第26話 小休止
「ただいまですー!」
「おかえり。ただいま」
「わっ、ユーリ!」
「なに?」
サクを街……とは言えない荒野のショップに案内し、一時帰宅である。
アヤメちゃんが何やら驚いている。うんうん、可愛い可愛い。
「えへへ、おかえりなさいっ、ユーリっ」
「お、おー。うん。ただいま」
少々気恥ずかしくて頬を掻く。
アヤメちゃんは言った切り、照れくさかったのかぴゃーっと走り去ってしまった。
リビングのどこかにいるだろうから探してあげねば。
「……ユウリ」
「う、うん。今度はエイラ?何?」
ふよふよと浮く橙の光玉。真剣な顔だ。顔とか見えないけど。
「……あなたが来て、アヤメ様の可愛らしい姿が増えました。いつでも可愛いアヤメ様がより魅力を増しました。ありがとうございます。さすがは我が友」
「……そっすか」
謎の褒め方に気が抜けた。エイラはゆったりとアヤメちゃんを追って行った。
「……さて」
今日はちょっと色々あった。
あんまり冒険は進んでいないけど、情報は手に入った。
サクに聞けた話もそうだし、砂漠の魔物についても幾らか知れた。
サクを味方にできた、というのが一番大きいか。
「……つかれた」
とりあえずお風呂と、ご飯と……その辺色々済ませよう。相談は後回しだ。
ぼちぼち靴を脱ぎ……自動で着脱だったか。
慣れない魔法に頬を掻き、ゆるゆるリビングへ。アヤメちゃん探しは後にしよう。どうせうすぐだ。
――と、思ったが。
「ユーリもお風呂ですか?」
例のシャワー前に美少女がいた。
ちょうど風呂上がりらしい。心なしか髪がつやっとしている。
「うん」
「えへへ~」
ニコニコ笑顔。大変可愛らしい。
「えと、どうかした?」
妙にご機嫌だ。さっきの恥ずかしさはもう消えたのだろうか。
「なんでもないです! きゃ~♪」
考えている間に、黄色い声を上げて去ってしまった。いったい何なんだ……。
疑問はそのまま、サッとシャワーして洗濯する。超便利SF風呂である。
風呂と選択が同時なんて、素晴らしすぎて感謝しか生まれない。
ミストサウナのような心地よさに浸り、十秒ほど。
「ふぅ」
風呂上がり、リビングから会話が聞こえてきた。
「ふふ~♪」
「アヤメ様。何か良いことがありましたか?」
「はい! わたしのお家にお友達がいるんですっ。ふふ、えへへ~♪」
「よかったですね。ユウリが死ぬまでこの家からは逃しませんので、ずっと一緒です」
「きゃ~♪ ずっといっしょですっ!!」
先の、笑顔満点お姫様の理由が判明した。
なんだかなぁと苦笑する。同時にエイラの重たい発言に肩が沈む。
「……はぁ」
僕もアヤメちゃんくらい真っすぐ純粋に生きていきたい。
そろりそろりと、気配を消して自室……ではないか。風通しの良いドアなしパーソナルスペースへ行く。
寝床であり、物置き場でもあるリビングの一角。ゲーム機の近くだ。食事処とは柱を挟んでいるのでギリギリ見えない。
今までアヤメちゃんとエイラしかいなかったこの家には、"個人の部屋"というものがなかった。故にドアもない。
……いやドアがないのはおかしいけど。まあ、いい。
とにかく、僕にも個別の部屋はない。暫定的に、開放的な部屋の一角を荷物スペースとさせてもらった。
ファンタジーな収納魔法があるとはいえ、外に置いておきたいものもある。それらをまとめ……。
「……そういや買ってたな」
ボックスから取り出す。手元に重み。
それぞれ青と黒の、二冊分の本。中は罫線だけで無地だ。
ショップで見つけた"日記帳"というアイテム。
買って損はないなと思って買わせてもらった。ペンは付属品と店員さんは言っていたので、紙とペンのセットとなる。
言うまでもないが、僕用ではない。
「……」
ちょっと照れくさいか。
思い出作り云々と色々言ったせいで、妙に渡しにくい。
アヤメちゃんが思い出を詰め込めるように、書き留めればそれだけ記憶に残るからと、そう思って買ったプレゼント。
些細なものだ。
