第34話 門を越えて
三度、勝利である。
分身も融合もフュージョンもなんのその。アヤメちゃんのミラクルパワーで門番は文字通り粉砕された。
「えへへ~♪」
「あの、アヤメちゃん?」
「はい!」
「……そろそろ降りませんか?」
門番との戦いは終わったが、僕の戦いはまだ終わっていない。
色々ときつい。今までずっと生殺しってなんだよって思ってたけど、生殺しは実在したんだ。
こんなの触ったり吸ったり嗅いだり揉んだりしたくもなる。おぉ性欲の神よ、この欲を――性欲の神って自称神様だったわ。
急に萎えて冷静になった。神様すごい!
「やですっ!」
「や、じゃないんだけどね……」
可愛いお返事。でもどうしよう。そのうち僕の腕が勝手に動いてセクハラして「エッチなのはだめです! きらい!」とか言われて気絶する自信がある。
「……なら、降りてくれたら後で別のごっこ遊び付き合ってあげるよ」
「えへへ~、お約束ですからねっ」
言うや否や、躊躇なく、瞬き未満でアヤメちゃんが僕の上からいなくなっていた。判断が早すぎて嬉しい限りだよ……。
「了解、お姫様」
約束についてはそれこそ後で考えるとして、だ。
「さて、門番。何か言いたいことは?」
「へッ、くたばれ盗人ども」
「負けをみとめなむぐぐ~~!」
「アヤメちゃんはちょぉぉっとだけお静かにね。交渉は僕に任せな」
お姫様の口を手で塞ぎ、エイラに引き渡す。今だけは彼女の唇の感触を忘れよう。グッバイ僕の手のひら。いやでも間接キスくらい――。
「ふんっ!!」
己の頬を張る。
「な、なんだ!? オマエ、頭がおかしくなったのかよ?」
「まあね、そんなとこ」
取り憑かれているんだ……性欲という名の、煩悩にね。
「それより、ちょっと話が嚙み合ってなさそうだから整理しようか」
かくかくしかじか。
外で出会ったサクと言う名の女性。
男装教団の正体。
ピラミッドへ通じる道が教団に塞がれていたこと。
かいつまんで説明する。
半分ほどはピラミッド内の探索冒険が目的だったが……それは言わぬが花。もう半分は教団調査が目的なのだし、嘘ではない。
「ハハハ! なんだよ、それならそうと最初から言えよな! 早とちりしちまったぜッ! 悪かったな。オレは一回死んで生まれ直すからよ。そいつらどうにかするのは頼んだぜッ! じゃあな!」
「え、ちょっ!」
呼び止める間もなく、門番は砂に溶けて消えてしまった。
「なんだよ死んで生まれ直すって……」
いったいぜんたい、どうなっているんだってばさ……。
「あの門番は魔物ではなく、エイラたち精霊に近しい存在のようですね」
「え?」
「残機無限のピラミッド守護霊とでも思ってください」
「なるほど」
さすがエイラ。わかりやすい。
「おはなし、終わりましたかー?」
納得したところで、アヤメちゃんがぴょこっと現れる。
「お待たせ、ごめんね」
「かまいませんっ。悪者はいなかったんですねー。でもでも、もんばんさんのいたところに宝物がありましたよ!」
「宝物?」
アヤメちゃんが見せてくれたのは、まごうことなき宝石だった。
青の宝石。原石のようにも見えるが、それにしては美し過ぎる。これもまた古代魔術に関わる何かだろう。
「きれいですっ」
「そだね」
アヤメちゃんは宝石に見惚れているわけではなさそうだ。美しいには美しいが、それだけ。宝より飯。美より食。まだまだお子様なレディである。
「……」
宝石を見て、ふと僕は思いついてしまった。
【選択肢】
1、君のほうが綺麗だよ
2、宝石よりも美しい、君の瞳に乾杯
3、アヤメちゃんはキレイよりカワイイだね
…………。
【1、君のほうが綺麗だよ】
「――アヤメちゃん、君のほうが綺麗だよ」
選んだのは定番の台詞だった。迷った果ての一番上さ。笑えよ、僕を。
「急にどうしたのですか?」
照れなど微塵もない疑問。悲しいね……。
「宝石も綺麗だけど、元気に冒険してるアヤメちゃんの姿のほうが綺麗だと思ったんだ」
「そう、ですか……」
あぁやめて。困らないで。童貞心にグサグサ刺さるからっ!
