第33話 古代の間
古代魔術により隠し部屋からさらなる隠し部屋へ行けるようになった。
魔法陣に乗り、秘されし空間へ跳ぶ。
「――」
切り替わった視界に映るのは荘厳かつ美麗な装飾を施された聖堂だった。
遥か太古、この場で儀式でも執り行われていたのだろう。
真っすぐ伸びた道は石造タイルで埋められ、左右均等に柱が立っている。道の先には浅い階段が並び、進むに連れ道は狭まっていた。
天井は半円状に曲がり、魔術で作られたと思わしき光源の明かりを広げている。
天井、石柱、石壁とすべてに不思議な彫刻が為され、周囲に並び立つ石像も顔の皺まで表現されていた。
作り上げるのにどれほどの時間がかかったのか。想像もつかない。
「すご……」
冒険者、僕。今世にて初めての真なる神殿らしき場所に到達する。
ちょっと前までの僕じゃ、こんな強い魔物だらけの場所に入れなかったからなぁ……。感慨深い。
「宝物のお部屋ですっ!!!」
「宝物、かなぁ」
どう見てもボス部屋な雰囲気だ。水を差すのもアレなので、アヤメちゃんにはそのまま喜んでいてもらおう。
作戦は命大事にで。
「宝探しですっ!」
「あぁ……」
おぉ姫よ……。一人で行かないでくれたまえ……。
「……はぁ」
急ぎ足で元気いっぱいお姫様を追う。
できる限り、慎重に行こう
壁を調べて、装飾を調べて、柱を調べて、像を調べて。
ちょこまかと動くアヤメちゃんを追いかけ、一通り古代の間を調べ回った。
「ふむむ……」
お姫様、絶賛お悩み中。
「アヤメちゃん、何か見つかった?」
「なんにもなかったです……」
そっか、と頷く。
そう。僕らはこの部屋全体を調べ回ったが、特別何かがあるわけではなかった。
目でエイラに問うても否定だけが返ってくるため、古代魔術云々はここにはない様子。お手上げだ。
「一番奥のそれっぽい床踏んでも何も起きないもんね」
明らかに玉座のような位置づけの床。しかし何も起きない。
乗っても踏んでも変化はなく、どうするかと途方に暮れる。
「うーん、別の部屋もう一回探してみよっか」
「はい……」
しょんぼりお姫様には申し訳ないが、見落としがないか全部探してみよう。冒険は地道な探索の連続なのである。
階段を下り、てくてく歩き古代魔術式魔法陣に乗ろうとしたその時。
「――待てよ!」
力強い声と共に、BGMが変わる。
ばっ!と振り返り、即座に戦闘態勢。
アヤメちゃんは。
「いべんとですっ!!」
あぁ、うん。ちゃんとイベントあって喜んでるのね。……気が抜けるなぁ。可愛いからいいけど。
「はっ! オレの前を素通りするなんざ、百億兆年早いぜ! オレらの城に土足で踏み込む盗人ども! 門番のオレが正義の鉄槌を下してやるッ!!」
なんだ、このすごい熱血漢みたいな喋り口は……。魔物、だけど……。
「……ただの門じゃん」
魔物っぽい門なのか、門っぽい魔物なのか。
見た目は本当にただの門だ。上に三日月状の骨か何かが乗っているため怖い。街の門ではなく、悪い魔物の門といった風体。
門だろうが魔物だろうが、どっちでもいいけど正義を語るのはやめてほしい。なぜなら。
「ふふーん、セイギはわたしたちです! サクからおしえてもらいましたっ! わるーい人たちがこのピラミッドにいるんです!」
うちには物語的なモノに敏感なお姫様がいるのだ。
大きく胸を張り、鼻高々に叫んでいる。可愛いぞ。
「な、なにぃ!? く、くそ――へっ、そんな口車には乗せられねえぜ! 勝手に入り込んできたのはオマエらだ! オレは門番ッ! 墓所を守る門番ッ! 好き勝手暴れる盗人は悪だぁあああ!!!」
「ふふん、いいでしょう! わたしとユーリがサクのセイギを証明してみせますっ!!」
言葉数の多い門に、表情豊かなお姫様。
この子、いつになくやる気だな。やっぱりちゃんと部屋に何かあって嬉しいのかな……。
「ふぅ……何にしても、勝ってから考えよう。油断しないでね、アヤメちゃん!」
「ユーリこそですっ!」
