第21話 砂漠一路
名もなき荒野の街より、東に一路。
踏みしめた大地は粒子を細かくし、すぐに乾き切った砂色へ変貌した。
砂漠だ。
煌々と照り付ける太陽は陽炎の如く揺れて見え、遠い砂地の果てまで明るい黄土色で覆われている。
そして冒険の始まりを、砂漠への踏み出しを歓迎するかのような砂漠BGM。なかなかに"乾いた大地"を感じさせてくれる。
「ふふ~♪」
「アヤメちゃん、ご機嫌だね」
ルンルンとご機嫌に歩くお姫様。太陽に濡れる銀髪が眩しい。
「えへへ、わかりますか?」
「うん。笑顔が可愛いからね」
「えへへ~♪ ぼうけんの旅がこんなに音楽でいっぱいなんて知りませんでしたっ」
「そっかー」
ニッコリ。
僕も知らなかったよ。ふしぎ。ぼうけんのたびってBGMながれるんだね!
「……」
本当に意味不明だよ。
「今後は場所ごとの音楽も楽しみながら冒険を進めましょう」
「はいっ!」
「へい」
跳ねるように歩くアヤメちゃんは今日も可愛い。
脳内音楽が景色にマッチしている。
「時にユウリ」
「うん?」
「アヤメ様には渡していますが、あなたにも」
エイラから何かを渡される。本だ。
『帰宅の魔導書を手に入れた!』
「……なにこれ?」
「いつでもどこでもお家へ帰れる本です」
「すごすぎるでしょ」
「アヤメ様と、ついでにユウリが旅を楽しむためです」
「ありがとう。助かるよ」
「どういたしまして。友と主のためであれば、この程度労にすら成り得ません」
エイラからすごいものをもらってしまった。使い方は本を開くだけで良いとか。
ごそごそとボックスへしまい、さてと砂漠を――遠く砂漠に徘徊する魔物を見つめる。
ここはポンデ。男装乙女エロゲ世界。転じて、剣と魔法のファンタジー。
魔法があればダンジョンもあり、世界中に魔物が蔓延っている。
旅をするなら力が必要だ。魔物と戦い、生き抜く力が。
僕には一撃必殺スキルがある。アヤメちゃんは……。
「猫です!」
「いやいやいやいや!!!」
幾らか先を歩いていたお姫様に走って追いつく。
立ち止まっていた彼女は、前方にいる猫……と向き合っていた。
「猫です?」
首を傾げているアヤメちゃん。僕は首を振った。
僕らの目前、猫型……虎型魔物。巨大な獰猛猫モンスターが唸る。
「にゃー」
「絶対そんな鳴き声じゃないだろ!」
砂漠らしいカラーリングで、尻尾や爪がごつごつとし力強い。鋭い眼光に気圧されそうになる。
心を戦闘にシフトさせ、ナイフを引き抜いた。
【VS大砂漠猫/Battle BGM:Desert fang】
「来るよ!アヤメちゃん!」
「わっ、悪い猫ですね!」
叫び、直後。巨体にしては俊敏な猫の突撃を避ける。振り返れば、アヤメちゃんはふわりと妖精のように天を舞っていた。太陽を背に、くるりと青空を泳ぐ。
見惚れるのも数瞬、猫魔物の身軽な巨体がすぐ傍を駆ける。柔らかな砂地に取られそうな足を小刻みに動かし、短いステップで直進を避ける。
「にゃぁぁぁぁ!!」
動きは速い割に直線でしか行動できないようだ。体を左右に振れば露骨に敵の動きが鈍る。狙いを定められないらしい。この猫、思った以上に頭悪いぞ。
「ユーリ~!わたしはどうしましょうっ!!」
「どんな攻撃できるか聞いてなかったね!!!!」
空からの声に返事をする。視線は前に固め、常に動き続ける。
いくら直線だけとはいえ、速さは健在だ。一撃必殺スキルを叩き込む暇がない。
「ふふーん、魔法とこぶしでたたかうんですっ!!」
「魔法拳士とはまた渋いね!?」
揺らし動かしていた体を、敢えて止める。目も逸らし、隙を作った。知能の低い魔物なら……。
「にゃ"ぁ"あ"あ"!!」
「おっと」
