第25話 砂漠に昇る陽
「ん~~! まぶしいです!」
「砂漠だなぁ」
熱暑。青空に浮かぶ日の丸が砂の大地を照らす。
廃墟の街は変わらず、しかし不思議と景色は美しく思えた。
「――」
くるりと回り、エイラに「転ばないよう気をつけてください」と言われるアヤメちゃんを眺める。可愛らしく、愛らしい我らがお姫様。
じっと空を、砂漠を見つめる女性の隣へ。
「どうですか。世界は広くて、綺麗でしょう」
今では若々しい肉体に精神も引きずられ、ガキっぽくなってしまった僕ではあるけれど、これでも一度は生を全うした大人なのだ。
挫折も、どん底も。多くの苦難、深い辛苦はよく知っている。
そんな暗闇の中でさえ、空は美しく、太陽は眩しく、世界はどうしようもないほど広く、自分がちっぽけなこともまた、よく知っている。
昔を思い出し、世界は変われど健在な美しさに頬を緩める。
「ハッ……そうさね。……憎らしいほど、あぁ――本当に、眩しいよ」
滲んだ声に、ただ「でしょう」と頷く。顔は見ない。どうせ見えないけど、それでも見ない。
「ユーリ~! おねえさーん!! また猫がいましたよー!」
いくらか離れた場所で、ぶんぶんとアヤメちゃんが手を振る。
猫。猫……。
考えている間に視界に入る影。
「魔物じゃん!!!」
そうだった。巨大な砂猫の魔物がいたんだった。1、2、3……。
45678910。
「多いな!?」
「きゃー! 魔物がいっぱいですっ!」
「ハハハ、まったく情緒も余韻もないさね。くく……しょうがない、ここはアタイに任せな。ちょいと、体を動かしたい気分なのさ」
――ドンッ!!!
「え、ちょっむぁ!?」
「ぴゃぁ!」
地面を蹴り、大量の砂を巻き上げ鱗の女性が飛び出した。
弾丸のように魔物の群れへ迫り、その大きな体を躍動させ殴り蹴りと暴れている。
ここまで打撃の音が響いてくる。
アヤメちゃんも僕も、風に煽られ体勢を崩してしまった。完全に砂へ倒れた僕と違い、体感に優れたお姫様は華麗にステップを踏んで笑っていた。
しかしスカートのひらめきに僕の目は奪われ、見えそうで見えない何かにココロオドル……。
アヤメちゃんのスカートはともかく、鎧の女性はとんでもなく漢らしくカッコいい。
堂々と魔物に立ち向かい、一切怯むことなく拳を交わす。
その姿は羨ましいほど自由で生き生きとし、僕よりよっぽど"冒険者"らしかった。
「ふむ。先ほどは手加減をしていたようですね」
「うん。……めっちゃ強いじゃん、あの人」
「ユウリ」
「うん?」
「やはり、エイラの友は……エイラの友ですね」
「何それ」
柔らかく光って、エイラは微笑んだ、ように見えた。顔ないからわかんないけど。
「いいえ、なんでも。さ。アヤメ様がうずうずしていますから、エイラたちも参戦しましょう」
「わたしもばとるしていいんですかっ?」
わかりやすくそわそわしていた少女に苦笑し、僕も気合を入れる。
「いいよ。行こうか!!」
あの女性一人に任せても問題ないだろうが、今は僕も、ちょいと体を動かしたい気分だった。
――そんなこんなで。
魔物を殲滅し、僕とアヤメちゃんとエイラと、鎧の彼女とで廃墟に立つ。
砂漠に作られた小さな街。廃れ、虚ろと化した砂漠の廃墟。
天上に光る太陽はすべてを平等に照らし、影一つ落とさず僕らを包む。
遠い遠い砂の果て。地平の先には僅かな山嶺が見える。
どこまでも続く砂漠も、方角を変えれば終わりが見えた。輝く陽が空を、大地を、遍く照らす。
「なんも変わっちゃいないのに……こんな晴れやかな気分は久しぶりさね」
からりと笑う彼女に、僕も目を細め笑った。
「太陽パワーと、思いっきり暴れたからじゃないですか?」
「くく、そうだけど、そうじゃあない。アタイは、存外に砂漠が好きだったみたいだ」
なるほどと頷く。
砂漠生まれ、砂漠育ち。故郷に戻って、案外"ここ好きだったんだ"なんてことはよくある。僕にもあった。