二人同時に駆け出す。
僕は右、アヤメちゃんは左――。
「きっくです!!」
ではなく、真正面だった。チームバトルの意味よ。
「うおおおお!!」
うるさい門番にお姫様の跳び蹴りが刺さる。門は門。足もなければ手もないのでその場に固定されていた。
空気に衝撃を与えたり、目に見えない真空波を飛ばしたり、竜巻を起こしたり。性格の割に戦い方は完全に魔法使いだ。
アヤメちゃんはヒュンヒュンと動き回り殴打を加えている。相手の攻撃は全然当たっていない。しかしである。
「あぶない!?」
「いたい!」
「巻き込まないで!!」
「うわああああ!!」
……と。ユウリ君は吹き飛ばされごろごろと床を転がり壁に叩きつけられるのでした、まる。
「ユウリ、大丈夫ですか?」
「……うん。ありがと」
ふよんふよんとエイラが心配してくれる。嬉しい。
「敵の広範囲攻撃に対処できないとは、鍛錬が足りませんね」
「すみません……」
敵の攻撃間隔が早すぎるのだ。広範囲魔法連打とかずるいだろ。
結局、エイラのバリアで守られ、アヤメちゃんが無傷で門を倒すところを眺めているしかなかった。
「――わたしたちの勝利でーすっ!」
絶好調なアヤメちゃんのおかげで、サクッと勝利を収められた。サクっと……。
「……」
「な、なんだいエイラ」
「いいえ、なにも」
視線が厳しかった。つまらないギャグはよくないってことだね。自重しよう。
「ふふん、なにか言いたいことはありますか?」
「く、くそぉ、盗人のくせにやるじゃねえか……! だがな!正義は負けねえ!!うおおおおお!!!!」
ボロボロになっていた門番は謎に光り輝き。
次の瞬間。
「「へへッ。次はオレたちが相手だ!!!!」」
「ええ……」
二体に分身していた。分身って、門番みたいな謎生物が使っていいものじゃないでしょ。忍者とかが使うやつじゃないの……?
「も、もんばんがふたりに増えました……!!」
「あ、やっぱアヤメちゃんから見てもアレ門番なんだ……」
忘れがちだが、ここはダンジョンではない。
世の中広いのだし、理性的な魔物が居るのは僕も知っている。一例が超越種である。
あの自称神様も……僕ら人間的に当てはめると、たぶん超越種。エイラもきっとそっち側。何ならアヤメちゃんも。
僕? 僕はただの童貞。HAHAHA。……はぁ。
「……はぁ」
「ごめんて」
人の心を読むエイラも悪いと思うんだよね、僕。
「友の心を読むのは至って当たり前の権利ですが??」
「ええ……」
何も言うまい。
「ユーリユーリユーリ!!」
「はいはいはい!なに?」
「ぶんしんとばとるです!!」
「あぁそうだったね……うん、今度は頑張るよ」
「ふたりで頑張りましょうっ!!」
楽しそうだなぁ、アヤメちゃん。
「アヤメ様、良い笑顔です……」
一人で尊みに浸っている精霊は無視して、二度目のバトルだ。
再び駆け出すアヤメちゃん。先の戦闘では一方的だったが。
「くらえ!」
「逃がさねえ!!」
二人分の魔法を受け、さすがのお姫様も攻撃頻度が落ちている。それでも素早く隙を見つけて攻撃している。できている。時間をかければ一人でも倒し切れそうだ。
とはいえ、任せきりにはできない。
「僕はもう、逃げない!」
魔物たちと戦い、僕はパンティの能力について思考を深めてきた。
黒レース =ノーマル不死身
水色リボン=不死身+MP回復
そして紫レースのパンティ。
これには不死身+"魔法反射"という能力があった。魔法を避けなくていいなら、僕だって門番に近づくことができる。
地面を蹴り、ナイフを構え這うように地を駆ける。
頭上を衝撃波が舐め、突風に身を持っていかれそうになる。低空ダッシュのおかげで体勢は保持できた。ただしこれは一度でも止まると絶対に転ぶ。
アヤメちゃんと違って方向転換もできないし直角移動もできない。でもこれでいい。
「"童貞一殺"っ!!」
何故ならこの戦い、僕はまだ一度も必殺スキルを見せていないから!
