第20話 ソロではなく、パーティーであり
街から四方のどこへ冒険に行くか、考えながらもだだっ広いオアシスにある唯一の建物へ足を向ける。
「ようこそショップへ(>∇<)へ」
「すみません、前にも会ったことありますか?」
「遺跡のおきゃくさま! ようこそ(⸝⸝>ヮ<)」
見覚えあるなと思ったらやっぱりそうだった。例のショップ店員さんである。水色の髪の魔女衣装の美人さん。
相変わらず表情変化が絶無。ただし声音の彩りは絶好調だ。
「ど、どうも。どうしてこんな砂漠でお店を?」
「これから発展する見込みのある土地です(*^▽^*)」
「そうですか……?」
周囲を見渡して、唯一オアシスにあるショップを見て。
ひゅぅーっと寂しげに吹く風を浴びて。
「見込みありです(^・֊・^)」
なんだその、表情に出さず声でこう……ドヤ顔なのかよくわからない微妙にイラッとする感じ。
「いえ、まあ。はい。店員さんがいいならいいんですけどね」
苦笑いを一つ。
と、くいくい服の裾を引っ張られる。
「あの、ユーリ」
「うん? どうかした?」
さっきまでの勢いはどこへやら。
妙に大人しく、僕の想像する"箱入りお姫様"っぽいアヤメちゃんだ。上目遣いが僕の魂にクリティカルヒットする。
「えと、ん……ど、どなた、です?」
「あぁ、えっとね。この人はショップ店員さん。いろんなところでショップを開いている……モノを買ったり売ったりできる、雑貨屋の人かな」
「ようこそショップへ(>∇<)へ」
「っ」
びくっとして、僕の後ろに隠れてしまった。
なるほど。そういうことか。
「大丈夫、良い人だよ」
初めての外界。初めての他人。僕は特例として、そりゃ人見知りもする。
「は、はい……」
まだまだ瞳を揺らしているので、そっと手を握ってあげる。
「……んぅ」
「エイラも僕もいるから。平気平気。手、ぎゅってしておいてあげるし」
「ありがとうございますっ、ユーリ」
店員さんとの自己紹介は、元気を取り戻したアヤメちゃんが華麗に熟した。他人との初対面もこれでクリアだ。
「――いっぱい買っていってください/(>▽<)/」
そして例のSF的商品確認。
"ポーション"
"おにぎり"
"うど~んにんじん"
"レイズポーション"
"日記帳"
等々。買ったり買わなかったり。品揃えはそれなりに変わっていた。この街特有のものもあるのだろう。それこそ"オアシ水"なんてものも売られていたのだ。
買い物を終える。
「またのご来店をおまちしています(✿◡‿◡✿)」
「またきますっ!」
ぺこりと頭を下げる店員さんに、アヤメちゃんはニコニコ手を振っていた。良き哉。
街の見回りを終え、大した情報も集まらず歩くだけ……。
「ふぅむ……」
悩ましい。
砂、海、雪、草。
どれにするか、どこに行くか。
事前情報がメイドからしか得られていないので、決めるに決め切れない。
これは初めての冒険になる。大事なことだ。簡単には決められない。どうしようかね……。
砂漠で悩むことしばし。ぱたぱたと元気よく駆けるアヤメちゃんをのんびり追って、オアシスの畔へやってきた。透き通った水が美しい。
「エイラ、このお水は飲めるのですか?」
「はい。有害物質、細菌ウイルス、呪術は検出されていません。ですが煮沸してから飲むことをおすすめします」
「ういるす……しゃふつ……?」
可愛い子が首を傾げて可愛く尋ねている。
アヤメちゃんって知識はあるはずだよね。アレかな。引き出しにしまって忘れちゃってる、みたいな。
「体に悪い物質はありませんが、あったら怖いので火を通しましょう。煮沸=沸騰です」
「沸騰はわかります! そうなんですねー。じゃあ今飲むのは我慢ですっ」
「アヤメちゃん、喉乾いてるの?」
「いいえ! わたし、いつもいっぱいお水飲んでますから!」
えっへんと胸を張った。可愛い。しかしいつも水飲んでたって喉は乾くだろうに。
「アヤメ様は貯水能力も保持しているので、水の飲み溜めが可能です。無論、食い溜めもですよ」
「……なるほど」
もうどうにでもなれ。
笑顔の少女に菩薩の眼差しを向ける。いっぱい食べて飲んで育ちなさい……。
「ところでユウリ、悩みがありますね?」
「えっ」
「んっ!」
アヤメちゃんもびっくりしているが、僕もびっくりしている。何故わかった。
「エイラはあなたの心拍数、血流、瞳孔の変化、筋肉の収縮及びその他変調を観察しています」
「こわっ」
さすがに怖い。なんてものを観察しているんだ。
「悩みがあるなら打ち明けるべきです。エイラたちはあなたの何ですか?」
「それは……仲間だよ」
未だ碌に冒険していないとはいえ、僕らは家を同じくする仲間。
「今後の予定に悩むなら、誰より相談する相手がいるでしょう」
「そこまでわかってるのか」
エイラに誘導され、傍でそわそわしている美少女を見つける。
「……ユーリっ」
呼ばれ、彼女の気持ちを悟る。
そうか。そうだなぁ。僕ら、パーティーだもんね。
ソロに慣れて、仲間に相談するってことを忘れてた。今の僕にとって、アヤメちゃんは大事な仲間なんだ。
どこに行くかも、何をするかも、一緒に迷って一緒に決めよう。
「アヤメちゃん、ごめん。一人で悩んでた。僕ら、仲間だったね」
「えへへ、いいです! ちゃんとお話してくれたので許してあげますっ」
ニコリと笑って許してくれる。懐が深い……これは女王様だ。
「ありがとう。じゃあ……アヤメちゃん」
「はいっ!」
「最初の冒険は、どこ行きたい?」
「さばくですっ!!!」
きらっきらに笑っての即答である。少しだけ苦笑する。
「お、おぉ……もう決めてた?」
「えへへ。ユーリが聞いてくれるの待ってましたっ」
頬を掻く。そうか。待ってたか。
「そっか……ありがと」
「えへへ~」
この子は本当に、僕が思うよりよっぽど"自分"を持ってる子だ。
幼く儚く見えるけれど、その実、ちゃんと強い意志を持って自分で考えて決められる子。
僕が導こうとか、決めようとか、そういう指導者・先輩目線はやめよう。
アヤメちゃんは立派な淑女で冒険者の仲間だ。
「エイラ!ユーリ! お水にお空が映っています!!すごいですよっ!!」
「静止した水面は鏡のよう、と謳われることもありますから。世界には本当に空を写し取ったような水面も存在します。探しましょう」
「~~!! ぜったい見つけますっ!!!」
……淑女、にはちょっと早いかな。立派なお子様レディだ。
「砂漠、行くかぁ」
僕の呟きに、アヤメちゃんがしゅたっと立ち上がってニッコリ笑む。
「いっしょにさばくのぼうけんです!」
少女の太陽スマイルに、僕も釣られて笑ってしまった。
最初からアヤメちゃんとエイラに話せばよかったな。仲間って、いいね。




