第1話 自称神
「にゃ~ん」
……猫が鳴いている。
「にゃー」
僕……猫飼ってたっけ。……眠い。寝よう……。
「――猫はタマを喰らう生き物です」
「!?!?」
身を守るように丸まる。
眠気が吹き飛び体も起きた。咄嗟に股間を押さえたのは、そこに寒気を感じたからだ。
開けた視界。映るのは猫――
「じゃない! 誰!?」
「にゃ~ん」
表情を変えず、抑揚のない声で鳴いている。人だ。
「猫の鳴き真似したって無駄ですけど……。猫耳生えてないんで」
それっぽい髪飾りをつけてはいるが、猫耳は生えていない。
結構可愛い系の美人だ。もちろん面識はない。急な猫の鳴き真似……さては狂人だな?
「ふむ。それもそうですね。おはようございます。五体満足なようで何より。軽い頭もいつも通りですね?」
「初対面の相手に侮辱されたこと以外は元気です……」
美女の罵倒をご褒美と言う輩が世の中にはいる。でも僕は違う。どちらかと言うと赤ちゃんプレイ派だ。
「私は貴方の思う神のような何かです」
「んな馬鹿な……」
「猫は神。そうでしょう?」
「それはそうかも」
納得である。猫かわいいよね。……納得か?
「でしょう。それより貴方、現状認識はどうですか?」
言われ我に返る。
目の前には白髪ショートの美女。
周囲は真っ白な空間。差し詰め彼女はここの番人、守り人といったところか。
「自分が何者なのか。自分が何をしていたのか。思い返してください」
誘導尋問のようなそれに、少しずつ頭がはっきりしてくる。
「僕は……」
名前。過去。記憶。忘れず頭に残っている。
「僕はユウリ。覚えてますよ、ちゃんと」
「それは何より。ではこの世界について理解はできていますか?」
「世界? いえ、ある程度ならわかっているつもりですが詳しくはちょっと……」
急に話の規模を大きくされても困る。
「そうですか。ではまず、ここは"男装乙女エロゲー世界"です」
「は?」
暫定狂人、改め自称神様の言葉が理解できなかった。
聞き間違いかな。
「ここは"男装乙女エロゲー世界"です」
「いや繰り返しての、は?じゃないんですけど」
「そうでしたか。では何が疑問に?」
「全部ですけど???」
聞き間違いじゃなかった。
なんだよ、男装乙女エロゲー世界。
微笑みを浮かべたままの神様に疑念をぶつける。
ちょっとマジで意味不明が過ぎて、頭が混乱している。
「そうですか。では少しばかり振り返りをしましょう。頭痛が痛くなりますので堪えてくださいね」
「それ使い方まちがっくぁああああああ!!!!」
◇
僕は転生者だ。前世の記憶は朧げだが残っている。
年老いて軋む身体に鞭打ち、健康のため飲んでいた青汁の粉末でむせて、肺を痛めて死んだ。
そんな悲しい記憶。
気づいたらこちらの世界、「ポンデ」に生まれ変わっていた。
五歳頃で前世を思い出したため、今世と前世の記憶による自我の葛藤や、魂のあれやこれやがあった。
が、それもすべて解決し終えた。
ゲーム的に言うならエンディング後である。
前世を受け入れ、今世を生きる。
そう心に決め、僕は今日までポンデを生きてきた。
「融合進化は素晴らしい見世物でしたね」
「僕の魂の葛藤を見世物とか言うのやめてもらっていいですか?」
「ふふふ、神様ジョークですよ」
「超笑えない」
ポンデには僕の前世と大きく違うことがあった。
なんとこの世界、ダンジョンがあったのだ。
そう、いわゆる「剣と魔法のファンタジー」というやつ。
魔法がある。魔物がいる。ダンジョンがある。
辺境の村の遠い山で生まれ育った僕は「村八分かな?」とか「亡国の貴族か王子かな?」とか思ったが、今世の親に聞いたら「可愛いわたしの子供よ(村人A)」と言われた。
特別な出自はないらしい。僕は泣いた。
「事実、あなたはただの村人ですよ。一切しがらみのない一般人Aです」
神様の発言はともかく。
そうして僕は、ダンジョンを攻略しながらポンデを生きてきたわけだ。
割と強くなったし、いざ山の外へ!と思い……。
◇
「急に湧いたダンジョンに呑まれ、強敵に敗れたあなた」
「……そういや死にかけてた」
トリップから引き戻された。
いつの間にか切り替わった視界は高層ビルの展望台のような場所へ。それにしては少々趣がジャパン風味というか、SF風味というか……。
まあいいか。それはそれとして神様、いくつか聞きたいことあるんですけど。
「構いませんよ。あぁ、読心は私の権能です」
そうですか。じゃあ一つ解決です……。
もう一つは、あの、さっきから流れてるのこの謎のBGMみたいなの? なんですかこれ。
「気に入りませんか? では趣向を変えましょう」
【SetBGM:My pace days】
え、いや。……なに、これは。
「何もなにも、BGMの変更ですよ」
「そういうのじゃないんですけど。え、僕ってそんな、脳内BGM聞こえる系男子じゃなかったはずなんですけど……」
さっきまではサンクチュアリでゴッドな感じの荘厳な音楽だったのに、気づいたら日常パート的な音楽になっていた。
ゲームじゃないんだからさぁ……あぁ、ここエロゲ世界だったのか……はぁ。