知り合って間もない僕が渡すのも……少し、早いだろうか。
「ユーリ? なにをしているのですか?」
「うわあああ!!!?」
「ぴゃっ!!」
……。
「……はぁ、びっくりした」
アヤメちゃんだった。下見て考え込んでたから、全然気づかなかった。
僕だけでなく、彼女もまたびっくりしたお顔を見せている。同じだ。仲間だね。
「むぅぅ~~!!」
おや……姫君がお怒りだ! ほっぺたをもちもちしてあげたい。
「やあアヤメちゃん。そんなに怒ると疲れちゃうぜ?」
「むぅ……疲れるのはいやです」
拗ね姫から真顔姫に切り替わった。
そこは素直に受け入れるんだね……。
「でもユーリ、わたし……びっくりしましたっ」
「僕もびっくりしたんだ」
「……」
「……」
二人で見合う。
不思議そうに僕を見つめていたアヤメちゃんは、ふむりと頷き笑った。
「ふふっ、おあいこ、というやつですね!聞いたことがありますっ」
「そうだね。そうかも」
お相子。それでいい。問題解決である。
「それでユーリ。なにをしていたのですか?」
純粋な眼差し。
何をと問われ、先の逡巡が甦る。
未だ浅く短い関係性に迷い、"まだ早い"と伸ばした手を引っ込めようとする。
それが当たり前と生きてきたけれど……それじゃあ、いつまで経っても変わらない。
大事なのは、ゼロから積み上げていきたいという想い。
この子との日々を……これから長く、共に過ごしていきたいという想い。
そうだ。……別に要らないと言われてもいいじゃないか。まだまだ出会ったばかりでお互いのことなんて何も知らない。知らないからこそ、知りたいと思う。
些細なプレゼントくらい、迷わずいくらでもしていこう。
「アヤメちゃん、これ」
見えないようにしていた物を、彼女の目にも映るように。
「これは……なんでしょう?」
「日記帳だよ。思い出作りにちょうどいいかと思って……」
「……?」
日記帳を見て、僕を見て。
少女の表情が移り変わっていく。
「えと……」
「……え!」
困り顔から、何かを察したように目を丸くし、視線で問いかけてくる。
頷き、二冊の日記帳とペンを差し出す。
好みがわからなかったので、ショップにあった二種類両方を買ってしまったのだ。
「わたしに……わたしに、くれるのですか?」
「うん。先輩冒険者から、初心者冒険者にプレゼント」
本当は「これから世界を見て聞いて知る君が、思い出を振り返れるように。いつかの宝物になるように」と思っての贈り物だったりするのだが……。
そんな気恥ずかしいこと僕には言えなかった。
「え、っと……」
困ったように僕を見つめる少女の手に、日記帳を持たせる。
押し付けだと思われても構わない。僕が渡したかった。それだけの話だ。
「……」
「プレゼント……っ」
「うん。アヤメちゃんにプレゼント」
「えと、えと……」
おや、と思う。戸惑いに驚きに。想像と違う反応だ。
わかりやすく大喜びするかと思ったのに、なんだかやたらそわそわしている。
「んぅ……わたし、プレゼント、初めてです。ユーリ」
「うん」
「えへへ。とても……とっても嬉しいです。ありがとうございますっ」
はにかんで、優しい笑みを見せてくれた。
「――……スゥ」
……変に息を吸ってしまう。
アヤメちゃんが可愛くて。とんでもない破壊力の笑顔だった。僕は死んだ。
「えへ、えへへ。…エイラー! ユーリがわたしにプレゼントをくれましたー!! わぁーーー!!!胸がぽかぽかして、ぽかぽかです!!!」
幸せそうに笑んだアヤメちゃんは、とたとたと走ってエイラの下へ向かった。ここからでも盛大な自慢の声が聞こえてくる。
「……ふぅ」
生きてたか。
死んだのは錯覚だった。可愛死を迎えるところだった。危ない。
しかしまあ。
「……へへ」
あれだけ喜んでもらえれば、男冥利に尽きるというもの。
やり切った感と心地良い疲労に包まれながら、食事と緩い会話をし寝床へ。今日は色々とあった。長い一日だった。
明日は、また冒険をしよう……。