「「ぐぉああああ!!!」」
一筋の閃光が走り、当然の如く一撃必殺は機能した。同時にアヤメちゃんのスキル"ラック・ワン"が門番に決まる。
うちのお姫様、魔法物理万能に見えて最も高いステータスは"運"なのだ。運をパワーに変換するとんでもないスキル。それがラック・ワン。使うと相手は死ぬ。
「えっへん! わたしたちの大勝利ですっ!」
再びの勝利である。
ドヤ顔アヤメちゃんはいつでも可愛い。
これで終わりかと一息つく前に、砂ぼこりを飛ばして門番が立ち上がる。……いや、姿勢とか変わってないからずっと立ったままだ。
雰囲気に呑まれて幻覚が見えた。
「はッ……まさかオレがここまで追いつめられるとは、なぁ!それでもオレたちは負けねえ! 正義は諦めねえ! 諦めたらそこで門番は終了だぁぁぁぁああ!!!」
「どんなに敵が強くても! わたしたちだってあきらめませんっ! サクと宝物ときれいな景色とおいしいご飯のために! なんかいだって立ち上がるんですっ!」
「両方どっかで聞いたことあるような台詞だなぁ……」
門番はともかく、アヤメちゃんは絶対ネットか本かで仕入れた台詞の応用だ。
顔が笑顔だもん。超楽しそうで何よりだ。お姫様は笑顔が一番似合う。
「同感です。アヤメ様は笑顔こそが最も愛らしく美しい。わかっているではないですか。ユウリ」
「急に肩組もうとしないでくれ……」
「うおおおおおお!!! オレ2!オレ3! ファイナルフュージョンだぁああああ!!!!」
おかしな台詞と共に、眩い閃光が迸る。
明滅した視界の後、見えたのは。
「「「――さあ、最終決戦と行こう」」」
三体に増えた門番である。同じ造形の門番がサイズ違いで増えてる……。
「が、がったいしましたっ……!」
「合体、なのかなぁ……」
びっくりしているお姫様には悪いけど、僕には三体が並んでいるだけのように見える。
「ユーリっ、わたしたちも負けていられません。合体ですっ」
「ええ!?!?」
男女の合体って言ったらそんなのもうエッチなことしかないじゃん!!!
「はぁ……」
「はっ!?」
瞬間的に我に返る。
今のは童貞が過ぎた。やばかった。
「アヤメちゃん、合体ってそんなスキルとか魔法とかあったっけ?」
「? ありませんよ?」
首を傾げられる。
「あ、そう……?」
つまり……?
「カタグルマです!」
「あぁ……」
思わず声が漏れてしまう。
発想が完全にお子様だった。アヤメちゃんらしい。
今は戦闘中だし、普通はやんわり断るのだろうが……。
「(わくわくっ)」
とってもワクワクしているお姫様を拒否する胆力を、僕は持ち合わせていない。
「はい、どうぞ……」
しゃがみ、彼女に肩を貸す。
喜び勇んで僕に飛びついてきた。少女のおみ足が顔の横にあり、頭にはスカートのひらひらが乗る。後頭部には温かい感触。三角形の聖域――考えるのはやめよう。
「きゃ~♪ カタグルマ合体!ユーリロボです!」
「僕ロボ扱いだったんだ!?」
「えへへ、お友達とロボごっこ、してみたかったんですっ」
「……僕戦えないから、アヤメちゃんが倒してね?」
「はーい! ユーリのおかげで元気100倍ですっ!」
可愛いおねだりには応えるのが漢というもの。
けどでも、ちょっと。
「……」
両頬をむっちり太ももに挟まれ、アヤメちゃんの熱に包まれて、童貞としては辛いものがあった。これは……厳しい戦いになるぞ。