砂地を利用し、ずるりと体を沈ませる。完全に体を崩し、背中から地面に倒れ込むよう体を低く。
こんな風に体勢を崩しても大丈夫。
「ユーリー!!」
心配の声に返事をする余裕はない。
手首を回し、目と鼻の先を横切った爪に重ねる形で刃を走らせた。
「に"ゃ"!?」
「童貞一殺ッ!」
意味はないが叫んでおく。
生命力を失った魔物は魔力となって消えていった。残ったのはお金とドロップアイテムだけ。
「ユーリ~~!!!!」
「うぉわっ」
どん!と空より天使――ではなくアヤメちゃんが降ってきた。
砂漠に倒れていた僕の腹へ着地。痛く、はない。魔法的軽さだ。
「お怪我はありませんか……?」
「ないよ。これくらいはね」
心配そうにぺたぺた僕を触る美少女。
馬乗り、ロリっ子、野外……ツーアウト、ってとこか。
「馬鹿なことを考えていないで、魔物は無限にいますよ。さっさと立ち上がりなさい」
「へい」
お姫様に退いてもらい、砂を払って立ち上がる。
周囲を囲まれているわけではないが、見える限り砂漠に魔物は多い。それぞれパーソナルゾーンがあるようで、行動の邪魔をしなければ一切見向きもしない奴らだ。
「わたしも頑張りますっ」
「じゃあ次はお願いしようかな」
にぱっと咲いた笑顔に頷き、道を切り開くべく砂漠を進む。
―――――
――――
――
猫型犬型、首長竜型の魔物を討伐し続けて、しばらく。
ある程度近くの魔物を倒して敵影はなくなった。
「ふー。なかなか大変だ」
ダンジョンとはまた違う大変さがある。
砂漠、暑さ、乾き。やり辛い環境だ。
「強敵ばかりでした……!」
むむんと気合を入れている。
「……そだね」
最初以外は、ほぼ全部アヤメちゃんが片付けていた気がする。殴って蹴って凍らせて。見た目の儚さからは考えられない超アグレッシブバトルスタイルであった。
木陰もないので、休憩はほんの少しだけだ。まだ体力はある。気力もある。冒険を続けよ。
「アヤメちゃん……アヤメちゃん?」
お姫様の元気度を聞こうと思ったら
「ふむむ……」
何かお悩み中の姫君を見つけてしまった。元気そうではあるが、冒険って雰囲気でもない。
「むー。ユーリ」
ぱちりと瞼を持ちあげ、藍色の瞳を瞬かせる。僕をお呼びのようだ。
「なに?」
「わたしたち、魔物を倒しましたっ」
「そうだね」
「魔物は……どうしてわたしたちを攻撃してきたのでしょうか?」
詳しく聞けば「攻撃してこなければ倒さなくてすんだのに……」という優しい悩みだった。
「そうだねぇ。縄張りとか強者の傲慢とか、腕試しとか。魔物によってそれぞれだろうけど……」
難しい単語でわからなかった?と尋ねれば、ううんと首を振る。言葉の意味はわかってくれているようだ。
「一番はね。やっぱりご飯のためだと思うよ」
「……ご飯?」
疑問のお顔。魔物の生態はともかく、近づかなくても腹が減っていれば襲ってくる。"魔"物と言えど、やはり獣である。
「魔力を持った人間は、魔物にとって御馳走だろうからね」
「……ふむむ。ご飯なら、仕方ないですっ」
「そ。仕方ないんだ。僕らも同じ。強くなるため、冒険のために魔物を倒す。倒さないと碌に旅なんてできないからさ」
「はいっ。わたしもご飯のために、魔物をいっぱい倒して食べます!」
「うんうん。その意気だよ」
全部が全部美味しいわけじゃないけれど、美味しい魔物もいる。食うか食われるか。わかりやすくていいじゃないか。
所詮人間、自らのために殺生を行う。ならばすべて己の糧にして生きていこう。
「おいしい魔物!たくさんさがしますっ!!」
意気込むアヤメちゃんには、気負った様子が一切なかった。
魔物は敵だ。倒して食べて、強くなろう。




