第28話 続・砂漠の冒険
家を出て、小さな街を抜け、疎らな魔物の砂漠を抜け。
再びの廃墟である。
「昨日の冒険の続きだけど……」
サクとのアレコレが終わり、彼女は何か準備があるとかで街を離れた。
街、というか……ただのショップがあるだけの砂漠だからね。そりゃ一時的にでも住むなら準備は必要だ。
「はいはーい!!」
「はいお嬢さん。なんでしょう」
ぴょんぴょん跳ねてのアピール。超可愛い。
「ふふん、サクからさばくの砂嵐?を抜けるアイテムをもらったんです!」
「な、なんだって~!?」
「えへへ~♪」
僕の明らかな演技にお姫様はご満悦だった。傍でエイラもピカピカしている。絶対ニッコリしているぞあの精霊。
しかし砂嵐か。
廃墟から先は砂嵐になっていて、人が入るには危険すぎるという話だったが……。
「ユーリ! これですっ」
ぺいっとアヤメちゃんから手渡されたのは何の変哲もない石ころだった。
『"偽・重炸裂石"を手に入れた!』
「ええ……」
何これ怖い。名前だけですごい危険だってわかる。
「魔力を込めて衝撃を与えると破裂し重圧を与える使い捨ての魔道具です。本来の"重炸裂石"は低級のダンジョン主であれば屠れます」
「やばすぎ」
エイラ解説により謎石の詳細が判明した。
なんて危険なものをポンと渡してくれるんだ、この子は。
「ふふーっ」
「くっ」
なんて眩しい笑顔を浮かべているんだ、この子は!
文句の一つも言えないよ……。
「……アヤメちゃんはすごいね。ありがとう!」
「ふふ~ん、わたしもぼうけんの仲間ですからね! いっぱい役立ちますっ」
可愛い。役立ってしかいないんだけどね。
「これ、使い方とか聞いた?」
「はいっ。サクの秘密基地で使うって聞きました!」
「なるほど」
「補足、サクは魔法陣を通じて各地の男装教団支部にビラを配っていたようです」
「ビラ?」
「はい。微弱な催眠効果を混ぜたビラです。教団に対する認識を好意的に見せる代物です」
「……ずるいことしてるなぁ」
アヤメちゃんもふんふんと怒っている。わかってるのかな。
「アヤメちゃん、何の話かわかった?」
「?」
こてりと首を傾げ。
「……」
「わかりませんっ!」
にぱっと笑って答えてくれる。
可愛いか。素直でよろしい。
お姫様にさらっと説明する。敵がバレないように悪事を働いている、と。
石の詳細な使い方は聞いていないようなので、とりあえず隠れ家へ行ってみよう。エイラもいるし、なんとかなるだろう。
◇
廃墟に作られた枯草転移魔術を利用し隠れ家に降り、設置されていると言う魔法陣の近くまでやってきた。
思えば、サクの住居足るこの井戸底は一切探索をしていなかった。
別の入口(井戸)とは道が断絶しており、完全な独立空間として機能しているらしい。
とはいえ別に特別な何かがあるわけでもなく、湧き水の小滝より流れ落ちる先に求める陣があった。
「これ投げればいいのかな……」
手元に石。エイラからは「適当にぶつければ炸裂しますよ」と言われたので、ただ投げれば良いのだとは思うが……。
困った。どうしようか。
「(どきどき)」
背後からドキドキな視線を感じた。振り返れば目が合う。そわそわお姫様だ。なんとなく彼女の言いたいことがわかる。わかってしまう。
「……投げてみる?」
「はい!!」
ずいぶんと楽しげに受け取ってくれる。そんなに投げ飛ばしたかったんだね。
微笑み、アヤメちゃんに石を返却する。そしてすぐ。
「えーい!!」
可愛い掛け声と共に、遠く見える魔法陣へ綺麗な投擲!超豪速球だ!
