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カタルシス  作者: つきたておもち
第1章
9/43

8

 好きな人とのつきあい方もそうだ。タクヤは今まで特別な付き合いの彼女は何人か居た。タクヤは相手のことが好きで一緒に居たい、とは思うが、その「一緒に居たい」の深さが、相手女性と乖離があるのが常だった。

 彼女が望むような四六時中は、無理だった。ひとりになる時間を、必ずタクヤは欲しがった。しかし相手は、いつもふたりが一緒であることを望むのだ。どれだけ好きであった相手であっても、その距離感には疲労がたまり、知らず距離を取り、気がつけばふたりの関係性がいつしか解消してしまっていた、といったことばかりだ。

 タクヤにしてみれば、タクヤが望まないそのような最低最悪の別れを繰り返していても、タクヤの悪評が立たなかったことに不思議さはある。責められて然るべき、恋人との向き合い方だったのに、タクヤの悪評が立ったことは今までなかった。友人たちからも苦言を呈されたことがなかった。

 だだ、タクヤ自身がそのような別れ方が許されないものととらえている。ゆえに、付き合いの疲れもさることながら、別れまでの一連を振り返ってしまい自責の念にかられ、精神的体力の低下を起こしてしまう。女性との付き合いはここ数年ないが、それでも過去の己の女性に対する向き合い方に嫌悪感を抱き、それに疲労感も相まって、まだしばらくは特別な付き合いはしたくはない、が本音だ。

「永良さんは、深層心理には興味があるようですね。」

 タクヤの表情、タクヤが意識せず醸し出す雰囲気からタクヤの心の動きを敏く、月島がいつもの如く察知する。

 今までのカウンセリングでもそうだった。タクヤが言葉に表さなくても、まるでタクヤの心の動きを掌握しているかのように月島は発言していた。

 カウンセリングを初めて受けたタクヤは、それが、カウンセリング、というものだと、カウンセリングを施す専門職の技術だと、また月島はその技術が高いのだととらえていた。

 が。

 月島の柔らかな笑顔、優しい声音。独特の抑揚。

 今まで心地が良かったそれらが、今はタクヤの背筋に一筋の冷たい汗をかかせる。

「あぁ。あまり効かなくなったか。」

 突如、月島が軽く舌打ちをしてそう呟いた。今までとは違い、乱暴な口のきき方。月島の瞳の色が、一瞬、鋭く銀色に光ったように見えた。

 ガタリ、とタクヤは大きく椅子を引く。この場から立ち去った方が良いといった、ソレは本能だった。

「紅茶の効果も、さほど強くもありませんから、センセ。」

 月島の隣で橘が澄ました表情のまま、自身のティーカップをおもむろに持ち上げ、紅茶をひと口飲む。

 紅茶の効果、とは、どういうことだ?あまり効かなくなった、とは?

 橘から不意に発せられたソレから、タクヤの中に彼らに対して薄恐ろしい感情が芽生える。

 月島は最初、タクヤに対して「身体的にも精神的にも傷つけない」と言った。彼のその発言は、わざわざ、のものだ。彼がそう発言したあの時、タクヤは月島との距離間に違和感を抱いた。そして今と同じように月島に対して、理由のない恐ろしさ、を抱いていた。知らず、この場から立ち去りたい、と勝手に身体が動いたときだった。その、タクヤの感情に気づいた月島がタクヤを安心させるための、アレは発言だった。

 だとしたら、それらの意味は?

 そう考えるタクヤの脳裏にひとつの推察が生まれる。

 それは、もしかしたら、タクヤの知らないところで紅茶に何かを盛られているのか、いたのかといった、そのような疑心だ。

 思い返せばタクヤは、今まで月島から受けていたカウンセリング中に気づかぬままに、ぼんやりとしてしまっていた。それは、月島のカウンセリング時の、彼の口調や抑揚、声のトーン、彼が醸し出す雰囲気から、リラックスしている証拠だと、タクヤはそう思っていた。その状況は、心地が良い、と感じていた。

 そして、今までの月島のカウンセリングでは、この紅茶がいつも振舞われ、タクヤは口にしていた。紅茶の振る舞いも、タクヤをリラックスさせ、カウンセリングがうまくいくための演出だと受け取っていた。

 それが今の、月島の態度の、突然の変化。

 加え、橘の言葉。

 それら演出は本当に、タクヤをリラックスさせるための、月島の治療の一環だったのか。

 もしかしたら、他に、何か意図があったのではないか。ならば、ソレは、何のために?

 何かに巻き込まれたのか、巻き込まれているのか。

 タクヤの中で疑心が大きく渦巻く。恐怖が席巻する。

「永良さん。」

 その疑心と恐怖から、椅子から慌てて立ち上がり、疑心による恐怖心で顔色のなくなったタクヤへ、

「永良さん、大丈夫です。ソレは普通の紅茶、ニルギリですから。その証拠に、私たちも一緒に頂いているではないですか。」

 月島はいつもの綺麗な笑顔を向け、いつもの調子で、そのように告げてくる。

 笑顔を向けてくる月島の瞳の色は、先ほど一瞬見えた銀色ではなく、いつもの薄茶色の瞳だ。態度も口調も乱暴なものではなく、タクヤがカウンセリングを受けているときと同じ丁寧な口調。

「落ち着いて。どうぞ、お座りください。」

 口調も態度も、今までのとおりの丁寧さだ。


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