第39話 祝福と呪いの"好き"
「……ふぅ」
リフォームされた家を見て回り、一時休憩である。
料理とか、お遊びとか。やりたいことはあるが、考えたいこともあった。言うまでもなく男装教団についてだ。
「……男装教団か」
神様に言われてから頭の隅にはいつもあったが、今日初めてその存在を目の当たりにした。
構成員は皆、癖の強い人。サクのことを思えばやり方は真っ黒だ。ロカの話しぶりから、上の人間の意識は垣間見える。
"自分たちの意見を押し付ける質の悪い集団"
これがしっくりくる。全員が全員そうかはわからないけれど、少なくとも善意の団体とは到底言えない。……あまり、積極的に関わりたくはないな。
「残念ながら教団の手はこちらの地方にも伸びているようですね」
「……急に湧かないでくれ」
エイラさん。ぬっと出てこないで。心臓止まるかと思った。
「そうですか。冒険をするならば、否応なしに男装教団とは相対することになるでしょう。既にアジトを一つ潰し、幹部を撃退してしまっています」
「僕らが潰したわけじゃないのに……」
「相手がどう捉えるか、が重要です」
溜め息。全部ロカが悪い。次あったらアヤメちゃんに氷漬けにしてもらおう。
「……アヤメちゃんは、絶対冒険したがるよね?」
「はい。……あなたがいれば、アヤメ様も数年程度なら共に引きこもってくれるでしょうが」
「気の長い話だね」
「アヤメ様は……いえ、これは当人から聞いた方が良いでしょう。――アヤメ様、美しい髪が見えていますよ」
「!」
可愛い生き物が顔を覗かせているなと思ったらアヤメちゃんだった。可愛い。
「えと……ないしょのお話、ですか?」
ぽしょっと、声が小さく萎んでいる。
……なんだかしおらしいな。可愛いけど、そんな緊張しなくていいのに。
「ううん。冒険が危険になりそうだって話してた。一緒に話そっか」
言ってぽんぽんベッドを叩くと。
「お話しますっ!!」
ぱぁっと眩しい笑顔を浮かべて、勢いよく隣に滑り込んできた。
可愛さ無限大だ。
にしても、同じベッドに並んで座るって……ちょっと興奮するよね!
「……」
気を引き締めよう。馬鹿、今は真面目なシーンだよ。
「……今日、アジトに潜入したでしょ?」
「? はい。しました」
「ロカを倒したでしょ?」
「倒しました!」
可愛い。ドヤってるアヤメちゃんほんと可愛い。
「なので、僕らは教団に懸賞金をかけられたかもしれません」
懸賞金は冗談にしても、警戒対象とされたのは確実だろう。
「……けんしょうきん!」
びっくりしている。意味はちゃんと伝わっていそうだ。
「ふふー、ついにわたしも海の四天王になるんですね!」
「色々混ざってるね、それ」
海賊的な漫画とか、モンボ的なゲームとか。
姫様が振り上げた拳をやんわり下ろしてあげる。
「とにかくね、冒険に出て教団に出会ったら攻撃されちゃうかも、ってこと。ね? 危険でしょ?」
「……キケンです!」
ふんすと気を引き締めている。
「でもユウリ!ぼうけんにキケンはつきものです!」
……。
「……うん。そうだね」
ソレをわかって、僕も冒険者になったのだ。彼女にソレを説く権利が僕にはない。
冒険なんて、そもそもからして危険なものなのだから。
「で、でも……その」
「うん?」
「……わたし、ひとりじゃぼうけんできないです」
「――……」
しょんぼりと目を伏せる姿に、驚きと同時に納得を覚える。
エイラがさっき言いかけたことはこれか。
アヤメちゃんは……元気いっぱいで好奇心旺盛な可愛い女の子だ。
だけど、世界を知らない、外界を知らない人見知りな女の子でもある。
不安なのだろう。エイラがいるにしても、一人で外に出て旅をするのはきっと。寂しいし辛いし怖いのだ。
いくら彼女を一人の人間として尊重しようと意識しても、そこで突き放すのは違う。距離を取って見ているだけなのは……間違っている。
「アヤメちゃん」
お姫様の名を呼ぶ。
共に冒険をする仲間として、彼女のお友達として……それと、一人の大人として。
尊重し、大切にし、見守り、それでいて時に手を取り導いてあげる。
過保護なのも、放任するのも誤り。
一人で歩ける時は共に笑い、困った時はすぐに手助けできるよう隣に並ぶ。
それをするのが、人生の先達というもの。そうだよね、エイラ。
「――それでこそ、我が友。花丸満点です」
感極まった小声だった。僕の答えは正解らしい。
「ユウリ……?」
当の少女は沈み、困ったように手指を丸めている。
「はい、おててキャッチ」
アヤメちゃんのおててキャッチ。
自分の手を"おてて"って言うとキモイのに、可愛い子の手は"おてて"って言うの、変に可愛いのはなんでだろうね。可愛いからか。
「ゲットされちゃいました……っ」
可愛い。ゲットしてしまいました……!