――閃光、
視界がホワイトアウトし、耳に轟音が鳴る。
「おぉ……」
魔法陣は綺麗さっぱり消え失せ。
「やりました!」
ドヤっているアヤメちゃんと、周囲にバリアを張りながら拍手するエイラと、ついでの僕。
「やったね」
「はい!」
衝撃はエイラが防いでくれたようだ。さすがである。
何はともあれ、これで砂嵐とやらは消えたのだろうか。わからない。廃墟の先まで進んでみるとしよう。
エイラの障壁がなければ、下手すれば井戸底が崩れていたほどの衝撃。
きちんとエイラが手を加えてくれたといえ、ささっと井戸底を脱出する。
廃墟に戻り、東へ移動だ。
「……ふむ」
砂漠である。見覚えがあるような、ないような……。
「?? さっき通りました!」
「――……いや、魔物が多いよ」
まったく同じように見えて違う場所だ。
蔓延る魔物の量が違う。アヤメちゃんのカワイイパワーと僕の童貞力で負けることはないだろうが……。
「じゃあ新しい場所ですねっ!」
「だね。……気をつけていくよ」
「はいっ!」
ルンルンなお姫様に苦笑する。油断せず行こ――。
「ッ!!」
「ぴゃっ!?」
ズザッ!と音を立てて砂が煙る。
咄嗟にアヤメちゃんを押し倒し、そのまま抱きしめ転がり立ち上がった。目を白黒させるお姫様を背後へ庇い――。
「むっ! わたしもばとるに参加ですっ!」
「はは、了解プリンセス。背中は頼むよ!」
護るのではなく、共に戦う仲間として背を預ける。
「~~!! はいっ!!」
変に感極まっているアヤメちゃんだが、そちらを気にする余裕がない。
僕はお姫様と違って身体能力が高くないのだ。一撃必殺スキルは持っているものの他に特筆した能力はない。しいて言うなら、ソロだったが故の幅広い敵察知スキル程度。
つまりこの相手……風のように素早い魔物の相手はできない。
「ニャァ"」
「まさか、の猫か!!」
鳴き声に目を見開く。
猫は液体だと言う一説がある。真偽はともかく、それだけ猫の肉体は柔軟かつ変幻自在に動くということ。
それすなわち。
ただ素早いだけ、ではない!!
「ぐっ!」
一条の風。鈍い銀色が視界に入ったと思った瞬間、無意識で動かしたナイフが魔物の爪撃を弾く。
「ユーリ!!」
「平気!!!」
パリィはできたにしても、威力を殺し切れずごろごろと砂を転がる。勢いのまま立ち上がったが、武器は宙に飛ばされ失ってしまった。
敵が狙うのは僕か、アヤメちゃんか。
「ナァァグ!」
「そりゃ僕だよな!!!」
今の僕に武器はない。だけど猫、君はちょぉっと甘かったね。
「たぁーっ!!!」
銀猫の追撃が僕に届く前、一歩早くアヤメちゃんの可愛くも凶暴な打撃が猫に突き刺さ――らない!?
「よ、よけれちゃいましたっ!」
「なんて速さだ……」
ヒュンと風を落として猫が消えた。
魔物はアヤメちゃんの速度に警戒したようで、十メートル近く離れた場所をゆっくり歩く。獲物を狙う虎や豹のような佇まいだ。冷たい殺気。
「ユーリ、猫さんの動き見えてますか?」
「いや全然」
微塵も目で追えていない。アヤメちゃんは? と魔物から目を逸らさずに尋ねる。「わたしは見えていますっ」とのこと。
「僕か君かの攻撃が入ればたぶん倒せはするよね」
「はいっ」
一撃必殺スキルと、アヤメちゃんの超火力打撃。どちらであっても当たればどうにかはなるはずだ。だが、その一撃が遠い。
「僕には敵の姿見えないし、アヤメちゃんは動き回っていいよ。こっちはカウンターで構えておく」
「わっかりましたっ」
同時、銀猫が動く。狙いは――アヤメちゃんだ!
ヒュン!と風を鳴らし、砂を巻き上げ猫が跳ぶ。姫様は当たり前に空を蹴って宙を舞う。低空飛行からの天を舞う猫に稲妻の如き拳撃! 交錯時の打撃とは思えない高い音が響く。
どうやら猫はアヤメちゃんの攻撃を爪で防いだらしい。
繰り返される爪牙と手足による演武。致命打とならない互いの攻撃が空に無数の火花を生む。
連撃の合間を縫うように、僕は僕で先ほど弾き飛ばされたナイフを拾っておく。こちらの準備は完了だ。
上空では明らかに銀猫より体の小さなアヤメちゃんが大胆に動き、巨体の猫はぐるぐると身を小回りさせる。
四足歩行なのに二足で立ち回っているに見える異常な柔軟性だった。
「やぁー!!」
「ニャァ"ァ"」
姫様の蹴撃。合わせるは爪。けれど彼女はお姫様だ。僕らの姫を侮ってはいけない。
「ふふん!!あま~いです!!――けどけど!!ぴゃぁ~~~!!」
ほんの刹那、ぶつかる瞬間に力を抜いたアヤメちゃんが宙を舞って弾き飛ばされる。ギャグ漫画みたいにぐるぐるふわふわ回って飛ぶので、なかなか着地点を読めない。けれど!
