顔で居てほしい。なでなでだ。
「んぅ……いっぱいなかよしになっても、ずっと一緒るーとはないのでしょうか……。わたしはユーリるーとに入れないのでしょうか……もう入っていますか……?」
いっぱい考えて悩んで、わからないから僕の所へ来たようだ。
寂しそうに、不安でいっぱいの表情。メンタルケアをせねば。なでなでじゃ足りない。
「アヤメちゃん、嫌だったら言ってね」
「んぅ?――ぴゃっ……」
ぎゅっと、小さな身体を抱き寄せた。腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「ぎゅー」
こんな小さい体で、どれだけの重荷を背負っているのか。僕程度じゃ想像もつかない。
だからせめて、今だけは彼女の傘になってあげよう。
「ん……ぎゅー、されちゃってます」
「あったかいでしょ」
「……はいっ」
大人しく、静かに身を任せてくれる。
「アヤメちゃん。このまま聞いてくれる?」
「……ん」
こくりと、小さく頭が縦に動く。ありがとう、と少女の頭を撫でて続ける。
「僕たちは確かにまだまだ"仲良し度"が低いかも」
出会って数日。体感時間が長く濃密な時を過ごしているせいで勘違いしそうだが、アヤメちゃんと過ごした時間はほんの僅かだ。無論、平行世界云々は今は横に置いておく、
「でもね。時間はたくさんあるんだ。忘れちゃだめだよ。僕たち、冒険が終わるまで離れられない呪いにかかってるんだから」
「ぁ」
未だ思い出が少ないからこそ、これから積み重ねていけるのだ。"仲良し度"も"親密度"も。いくらだって稼いで高めていこう。
「それにね」
お姫様を離し、至近距離で藍の瞳を見つめてニッコリ笑う。
「もう君は、ユウリルートに入っちゃってるから」
だから大丈夫と、もう一度抱きしめ頭を撫でてあげた。
「……えへ」
腕の中のお姫様は、心底楽しげに声を漏らし撫でられるがままでいてくれた。
これでまた仲良し度は上がったことだろう。
どんどん親しくなれるのは僕も嬉しいのだが……。
「はなしちゃやですよ~っ」
ハグを気に入って引っつくのはやめてください。僕の心臓が壊れてしまいます……。




