第27話 翌朝再出発前に
「ユーリ、ユーリ」
……めざめた。
「……はい……はい、ユーリです」
朝からの甘ロリボイスはとても体に効く。爽やかな目覚めだ。
体を起こし、ベッド脇に立つ銀髪美少女を見る。
華奢な身体。真っ白な肌に白銀の髪。
現実離れした容姿は、ファンタジー世界であっても極めて珍しい。可愛らしく、神秘的で。雪妖精のような儚さと、天真爛漫で太陽のように眩しい活発さを併せ持つ。
妙にむちっとしている少女の可憐さは、童貞の心を深く惑わす。
僕を見下ろす藍色の瞳はまん丸で、普段上目遣いだからこそ、少し新鮮だった。
日記帳をプレゼントしてより一夜明けた、朝である。まだ眠いが、頭はしっかりと覚めた。
「おはよ。もう顔洗った?」
「はいっ。ユーリはお寝坊さんですっ」
いつもと逆の立場に少々恥ずかしくなる。
「はは。僕も顔洗ってくるからちょっと待ってて」
「はーいっ」
ささっとベッドを下りて顔を洗い、うがいも済ませ目を覚ます。
冷静になって、アヤメちゃんがずいぶんと可愛かったことに気づいた。
「……ふむ」
素晴らしきかな、同棲生活。
緩む頬を雑に叩き、お姫様の下へ帰る。
アヤメちゃんは椅子に座って朝食(完全栄養シチュー)を用意していた。お行儀よく待ってくれている。
先に食べてくれてもよかったのにね。なんだかんだ一緒に食事できることが……割と、結構嬉しいかもしれない。
「おはよ」
二度目の挨拶。
振り向き。
「おはようございますっ、ユーリ!」
太陽スマイルだ。とっても可愛い。
椅子に座り、二人でいただきますをする。エイラはその辺をふよふよ浮いていたので、適当に挨拶だけしておいた。
のろっと食事を済ませ、片付けも終え、一息入れて身支度だ。
「ユーリ」
「うん?」
後ろから名を呼ばれる。なんだかそわそわしているお姫様がいた。
「これっ!です!」
ていっと差し出されたのは昨日渡したプレゼント。
「ん、日記帳?」
こくりと頷く。妙にかしこまって大人しい。なんだろう。可愛いぞ。
「えと、交換日記ですっ」
「ほう……」
交換日記とな。なんて素晴らしい響きだろうか。素敵アイデアだ。
「いいよ。やろっか」
即肯定である。
「~~! やたっ! お渡ししましたからねっ!次はユーリの番ですからね~!!」
言いながら、ぴゅーっと逃げてしまう。よほど恥ずかしかったのだろう。
「ふっ、朝から可愛いを置き土産にしてくれるぜ……」
ニヒルに笑って、アホなこと言ってるな僕、と首を振りベッドに腰掛ける。
日記帳を開いてみた。
「え、かわいい……」
可愛い。
内容も、文字も。頑張って書いたんだなってわかる日記だ。
中身はざっくり、初めて外出して色々大変だったけど楽しかった、と。あとプレゼントありがとうと。
アヤメちゃんが一生懸命書いてくれたのがわかってしまう。
あの子が冒険中に考えていたことも書いてあって、存分に楽しんでくれたのだと嬉しくなる。
「……良い子じゃ」
童話に出てくる翁の気持ちがわかった。
僕は今、翁だ……。
「けどだぁりんってなんだよ……」
日記内の僕の呼び方は"だぁりん"だった。
いや理屈はわかる。だぁりん=ダーリン。エイラの追伸に「日記内におけるあなたの呼称はダーリン決定しました。おめでとうございます」とあるから、意味は理解できる。が、しかし……。
「……」
まあ、いいか。
可愛い日記だし。返事は今日中に書いてあげよう。あの子はきっとワクワクキラキラした目で待ってるから。
◇
朝食やら身支度やらを済ませ、出発前に少々アヤメちゃんとコミュニケーションを取る。
「さてお姫様」
「はいっ!」
「昨日はお一人様トークをしました」
「おひとりさまとーく聞きました!」
にぱっと可愛い笑み。僕もニッコリする。
お一人様トークとは、わかりやすく「一人で寂しかったことや楽しかったことについての昔話」である。
なんとなくの昔話繋がりで、そんな話をしてしまった。
アヤメちゃんもエイラがいるとはいえ、一人遊びには慣れている箱入りお姫様だ。思っていたより会話は盛り上がった。
「冒険前に、おしゃべりして緊張を解そうと思います」
「? わたしは緊張していないですっ」
「僕がしてるから付き合ってほしいな」
キョトンとして、にこぱーと笑ってくれた。ふんふん頷いてくれる。ありがとうお姫様。
「どんなおしゃべりするんです?」
「うーん……」
残念ながらそれについては考えていなかったのです……。
「――では僭越ながらエイラより案を一つ」
思考の隙間にぬるっと差し込まれる声。
「おー……よろしく」
「天気について話しましょう」
「……」
「お天気ですねっ!」
「あ、そうだね。うん。いいかも」
一瞬、なんて無難で話が薄くなりそうな話題選びを……と思ってしまった。しかしよく考えてみたら、全然アリのアリだった。
天気デッキ。
特にネタがない時に使う、当たり障りのない会話として有名だろう。
ただしこれは、相手がアヤメちゃんなら話が変わる。
アヤメちゃんはまだ砂漠の青空くらいしか実物を見たことがないのだ。分厚い曇り空も、雨も雪も。朝焼けや夕焼けさえも。あらゆる天気、空を彼女は知らない。
であれば、僕の知る一つ一つを彼女のネット知識と照らし合わせて話してみてもいいと思うのだ。
「ユーリ! どんなお天気からお話しますか?」
「ふふ、そうだねー」
キラキラと期待をいっぱいに詰め込んだ少女に優しく笑いかける。
前世と今世と、二つ分の記憶から天気のことを拾ってこよう。
話が一段落つくまで、三人であれやこれやと話を続けた。