「はい姫様キャッチ!!」
「ぴゃんっ」
完璧な抱っこで受け止め、即座に魔物の様子を窺う。
「ニャァァ……!」
忌々し気に鳴く銀猫は、全身に霜を降ろしていた。ここは砂漠。奴にそんな能力はない。奴には、ね。
視線を下ろせば、自慢げ笑顔の女の子。
「えへ~♪」
「さっすがアヤメちゃん」
銀猫に氷の力はなくとも、腕の中のお姫様は別だ。この子は雪妖精。氷結魔法はお手の物である。
アヤメちゃんは先の一瞬で、氷魔法を行使し魔物の爪を起点に凍結させた。一歩間違えばその身を爪で引き裂かれていたというのに、タイミングを見極め上手く上手く……完璧に熟してくれた。
「まだやれる?」
「んふ~、もちろんですっ」
お姫様を軽く撫で、砂地に下ろす。体調バッチリな彼女に頷き、ダッ!と地面を蹴って銀猫へ向かう。
「ニャァ"!」
相変わらず速い!だけどさっきとは雲泥の差だ!!僕でも対処できる!
「ふっ……!」
鋭い爪牙にナイフを合わせ、弾く弾く、弾く!
すぐ横を季節外れの大吹雪が通り過ぎ、氷漬けを恐れた銀猫が大きく飛び退く。
「好機!」
踏み込み、そのまま体重を落として地面スレスレを蹴る。向こうの目が僕を見失ったことを確認し、さらに一歩前へ。
「わたしもぱんちですっ!!」
空からは拳を黄金に輝かせたアヤメちゃん。わかりやすい威圧に、どうしたって銀猫の意識が奪われる。
僕は気配を殺し、魔力を殺し、最低限"童貞一殺"に必要なエネルギーだけをナイフへ集束させる。
アヤメちゃんの打撃が銀猫の尻尾を掠め、ぐるりと反転したしなやかな猫足がお姫様の無防備な身体を打つ。
「ぴゃっ!? 足技はずるですよー!!」
叫んでいるところを聞くに、ちゃんと防御はできたようだ。
そして、銀猫はもう一人の敵……力の弱い方を探し始める。だが遅い。その隙は致命だ。
「"童貞一殺"ッ!!」
ぐるっと奴の視界から外れるように動き隠していた体を、決定的な隙にねじ込む。猫の体、ぬるっと動いて避けられない部位、顎の下へ一撃だ。
「に、ぁ"ぁ"……」
弱い声を漏らし、銀猫は魔力へと変わり散った。
砂漠に落ちるお金とドロップアイテム。
「……ふぅーー……」
……緊張の糸が、切れた。
やばかった……。やばかった。ちゃんとやばかった。
「ユーリ~」
「あーい」
元気のないアヤメちゃんがぽてぽて寄ってくる。
「つかれましたぁ」
緩やかな勢いのまま、こてりと僕の胸へ頭を預ける。僕もだけど、この子もお疲れの様子。
「お疲れ。僕も疲れたよ」
お姫様を甘やかし、されるがまま頭を撫でてあげる。
「てごわい相手でした……」
「ね。アヤメちゃんがいなかったら危なかった」
「んー、わたしもです。ユーリがいなかったらサイシュウオウギを使うはめになっていました……」
「えー。……最終奥義なんてあるの?」
「すけっとエイラの召喚です」
「あぁ……」
僕らは三人パーティーだが、基本エイラは戦闘に加わらない。戦闘不能になった僕を引きずったり、二人とも気絶したら家に送ったり、アヤメちゃんの召喚で敵を抹殺したり。
お助けキャラ、最後の砦である。
具体的な戦闘力は……アヤメちゃんが全盛期最大パワーを得てようやくギリギリ勝てる程度、らしい。
「……ん! ユーリのなでなでで元気になりましたっ」
「早いな。僕はまだ元気ないよ」
「ユウリ、アヤメ様。魔物の群れが接近していますよ」
聞こえた声に警戒を引き上げた。
お姫様を離し、周囲を探る。
確かにエイラの言う通り、猫型犬型の魔物たちがうろちょろし始めていた。
強者の銀猫が消え、空いた縄張りに我こそはと踏み入ってきたのだろう。最悪だ。
「無駄に戦うのも嫌だ。……ささっと先行こう」
「はいっ」
削れた体力はポーションで回復し、足早に砂漠を進む。ドロップアイテムはエイラが回収しておいてくれた。ありがたい。
ともあれゆっくりできるのは、もう少し先になりそうだ。