「えと、よくわかりませんが……ユーリはわたしが好きということでしょうか?」
「え?うん……うん、まあ、うん? うん。そういうこと……?」
困った。そうなのかな。好きって、どんな感じなんだろう。守ってあげたいとか、ご飯を食べさせてあげたいとか、笑顔が見たいとか。
そういうの以上の"何か"があると思うんだよね。好きとか、恋とか。……こんなんばっか考えてるから、前世でずっと童貞だったわけなんだけど。
「ん……そ、そうなんですねっ」
あ、そこは照れるんだ。
乙女心、ちょっと難しすぎない?
「えとえと、ユーリの気持ちはとっても嬉しいですけど……急にいろいろ言われてもこまりますっ。もっとえっと……ふわふわしてるときに言ってくださいっ」
「ふわふわ……」
ふわふわはわからないけど、タイミング云々は正論だった。
ごめん……出来心で言ってしまっただけなんだ。
「ふわふわですっ。好感度ゲットはたいみんぐが重要なんですっ」
「そっか。そうだよねー、ありがと」
なでなで。
ありがとうお姫様。ちょっと成長できたかも。
「えへ、えへへ~」
頬がとろとろに緩んでしまっている。あぁ可愛い。
「えへ。今のなでなではとっても好きですっ。ばっちりですっ!」
褒められてしまった。
やっぱり考えてするより、自然な行動の方が良さそうだね。学び学び。精進していこう。
にしても、宝石か。
「……そういえば、宝石入れられそうな彫像があったな」
思い立ったが吉日。
アヤメちゃんとの親密度を上げつつ、記憶にある石像へ。
思った通りちょうどよい隙間がある。
この石像は祈りを捧げる天使の像だ。彫像に宝石を嵌め込んでみる。
「……?」
「なにも起きませんか……?」
「……ほう。興味深い。ユウリ、宝石をエイラに渡してください」
「え、うん」
取り外し、エイラへ。
「やはり。これは古代の儀式魔術に利用する宝石です。ですが」
「……が?」
「ですが、現代の術師が回路を破壊し起動キーを作り替えています」
なるほど。
「ふんふん……」
訳知り顔で頷いているアヤメちゃんを手招きし、ちょこちょこやってきた彼女へ耳打ち。
「(エイラの言ってることわかった?)」
「(わかりませんっ。ユーリはわかったのですか?)」
「(ぜんぜん)」
二人でニッコリ笑って頷き合う。仲間だ。
「……ふぅ。お二人とも、要するにこれは、トラップです」
少々呆れたような声。二人ではにかむ。
「トラップ……!」
「罠か……え。じゃあ今なんでセットしたのに起動しなかったの?」
「単に設置の仕方を間違えただけです。向きと設置位置がズレていました」
「えー……」
不幸中の幸い……と思っておこう。
「トラップにかかったらどうなるのです?」
「本来であれば転移魔法陣が出現する仕組みですが……エイラたちの足元に魔法陣を生むようになっていますね。転移先はここより遥か東、大砂漠の流砂地帯でしょう」
流砂=底なし沼の砂バージョンだ。超危険。頬が引きつる。アヤメちゃんも怖がっていることだろう。
「わぁっ! 行ってみたいです!」
……うちのお姫様は物怖じしない。
「だめだよ」
「危険です。本当に行きたいのなら、透過能力を獲得してからです」
「むぅ、仕方ないです。さきのばしです」
ニコリと笑って先延ばしと言う。
いつかは行くのかぁ……。その時はさすがに遠慮しようかな。
「いつかいっしょに行きましょうね、ユーリ!」
「うん、いつか行こうね」
くっ……このぺらぺらな口をどうにかしたい……!
「――さてユウリ、アヤメ様。術式の修正は完了しました。宝石を台に嵌め、黒幕の下へ向かいましょう」
姫様とコミュニケーション取っている間に、エイラは手早く解析を済ませてくれた。ありがとう。
「粗雑とはいえ古代魔術の知識を得ています。注意して腕力で押し通しましょう」
「腕力で押し通すんだ……」
「ふふん、わたしのぱわーの出番ですっ!」
「所詮魔術なぞ力のない者が扱う知恵でしかありません。圧倒的な力は知識を圧し潰すのです」
「れべるを上げてすてーたすでぶんなぐるっ、ですね!」
「あんまり汚い言葉は使っちゃだめだよ?」
「はぁーい、気をつけますっ!」
それじゃあ宝石を入れてピラミッドの黒幕、とやらの顔を拝みに行きますか。