「そうですか。まあどうでもいいでしょう。些細なことです。さあ、他に聞きたいことは?」
真顔の神様は適当に流すつもりらしい。
しょうがないので、溜め息を飲み込み次のことを聞く。
この景色、東京っぽい……?いやどこですか、ここ。
「良い場所でしょう。あなたの記憶を元に作った未来の国です」
未来にした意味わからないけど……まあいいか。
ぽりぽりと頬を掻く。考えるだけ無駄なのだろう。相手は神様なのだし。
「もう一つだけ質問です。……あの、あなた誰ですか?」
数拍の間。それから。
「ふふふふふ」
神様――暫定神様は、にんまりと口元を歪めた。
「……まあ、なんでもいいか」
もう一度頬を掻く。なんとも言えない、曖昧な気分。
困った。怖いには怖いが、色々と感情が薄い。現実感がない。
死にかけだったからか、もう死んだと思ったからか。
なんだか達観している。賢者モードだ。
「やはり私が見込んだ通りですね」
はぁ。
「神――というのもあながち間違いではないのですよ」
そうですか。
「神の定義は所詮ヒトが当てはめたもの。私は便宜上の神に並ぶエネルギー程度ならば持っていますからね」
「はぁ。自然発生した神様擬きみたいなやつですか」
「そうですね。ふふふ」
「で、その神様が僕に何用で?」
「あなた、前世で死ぬまで童貞だったでしょう」
「なにをおぅぅ!?!?」
急に目が覚めた。冴えた。変な汗が出てくる。
「な、なんのことだい!?」
「記憶を再現し街を作ったと言ったでしょう。焦らずとも構いませんよ。永年名誉童貞君」
「そのあだ名はよくないですね!!!!!」
それは!
僕が酒に呑まれた翌日、老人仲間から馬鹿にされた時の不名誉称号だ……。胸が、くるしい……。
「ふふふ。名誉童貞のあなたに一つお知らせがあります」
「な、なんだよもう……」
「私が最初に言ったことを覚えていますね?」
最初、とはつまり……。
「……男装乙女エロゲー世界」
「はい。ここはあなたの思う"剣と魔法のファンタジー"ではなく"男装乙女エロゲー世界"です」
「なんだよ、男装乙女エロゲー世界って……」
なんだよほんと、男装乙女エロゲ世界って。
「エロ漫画で見たでしょう?」
「神がエロ漫画とか言うな!!」
「エロゲーで見たでしょう」
「だから神がエロゲ―とか言うな!!!」
威厳も何もあったもんじゃない。ひどすぎる。しかし意味はわかってしまう。何故なら前世のエロ漫画&エロゲーで見たから。
【男装乙女エロゲー世界】
わかりやすく言えば、それは数多くの女性が男装して過ごす世界。
媒体によって理由は様々だが、多くの場合男性の数が減少し、「男がいないなら私が男になればいいのね?」という超理論によって男装が流行った世界観を指す。
一見街中には「男」と「女」が存在するように見える。
しかしその実、男の数はかなり減っているので「男」「男装乙女」「女」の三種類に分かれるわけだ。
さらにややこしいことに、作者によって「男」「男装乙女」「女装男子」「女」と四種に分かれるため、もう誰が男で誰が女なのかわからない。
すなわちそれは、性癖の開拓路。
一般成人男性の恋愛対象を
・女
・男装乙女
・女装男子
と幅広くしてくれる、とても素晴らしく変態で面倒くさい世界観設定なのである。
誰が考え出したんだこの世界観。
エロゲ―制作者ですね。お世話になりました!
「そのような世界で、あなたには男装化教団を討滅してほしいのですよ」
「急ですね。魔王討伐とかじゃないんですか……」
エロゲなのに全然エッチな気配を感じない。僕も美少女魔王に懐柔されてエッチなことされてみたかった。
「魔王なんていませんよ。ダンジョン主ならいくらでもいますが。人類を滅ぼせるレベルもいますから、実質魔王ですね」
「笑えないジョーク……え、ジョークですよね?」
「ふふふ」
「……いやいいです。言わなくていい」
意味深な笑みを浮かべる神様を制す。
なんだか疲れてきた。
もう帰りたい。死ぬなら死ぬでいいから、早くこの神様擬きとの会話を切り上げたい。
「わかりました。ならば話は手早く終えましょう。あなたに拒否権はありませんが、名誉童貞のあなたには"転生チート"を授けましょう」
「えっ」
なん、だ、と……。
「これよりあなたは"名誉童賊/性感拳士"。この力を駆使して世界の女性すべてを男装趣味にさせようと目論む狂人集団を討滅するのです」
――パチパチパチパチ!!
――ヒューヒュー!!
え、なにこの拍手喝采。BGMだけじゃなくてSEも聞こえるの……?
ツッコミどころが多すぎる。誰か助けて……。
「あなたの失敗は将来の人類弱体化、延いては絶滅を招くでしょう。私は暇潰しであなたを呼び出すので、また会いましょう。さあ行きなさい」
「いやいやいや。何今の拍手……帰りたいは帰りたいけど……急すぎる!」
「さあ行きなさい」
「そんなbotみたいに言わなくても……」
「さあ行きなさい」
マジかこの神……。
拙作の「ハナ女(貞操~~以下略)」(カクヨム等投稿済み)のキャラと一部設定だけ流用したファンタジー系小説です。ゲームも作ってます。詳細は後日。
完結まで先は長い予定ですが、よろしくお願いします。