第11話 存在しないが、する記憶
エイラさんと話している間に、いつの間にか件のお姫様が起きていた。
水色のベッドから起き上がる、銀色の少女。
長い銀髪が布団に垂れ、滝のように揺れている。
白のブラウスに青のスカート。色素の薄い神秘的な容姿に、よく青が映えていた。
何より、少女のその目が美しかった。
深い藍色の瞳。遠い海のようで、夕暮れの空のようで。吞み込まれそうなそれが、キラキラと好奇心で彩られている。
濃紺の色とは対照的に、太陽のような眩しい輝きを秘めていた。
「(わくわくっ)」
寝ている時は天使みたいだったのに、起きたら童話の好奇心旺盛な妖精にジョブチェンジだ。ただし見た目はそのまま。神秘的で嘘みたいに可愛らしく美しいままだった。
「(どきどきっ)」
わかりやすくそわそわドキドキした様子。可愛い。
これはアレか。僕の自己紹介を待っているやつかな。
「わくわくっ」
期待をいっぱいに詰め込んだ瞳。裏切るわけにはいかない。
さてはて、どうしようか。
【選択肢】
1、かっこよく
2、意地悪に
3、自然体で
……ちくしょう。ちゃんと選択肢っぽいことしてくるシステムだ!初めてまともに悩まされるぞ……!!
【1、かっこよく】
「――姫君、私はユウリ。お迎えに上がりました。さあ、貴女のための騎士と共に、遍く地平を往きましょう」
男はカッコつけが基本ってものだ。
「わぁぁっ!! えへへーっ。わたしの騎士なんですね! わたしはアヤメです! 女王様?です!」
うーん可愛い。ニコニコキラキラ。本当に騎士になってあげたい。これが従者のキモチ……。
「ふっ、アヤメ姫。貴女がどれほどの歳を重ねようと、私にとっては変わらず姫のままですよ」
「お姫様……です?」
「はい、可憐な姫。貴女こそ、世界の至宝」
首を傾げる少女に、キラリと歯を見せ笑う。これが少女漫画なら「ぽっ」と頬を染める姫君が見られるはずだ。現実は漫画じゃないので……。
「んふぅ~、エイラエイラ!」
「はい、アヤメ様」
「ふふーん、わたし、お姫様みたいです!」
頬染め照れ姫ではなく、ドヤ顔お姫様だった。これはこれで可愛らしい。
「そうですね。言うまでもなく、アヤメ様は女王であり姫です。そこの騎士は下僕に加えてもよいでしょう。それなりに役立ちそうです」
「僕の扱いよ……」
従者どころか下僕だった。悲しい。
「ユーリはわたしのゲボク? になるのですか?」
「え、いやまあ……お友達じゃだめ?」
せめてお友達から始めさせてもらいたい。けどこの子、たぶん下僕の意味もわかってないんだろうなぁ。
「おともだち……!!」
きらきらお目目だ。可愛い。いや本当に可愛いなこのお姫様。可愛すぎて辛い。
『魅了をレジストしました』
「!?!?」
!?!?!?
「ふむ。やはり最低限アヤメ様に付き従う程度の力はあるようですね。上位の加護は厄介ですが……生来の気質からして問題ないでしょう」
なんだよ加護って。知らない単語やめてくれ。あとシステム、レジストってなんだ。新システム実装しないでくれ……。
「ユーリはわたしのおともだちになってくれるのですか?」
「え? え、うん。それは、うん。いくらでも君の……アヤメちゃん?の友達にならなるよ」
素で返事をしてしまう。まだ加護云々が気になって……。
「お待ちください。アヤメ様、"お友達"を作る時はきちんと条件をクリアしてから、とお伝えしたこと、お忘れですか?」
「わ! そうでしたっ。ユーリ!わたしの仲間に加わるための条件があるんです!」
えっへんと胸を張る姿から、そっと目を逸らした。
この子、結構ちっちゃい割に胸はあるのだ。童貞には厳しい。たぶん童貞でなくても紳士なら目を逸らす。
「うん……いいよ。なんでも受けちゃう」
紳士に頷く。
例え胸が大きくても、相手は天使なお姫様。天真爛漫な年下の可愛い女の子のようなものだ。なんでも言うことを聞いてあげたくなってしまうも仕方ない。
「えへへー、嬉しいですっ。それじゃあユーリ! わたしとエイラをせっとく? してくださいっ!」
「説得……?」
「ちなみに不合格の場合、あなたは死にます」
「こわ……」
急に来たな理不尽。
上位者あるある、一般人の命軽視!
