第10話 家
煙突ワープを熟してすぐ、いくつかの変化に気づく。
「靴がない!?」
何故か僕は靴を脱がされていた。床はふかふかの水色絨毯だ。場所は……おそらく、先ほどの家の入口。背後にはドアがある。ついでにBGMも変わった。ヒーリング効果でもありそうな曲だ。眠くなる。
リラクゼーションは振り払い、警戒心強めで進む。
物の配置は変わっているようで変わっていない。
小物が増えたり、絨毯の色が変わったり。ベッドの色にも違いがあるか。間違い探しのような雰囲気だ。どうにも、森ダンジョンとは空気感が違う。
「ふむ……美味しい」
とりあえず食事。
シチューも美味のまま。お代は置いておく。
「……」
これ、しばらくここで生活しててもいいな。
音楽も良いし、食事はシチューだけにしてもバランス取れてるし。
パソコンもテレビもあるから、すべてを忘れて前世を懐かしめる。
「……はは」
……我が前世ながら、案外悪くない人生だったみたいだ。
記憶の抜け落ちも多くて全部は覚えていない。むしろ忘れていることばかりだ。だけどそれでも、童貞ながらに人生自体はしっかりとやり切って満足していた。
後悔だらけで、間違いだらけで、それでも生を全うした。
だから僕は、あまり前世の自分に執着がない。だって最後までやり切ったから。
「……まったく」
首を振り、郷愁を振り払う。洗面台も借りて食後の歯磨きも済ませた。至れり尽くせりな環境だ。けど、ここは僕の家じゃない。冒険は終わっていない。
さ。現実に戻ろう。
気持ち改め、軽く頬を張る。
大部屋を見回り終え、別の薄暗い部屋へ。
その矢先、目を瞠ることとなった。
「――」
薄い青のベッド上に、影一つ。
「女の子?」
そこには、一人の女の子がいた。
銀雪、雪の妖精、銀色の姫。
そんな言葉が浮かぶ、美しく幼げな少女。
「……すぅ……」
穏やかな寝息をこぼし、少女は眠っていた。
見惚れ、どうしてこんなところに女の子が? と疑問に思う。
雪のような肌を滑る銀髪が綺麗で、なんとなく触れることすら憚られる。起こすか、起こすまいか。
「……待つかぁ」
さすがの僕でも、ここがダンジョン内だと知っていても。
すやすや寝ている可愛い女の子を攻撃できる精神はしていない。
起きるまで待とう。
「――良い判断ですね、人間」
ぬるりと差し込まれた声にぞわりと背筋を震わせる。飛び退き、ナイフを――。
「なっ」
ナイフがない……!いつの間に……くそ。ヒーリングミュージックでやられた。靴脱がされた時点で武器もなかったのか……!
……仕方ない。ないものはない。冷静に、普通に行こう。
「……だ、誰ですか……!?」
「他者に名を聞く前に、自ら名乗るのが礼儀ではありませんか? 土足で家に踏み入った時点で滅殺してもよかったのですよ?」
靴履いてないから土足じゃない……という屁理屈は言わないでおく。死にそうだし。
「物騒過ぎる……すみません。僕はユウリです」
「私はエイラ。この家の管理をしています」
エイラ。
そう名乗った存在は人間ではなかった。ヒト型ですなかった。
宙に浮かび、ふわふわと色を変える球体。光の玉。メインカラーは赤なのか、橙色に近い赤が淡く光って浮いている。
会話のたびに緩く発光する姿はホタルを思わせるが、ソレよりも神聖さを感じる。
「――何故急に現れたのか、と思っていますね?」
「それは、そうですけど……どうして急に?」
「最低限、あなたがエイラの主に悪意を持たず、理性を保てる、本当に最低限は礼節を弁えた人間だと判断できたからです」
「そ、そうですか」
やはり、礼儀礼節対話は大事のようだな……。
「……えっと、質問してもいいですか?」
「はい。ですが声を小さく。主が起きてしまいます」
「はい……主?」
「すやすやと安眠なされている世界一愛らしい御方のことです」
なるほど……。
それなら納得だ。確かに愛らしい。世界一可愛いかもしれない。
謎の浮遊玉……エイラさんに頷き、静かに話し始める。
ぱちぱちと音を立てる暖炉の火と脳内音楽をBGMにして、詳しい話を聞いていった。
――エイラさん曰く。
ここは世界の狭間。星の表層と内界の中間に位置する、次元断層の隙間。本来であれば立ち入るどころか認識すら叶わぬ、隔離領域のようなもの。
なら何故僕はここにいるのか。
それは端的に「上位存在のせい」。つまり神様のせい。
僕の知らないところでまたあの自称神様の影響が出ていた。
エイラさんは「加護」と言っていた。呪いの間違いでしょ。
とにかく、その加護があったから僕はここにいる。
この森ザルダンジョンは本来なら森の遺跡がダンジョン最奥で、どこにも繋がらない最低設計だった。
エイラさんとベッド上の少女の目的は外に出ること。
少女は箱入りお姫様のようで、ずっとずっとこの広くて狭い家に暮らしていたらしい。
おいしいものを食べたいとか、いろんなものを見てみたいとか。
パソコンで情報だけは手に入るから、少女はたくさんの夢を見ていると言う。それを叶えることが、エイラさんの存在証明。
僕の処遇はお姫様が起きてから決めると……。
「――もう! お話が長いです!」




