第22話 砂漠廃墟
未だ日は天頂に上ったままの時間。
砂の道に導かれるよう歩を進めることしばし。
「砂漠の街……廃墟かな」
見えたのは崩れ、壊れた街の跡地だった。
砂風に耐えられる堅牢な建築物が残り、砂に埋もれた丈夫な家具も幾らか見える。
「これが廃墟、です?」
「うーん。たぶんね」
「廃墟ですよ。今では魔物が徘徊する危険な跡地です。お気をつけを」
「了解」
「ふふん、魔物に遅れはとりません!」
勇み足なアヤメちゃんをやんわり引き止める。慎重に進もう。
近くの外壁は力を込めればボロボロと崩れる。既に風化が始まっている。それだけ強烈な熱射と砂嵐にさらされてきたということだろう。
「壁がぼろぼろです……!」
「ね」
先ほどまで居た砂漠よりも、地面が重く感じる。雨水の気配はないのに……。
「アヤメ様。あまり壁に触れないよう」
「どうしてです?」
「汚れるからです」
「むむ……」
「いちいち帰宅しシャワーを浴びるのも手間でしょう」
「むぅー……はーい」
考えている間、隣で可愛い会話が聞こえてくる。今は考えるより動くべき時かな。
「廃墟探索、しようか」
不貞腐れ気味なお姫様は、すぐに表情を輝かせて頷いた。
◇
枯草が生える砂漠廃墟。
犬猫と凶暴な魔物を倒し進む中、街の痕跡らしき物体――場所を発見した。
「この井戸、入れそうだ」
井戸である。何の変哲もないが、未だ砂で埋まっていない井戸。砂漠には似つかわしくない、湿り気を感じる。
「!!!」
背後から視線を感じた。それもかなり強烈な。
「……えっと、アヤメちゃん?」
「えへへ~」
とびきり笑顔。超可愛い。しかしどうしたのか。
「どうしたの? 井戸、気になる?」
「はい! 井戸はダンジョンですっ」
「えー、うーん、どこで知ったのそれ」
「ふふーん、インターネットはすごいのですっ。なんでも書いてあります!」
えっへんと、ネットリテラシーゼロな発言をしている。
可愛い。可愛いが……。
「……オーケー」
だから純粋な子にネットを与えちゃだめなんだ。これが完璧な例だね……。
過去を恨んでも仕方ないので、お姫様の要望に従い井戸へ入る。
先頭は僕だ。
するりするりと、石組みの隙間と地味に丈夫なツタを使って降りていく。そもそもからして降りられるようになっている井戸だった。
アヤメちゃんの言う「井戸はダンジョン」が現実味を帯びてきた。
最下層に着地し……。
「……わぁ」
変化するBGMへの驚き……もあるが、驚きは井戸底の景色だ。
「わぁぁ!! やっぱりダンジョンですっ!!」
隣に降り立つお姫様。大喜びである。
当たり前に魔法で降りてきた。僕もそうしたかった……。
「……広いな」
井戸底。謎に広い空間。
カラッとしているのは砂漠故だろう。それでも壁に生えた苔や湿り気を帯びた土は水を感じさせる。匂いにも多分に水が含まれている。水場、濡れた土特有の香りだ。
「……アヤメちゃん、注意していこう。悪い人がいるかもしれない」
例えば悪の組織とか男装教団とか、ね。
ごくりと息を飲んだアヤメちゃんより一歩前に出る。人の寄り付かない枯れた街の井戸の底なんて、悪巧みするにはもってこいだ。
いつ襲われても反撃できるよう気を張る。
「ええ……」
歩き始め、すぐ困惑してしまった。
「お空をお魚がおよいでますっ……!」
姫様の言う通り、当たり前な顔して魚が宙を泳いでいた。ここ、海の中と間違えていませんか?
「アレはプランツフィッシュ(砂)と呼ばれる魔物ですね」
「え、なにその(砂)って」
「かっこすな……??」
うーんアヤメちゃんは可愛いね。
よくわかっていないお顔の姫様を撫でておく。
「よく見てください。頭部に花が咲いているでしょう。本体はアレです。寄生花の一種ですね。突撃し自爆する迷惑な魔物です」
「……それ、自爆して寄生用の種子をまき散らすとかいう感じ?」
どこかで見た。苗床にされ操られる地獄のような末路。
「いえ。ただ自爆するだけです」
「ええ……」
「プランツフィッシュは刹那的と言われています。短い生に花を咲かせようと爆発するわけです。健気ではありませんか」
「迷惑過ぎて何も思わないよ」
自爆するなら一人でしてくれ。苗床なんてこの世界にはなかったらしい。よかった。
「むー。よくわかりませんが、センセイ攻撃で倒したほうがいいんですね?」
「その通りです。さすがアヤメ様」
ということらしい。
音を消し、サッと走って背後より一閃。手早く仕留めた。
パチパチ!とアヤメちゃんが拍手してくれた。恥ずかしいからやめて。
「……にしても渋いな」
ドロップアイテムなし。お金1ゴールド。自爆してくる迷惑モンスター。あまり遭遇したくないものだ。
気を取り直して、探索再開である。
石の壁に、所々流れる川と生える藻。広く緑が繁茂していないのは光のなさと乾燥故だろう。いくら地下水があっても、外は砂漠。広範囲に水気は届かない。
大きな岩の残骸や鉱石、魔力を秘めたクリスタル、ツルツタがまとまった自然の塊、色々あるようで、見慣れれば代わり映えのない景色。
「……?」
井戸底探索中、謎に生えている鉱石の一つが気になった。
「アヤメ様、あまり壁の苔には触らないように」
「どうしてです?」
「ばっちいからです」
「むむ、ばっちいのはだめですっ」
「お洋服も汚したらエイラが怒ります……」
「アヤメ様は常に美しく清潔ですが、外界には汚れが多いのです。家に帰らねば完璧な服の洗浄は難しいので、敢えて汚すのはおやめください」
「はぁーい……」
楽しそうな会話をしている二人の傍ら、他と変わらなく見える鉱石に触れる。
「……?」
特に何も起きない。押しても叩いても変化はなかった。
「気のせいか……?」
冒険者的な僕の直感も間違えることがあるらしい。ギミックの一つでもあると思ったんだけど……少々の自信が薄れ消える。悲しい。
「ぴゃぁ、ユーリ~、エイラがいじめてきますっ」
一人孤独に沈んでいたら、お説教するエイラから逃げてきたアヤメちゃんが僕の背に隠れた。小動物みたいで可愛い。
「いじめてはいません。愛の言葉です」
ぐるぐると僕を中心に回る二人。楽しそうで何よりである。僕まで気が楽になってくる。
ただ、こんな危険そうな井戸の底で走り回るのはやめてほしいな……。