「悪かったね。手間をかけさせた。あんなクソッタレな組織、抜ける決心がついたよ。……アタイは、ずっと誰かに手を引いて欲しかったのかもしれないね。アタイは砂の民。ただの砂の民さね」
「はは。いいですね。さっきのあなたはすごく力強くてかっこよかったですよ。砂漠の戦士!って感じで」
「ハンッ! 乙女に掛ける言葉じゃあないさね」
二人でくつくつと笑い合う。
やはりどうも、この人とは馬が合う。どん底経験者同士、わかるものがあるのだろう。
「――ユーリ! おねえさん!!」
「はい!」
「何さね。大きな声出して?」
びっくりした。何やら不満そうなお姫様である。そんな表情も可愛い。
「大事なことをお話していません!!」
「大事なこと?」
問うと、にぱっと笑顔を咲かせる。やっぱりこっちの方がもっと可愛い。
「ふふーっ、自己紹介ですっ!!」
「あー」
「ああ。ハハ! そうかいそうかい。自己紹介かい」
言われてみればそうだった。
"女性"とか"彼女"とか"あなた"とか、そんな風に考え話してきた。外に引っ張り出すのに必死でそこまで頭が回っていなかった。
ナイスアヤメちゃん。
「そうだね。自己紹介しよっか」
「ふふーん、わたしからです! わたしはアヤメです! 女王お姫様です!おいしいご飯探しのぼうけんをしています!」
「綺麗な景色とかじゃなかったっけ」
「わっ、それもありました!」
「きれいな景色も、おいしいご飯も、どっちもぼうけんの目的です!」
可愛い。是非叶えてあげたい。叶えてあげよう。
「次は僕だね。僕はユウリ。冒険者で、アヤメちゃんの護衛かな。目的は冒険者らしく世界の旅。あと男装教団の討滅」
うむりと頷く。
後者はちょっとアレだけど、神様の使命だから仕方ない。
「エイラはエイラです。アヤメ様のナビガイド、のようなものです。マスコットとでも思ってください」
平坦な声でエイラが自己紹介をした。
ツッコミどころが多すぎるけど……まあいい。気にしたら負けだ。
「ハハハ、ずいぶん癖の強いメンツじゃないか。アタイは――」
彼女はからからと笑って、数瞬、何かを考えるように空を見る。
「アタイは、サク。ただのサクさね」
静かに名乗ったそれには、多くの感情が込められていた。
「サクさんか」
「敬語なんて要らないよ。サクと、そう呼びな」
新しい一歩としての名乗り。きっと本名ではない……いや、野暮はやめよう。
「了解、サク」
「あーーー!!!」
ぶん!と首が振られ長い髪が僕を打つ。
さらさらと流れ落ちる銀糸の滝。甘い香りに動揺してしまう。
「ど、どうしたの?」
「ユーリ! わたしのことは"ちゃん"なのに、サクのことはサクって呼んでます!」
「!?」
ぷくっと頬を膨らませての抗議だ。
……しまったなぁ。
「くくくっ、こいつあよくないねぇ。ユウリ、アヤメだけ仲間外れなんて可哀相じゃないかい」
「そうです! ふふーっ、サクはわかってますね!ユーリも見習ってくださいっ!」
「ごめんて。アヤメ……ちゃん」
名誉童貞ですまない……。
「むぅ~~!!」
ほっぺた膨れていて可愛い。とっても可愛い。
「――ふぅ」
エイラが尊みを感じて息を吐いている。ずるい、僕もそっち側になりたい。
「ユーリ!!」
「はい……」
「お家に帰ったらぱーてぃー会議です!」
「え、何それ初めて聞いた」
「ふふん、カテイホウカイの危機は家族会議ってエイラが言っていましたっ」
「エイラぁ……」
「仲間は家族のようなものでしょう」
しれっとアヤメちゃんに変なことを植え付けないでくれ。僕が追いつめられるだけじゃん……。
「はは、ハハハ! まったく、なんて平和な冒険者だい。アタイも負けてられないね。アンタらの言う街、アタイも寄らせてもらっていいかい? 生憎、金も宿もなくてね」
肩をすくめる彼女――サクの言葉に、アヤメちゃんと顔を見合わせる。眩しい笑みを浮かべるお姫様に合わせ。
「もちろんです!」
「もちろん!」
笑って頷いた。