「言ったでしょ? 僕、死んでも蘇るって。君を一人になんかさせないよ。君が嫌だって言うまで……ううん、嫌だって言っても一緒に冒険するから」
ユウリなんて嫌いです、とか言われたら鬱になりそうだけど、それはそれ。この子が冒険に飽きるまで、ずっとパーティーを続けよう。
「冒険はいつも一緒。僕と君と、エイラと。三人で一つの絆パーティーだ」
「……」
数秒待って。
「……わたし、びっくりしてます」
「そっか」
びっくり困ったお顔に微笑む。
握った手が温かい。僕より一回り以上小さな手が、きゅっと握り返してくれる。
懐かしいような、胸の奥がぽかぽかとあたたまるような。不思議な心地よさ。
「……ユウリは、どうしてわたしと一緒にいてくれるのですか?」
どうして、か。
「どうしてだろうね」
「わたし、まじめに聞いてますっ」
「ははっ。ほんとに僕にもわからないんだ」
理由、理由。彼女と冒険をする理由か。
探せばいくらでもありそうなものだ。
可愛いから。放っておけないから。守ってあげたいから。約束してしまったから。可哀想だから。心配だから。
砂漠の旅を経て、情が生まれてしまったのも大きいか。
可愛い女の子と一緒にいる時間が楽しいから。使命のためにちょうどいいとか、流されてとか、童貞的にワンチャンスないかなとか。
煩悩に欲望に打算に。我ながら人間らしく複雑で困る。
でも、そういうの全部ひっくるめて。
「……うん。アヤメちゃんが好きだからかな」
恋とか、愛とか。
そういう類の好きではないけれど、純粋で元気いっぱいな可愛い女の子を好きにならない人間はそういない。
万人に好かれる愛され系お姫様。それがアヤメちゃんだ。
「……」
「アヤメちゃん?」
なんだかすごく可愛い顔で驚いていた。そんな顔しても可愛いだけなのにね。
「……んぅ、急に、大好きって言われても……こまりますっ」
頬を赤くして縮こまる。目を逸らされてしまった。
「いや大好きまでは言ってないんだけど……」
「じゃあ、大好きじゃないのですか……?」
「……それは大好き、だけど」
「……わたしも、ユウリは好きです」
「ありがと」
嬉しい嬉しい。
「でも……好きだから、ずっといっしょにいてくれるのは、やっぱりわからないです」
「そっか……」
嬉しそうに、だけどどこか困惑を織り交ぜて言う。
アヤメちゃんはまだ情緒が成長途中だからかな。
僕みたいに、それはもう面倒くさく複雑に色々考えてからの"好き"ではないのだろう。
ただただ真っすぐに"一緒に居ると嬉しいから好き!"なのだ。たぶん。
「じゃあそれは宿題。いつか君が僕の言う"好き"を理解できるようになったら教えて? それまで僕らパーティーは、離れられない呪いにかけられてしまいました」
お姫様の頭を撫で。
「なので冒険はずっと続きます、と。いいかな?」
もう一度微笑みかける。
アヤメちゃんは。
「えへへ、ずっといっしょのシュクフクですっ」
はにかんで、きゅっと繋いだ手に力を込めた。
彼女にとって、これは呪いじゃなくて祝福らしい。
まったく、こりゃ呪いが解けても離れられないな。