いやふざけてる場合ではなく。なんだ説得って。
「どんな手段でもいいの? 二人別々に説得するとかも?」
「構いませんよ」
「どんなのでも大丈夫ですっ!」
ピカリと光る浮遊玉と、ニッコリ頷くアヤメちゃん。
なるほど。それなら……。
【選択肢】
1、セクハラする
2、頭を撫でてみる
3、歌う
これは一択。
【3、歌う】
選んだ瞬間に、何か心が浮足立つ感覚に襲われた。
湧きだす感情のままに、魂が震えるままに音が流れ出す。
◇
歌を歌っている自分と、そんな自分を俯瞰して見ている自分がいる。
夕暮れの海。
揺れる水面に沈む太陽が反射して、光の帯が海上を走る。雲の隙間から落ちる橙色の光は眩しく美しく、同時にどうしようもない切なさを孕んでいた。
泡沫のような感情が、さざ波になって僕を揺らす。
――好きな子ができたんだ。
大好きな、女の子。
一緒にいると嬉しくて、楽しくて、傍にいるだけで幸せを感じる。
これが恋だとようやく知った。
これが愛だとようやく実感した。
胸いっぱいの幸福を二人で分け合って、それから――彼女を失った。
守ると誓った少女を、愛を誓い合った少女を失った。
僕が守らなきゃいけなかったのに。
守らなきゃいけない相手に守られて、僕はのうのうと生きている。
"ずっと一緒です!" なんて指切りをしたのに。
君が約束を破ってちゃだめだろう。
生きる気力も、未来への希望も。何もかもがなくなって。重苦しい何かだけが胸に残っている。
気づいたら、幻のように浮かぶ君の笑顔を探してるんだ。
――生きて。
祈りのように。
祝詞のように。
呪いのように。
俯き振り返るたびに、彼女の言葉がリフレインする。
だから僕は生きている。諦めながら、笑いながら、歯を食いしばって生きている。人生という旅を、歩き続けている。
君が何よりも楽しみにしていた旅を。
知らない街を、知らない場所を。
巡って歩む、笑顔に満ちた冒険旅行。
綺麗な景色を、美味しいものを、君の分まで心に焼き付けている。
――例えば、春。
桜の街を歩く。咲き誇る花弁が風に揺れ、ひらりはらりと宙を舞う。
しだれ桜のカーテンが雨のようで、ソメイヨシノの揺らめきが雪のようで。
春の穏やかな陽気が心地よく、いつまでも眺めていたいと思わせる。
綺麗で、可愛くて、君が隣にいたらどんな風に笑うだろうと微笑んでしまった。
君のことだから『~~!! きれいです!!!!』とか大きな声で叫んで、小さな体をぴょんぴょん跳ねさせるだろう。
――例えば、夏。
山と海とどっちがいいか聞けば『どっちもです!』と、満面の笑みで君は応える。
山の幸も海の幸も、景色以上に食を大事にする君だ。
海でも山でも、美味しいものを口いっぱいに頬張ってとろけた笑みを浮かべるだろう。
甲斐甲斐しく世話を焼く僕に、君は少しだけ恥ずかしそうに笑うかもしれない。
照りつける太陽に染まる君の笑顔は、きっと世界中の誰より眩しく可愛く……愛おしい。
――例えば、秋。
紅葉の絨毯を踏み、見上げた先の銀杏と紅葉並木に見惚れる。
君は肩車をせがむだろうか。おんぶかもしれない。――いや、もう立派なレディの君だ。淑女然として微笑むか。
けれど僕がお姫様抱っこをすると、楽しそうにきゃぁきゃぁ笑ってくれる。
紅葉の上でステップを踏んで、踊って笑って手を取り合って。
綺麗な景色に踊る君が秋の色以上に美しくて、いつまでも見つめてしまう。
途中で『……おなかがすきましたっ』、なんて言う君に笑っちゃうんだ。食欲の秋。いつも食欲旺盛な君が、僕はずっとずっと、今も変わらず大好きだよ。
――例えば、冬。
積もった雪を踏みしめて、小さな音を立てて二人で歩く。
雪道を歩き鳴る音と、静かな冬の街の冷えた空気の匂いと。
冬の全部を楽しむ君は、雪の切なさも寂しさも吹き飛ばしてしまう。
雪を丸めてぶつけてきたり、一緒に音を鳴らして遊んでみたり。溶けた雪で濡れて半泣きになる君がいつにも増して子供っぽくて。
なのに冷たい手を温めようと、そっと僕の手を握ってきた時の顔は大人っぽくて。
冬に濡れる銀色の君が、可愛くて愛おしくて、大好きで。
何度だって君を思い出してしまう。
例えば――。
「あぁ……やっぱ、好きだなぁ」
夕暮れの海。手を伸ばせば届きそうな緋色の影は、少しずつ少しずつ遠のいていく。
僅かな寂寥と、また明日上り輝く光への感謝を、瞼の裏の君に重ねる。
君が、好きだ。
知らない街に訪れるたび、窓から朝日を浴びるたび、君を思い出す。
新しいものを食べるたび、沈む夕日を眺めるたび、君を思い返す。
君が思い浮かぶたびに、僕は君を好きになる。
好きで、好きで。どうしようもないほどに大好きで。
「……君はほんと、ずるいよ」
苦笑してしまう。頬に涙が伝う。
君を失ってからも、数え切れない"好き"が積もっていく。
こんなにも、こんなにも幸せで苦しくて辛い想いがあるなんて、知らなかった。
大好きだ。
大好きだから、僕は生きる。
君のことが世界で一番に大好きだから、僕は僕の人生を生きる。
「……アヤメ」
彼女の名前を呼ぶ。
僕が愛した女の子。
僕が愛している女の子。
「ごめん。少しだけ、待たせる」
いつか、いつか、いつの日か。
もう一度君と巡り会えた時に。
もう二度と君に巡り合えないとしても。
刻んだ思い出を、いつかどこかで息づく君に届けられるよう。
数え切れない土産話を作っておこう。あの子が退屈できないほどの、一生分の思い出話を――――。
◇




